少年、予想以上の強さを発揮する
ブレーが一気に最速力で目の前の敵へと大剣を振るう。
「ずああああああああッ!!」
「オオッ、スゴイキアイ♪」
仮面の女はブレーの猛攻を紙一重で回避し続ける。
ブレーの振るう大剣の速度は明らかに常人以上の速度であるのだが、振るう得物の大きさがやはり速度を殺しており、仮面の女は剣筋を完全に見切っている。
「イキオイハアルケド…デモ!!」
仮面の女は斬撃を躱し、逆に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「ぐふっ!」
華奢な見た目とは裏腹に、凄まじい威力の蹴りにブレーの体が吹き飛ばされる。
後方へと飛ばされたブレーは空中で一回転して地面へと着地した。
「ちっ…」
蹴りを入れられた腹部を擦り、ダメージはあるがまだまだ戦えることを確認すると、再び大剣を構えて目の前の敵へと走りだそうとする。
だが、彼女が動こうとする前にファストが彼女を庇う様に前に立つ。
「ファスト…お前…」
「邪魔する様で悪いな。だが、あの手の輩が許せないのは同じだ」
ファストは刀を構え、脚に力を籠める。
「選手交代だ…」
「……」
何か言いたげな顔を一瞬するが、構えを解いて後ろへと下がるブレー。
この時、彼女は自分の行動を不思議に思っていた。自分で言うのもなんだが、自分はとても好戦的な性格をしていると思っている。にもかかわらず、こんなにもすんなりと後ろへと下がるなんて………。
「(信頼…しているのか?)」
ファストは小さく息を吸い、そして吐いた。
その瞬間、仮面の女は小さく息を吞んだ。
少年から感じる気配が明らかに変わったのだ。
「(ハダガビリビリスル…コノボウヤハサッキノコヨリツヨ……!)」
仮面の女は最大限まで警戒をしていた筈だった。
だが、気が付けば彼女の体は遥か後方へと吹き飛ばされていた。
仮面の女の体が墓地の地面を数度バウンドしながら吹き飛ばされていく。
「……グハッ! グッ……!!」
吹き飛ばされた女は地面へと仰向けに倒れ、腹部の辺りを抑えていた。
警戒していた、即座に防御、反撃を取れるように身構えていた筈であった。だが、反応する事すらできずに自分は腹部を思いっきり彼の持つ刀の柄頭で突かれたのだ。
後ろで控えて見ていたブレーとサクラの二人もこの光景には驚いていた。
「ブ、ブレーさん。ファストの動き…見えた?」
「……足の裏」
「え?」
「今、アイツは足裏に小さな風を発生させて加速した…様に見えたが……」
ブレーのその説明にサクラは今のファストの超高速移動の理由を納得した。
ファストは風を操る魔法を習得している。足裏に風を巻き起こす事で、移動速度を上げたのだろう。
「(凄いよファスト。この短期間でここまで…もう私なんて完全に超えている…)」
ファストの攻撃で吹き飛ばされた仮面の女。
彼女は立ち上がったが、未だにジンジンと突かれた腹部は熱を持ち、そして鈍重な痛みも中々引いてはくれない。
「ドウイウ…ツモリ?」
激痛に耐えながら仮面の女はファストに疑問をぶつけた。
今自分は彼の動きに反応できなかったのだ。その気になれば今の攻撃で自分を斬り殺す事も出来たはずだ。にもかかわらず、彼は刀の刃ではなく柄で自分を攻撃した。
「イマ…ツカデハナクハデキリサイテイレバ、ソレデオワラセレタハズヨ……」
「………」
仮面の女の言葉には戦いを観ていたサクラとブレーも同じ想いであった。何故、ファストはわざわざ手心