少年、ナニカがぶち切れる
闇ギルドに入る前は、かつての自分は正規のギルドに所属していた。
そこで自分はまるで道具の様に扱われ続けた。ストレス発散のためのサンドバッグ、仲間が安全に戦えるための危険を一手に引き受ける囮役、それだけ危険な目にあっても分配される報酬は雀の涙も良いところであった。
だから、自分はそんなギルドの連中を恨んだ、妬んだ、憎悪した。
自分にもっと力が有れば…仕事の最中に囮としてこき使われ、自分一人が傷つくたびにそう思った。
「(ダカラ…ワタシハスベテヲステテヤミニハシッタ……)」
敵となる存在は誰であろうと躊躇わず処理する覚悟だってもうできている。
だけど…この腕の中に居る少女は――――
「……」
人質にされても、恐怖も不安もこの少女にはない。恐らく自分の存在自体に彼女はもはや興味すらも抱いていないのかもしれない。
自分はこうなる前にギルドを出てすべてを捨てた。だが、もしも自分がギルドに留まり続けていたならば…自分は〝こうなっていた〟のだろうか……?
「……バカネ」
それは人質としている少女をかつての自分と重ね、今更過去を思い返している自分に言い聞かせているかどうかは分からない。もしかしたら、ここまで壊れる寸前まで何も行動を起こさなかったこのボロ雑巾の様な少女に言っているのかもしれない……。
だが、気が付いた時にはもう彼女は少女を拘束から解放していた。
「(離しただと!?)」
人質を解放したことに驚くファスト達。
今、明らかに仮面の女は自分の意思で少女を解放していた。拘束されていたあの少女は本当に何もしていなかった。
仮面の女の狙いが何かは分からないが、少女が開放され人質がいなくなった今が好機であった。
「(一気に跳ぶ!!)」
ファストは足の裏に風を集め操り、まるでロケットの様に解放された少女の元まで一気に跳んでいく。
前方で固まっている死人の群れの頭上を通り抜け、ボロボロの少女へと一気に加速して彼女の安全を確保する。
だが、それと同時に仮面の女はファストから距離を取っており、デーブから奪い取ったトランクを開けていた。
「(エーット…ミオボエノアルマドウグガタシカアッタハズ……)」
トランクの中を確認した時、見慣れない道具の中に自分も知っている魔道具が一つ混ざっていた。
「アッタアッタ♪」
目当ての物が見つかり上機嫌な声を出す仮面の女。
それは小さなガラス細工のようにできている、キラキラと光を放っている球体であった。
「今度こそ仕留める!!」
刀を抜き、仮面の女へと斬りかかるファストであったが、一瞬早く仮面の女が取り出したガラス玉を地面へと向かって思いっきり叩き付ける。
地面へと激突して粉々に砕けたガラス玉――――それは破壊されると同時に辺り一面が眩い光で包まれる。
「ぐッ!?」
強烈な光に思わず目を閉じ、その場で佇んでしまうファスト。他の皆もその眩さにとても目を開けておくことなどできず、手で目を覆った。
光は約十秒間近く放たれており、それが過ぎると少しずつ光は収まって行った。
「……しまったな…ミスミス逃がしてしまうとは……」
視界が回復する頃には、仮面の女の姿は何処にも見当たらなかった。
恐らく先程彼女が使用した魔道具は目くらましの為の道具なのだろう。彼女があのガラス玉の様な物を地面へと叩き付ける直前、あの女はそういえば目を閉じていた気がする。まあ、正確に言えば仮面の眼の部分を覆っていた気がする…という事だが。
敵を目の前にして逃亡を許してしまった事に歯噛みするファストであるが、耳に聴こえて来た大勢のうめき声に意識を切り替える。
「死人はまだ残っていたか!」
仮面の女はもういないが、彼女が呼び出した死人達は未だにこの場に健在であった。
見た所ブレーとサクラはまだ完全に視界が回復しておらず、目の前に迫る死人達に意識が向いていなかった。
「二人共後ろに下がれ!」
ファストがそう叫ぶと、視覚はまだ回復していないが聴覚は問題ないため指示に従い後ろへと下がるサクラとブレー。
そして彼女達の前へ一瞬で移動し終わると、両腕に風を集約するファスト。
「これでッ!!!」
腕に集まった暴風の塊を目の前に居る死人達へと一気に解き放った。
ファストが撃ち出した巨大な風の塊は死人達を全て薙ぎ払い、その体は宙高く舞った。しかも、その風はカマイタチの様に死人達の体を切り刻み、行動不能の状態にした。
彼の放った一撃が、全ての亡者を一瞬で終わらせた。
「んん…やっと目が……!」
ようやくまともに視力が回復したサクラは、目に飛び込んできた光景に思わず息を吞んだ。
無理も無いだろう。視界が回復したかと思えば体のパーツがバラバラに切断された死人達が飛び込んできたのだから。
「凄いな…全ての死者がものの見事にバラバラだ…」
ブレーがそう言って全ての死人の状態を確認するが、再び起き上がれる死人はもういないだろう。
「(これだけの数を私が視力を失っていた僅かな間に…一人で……)」
正直、自分がファストと同じようなことが出来るかどうかと聞かれると、頷くことは出来ないかもしれない。死人達を全て倒す…という事であればまだ何とかできるかもしれない。だが、自分が視力を失っていたのは二十秒にも満たない。そのごくわずかな時間でこれだけの敵を全て倒すなど、今の自分の力では絶対という言葉がつくほどに不可能な芸当なのだ。
サクラとブレーがファストの圧倒的強さを認識して固まっている中、彼は戸惑いの中に居る二人を置いて置き人質に取られていた少女へと歩み寄る。
「大丈夫か? もう大丈夫だ」
「………」
少女はやはり何も答えてはくれない。
彼女にとっては結局同じだからだ。死人を全て倒してくれたとしても、自分は救われたわけではない。この場の状況が収められても自分の境遇は何一つ変わらないのだから。
「まずは…アイツから色々聞いてみるとするか」
ファストは少女から離れ、未だに地面で膝を付いて腹を抑える命知らずにもこの場にやって来た愚か者へと歩み寄る。
「おい…」
「は、腹がぁぁ…。眼も、眼も痛いぃぃ……」
「ハア……」
なんというか、この男は本当に何をしにここへやって来たのだろう?
戦力になる訳でもなく、しかも敵に魔道具を色々と奪われ、自分たちの邪魔をしに来たとしか言いようがない…というより事実そうだ。だが、死人を片付けた後はどのみち目の前の男に用があったので手間が省けたとポジティブな方面に考えようと思う事とする。
「お前に聞きたいことがある。あの娘についてだ……」
うずくまっていたデーブだが、ようやく目の前に居るファストの存在に気が付いた。
「彼女について聞きたいことがある…」
「ぐう…あの娘? ああ…あのサンドバッグのことか」
サンドバッグ……その単語にファストは眉をひそめる。
どう考えても人間を指す言葉ではない。だが、目の前のコイツは明らかにあの少女のことをそう言ったのだ。それだけでこの男があの娘をどう扱っているのかが容易に想像が出来た。
「反吐が出そうだ……お前はあの娘をこれまでどんな風に扱って――――」
「おい、それよりあの悪趣味仮面女は何処だ!? 俺のトランク、魔道具はどうなった!?」
「はあ…」
屋敷で初めて話をした時にも思った事だが、この男は人とまともな会話をすることが出来ないのだろうか? そのことを指摘してやりたい気持ちを抑え、まずはこの男の疑問を解決してやる事としたファスト。
そうしなければ、コイツは何時までも自分と話をしてくれないと思ったからだ。
「あの女はもういない、逃げられたんだ…。その際、アイツはお前の持っていたトランクも持ち去って行った」
「は…ハアァァァァァァァァ!? お前、ミスミス逃がしたのか!?」
「お前の魔道具のお蔭でな。視界が光によって一瞬眩まされたんだよ」
戦ってもいないくせによくもここまで偉そうに言えるもんだと逆に考えてしまうファスト。
デーブは言い訳するなと喚こうとするが、ファストが黙らせるためにワザと放った威圧感に気おされ、口をつぐんでしまう。
「とにかく…次は俺の話を聞いてもら――――」
「があああああ!? イライラするぅ!!!」
デーブはそう言って怒鳴ると、ファストを無視して彼が話題にしようとしていた少女の元まで走って行くと、その勢いのまま少女を蹴り飛ばした。
「!?」
その行動にファストは口を開けて驚きを表す。
「このこのこのォ!!!」
「っ…ぐっ…ひっ!」
まるでボールの様に蹴りを入れられる少女。
男は自分が蹴られた事、魔道具を奪われた事、それらのたまった怒りを少女を蹴りつけて晴らそうとする。
その光景を見て…ファストの中のナニカがぶち切れた……。




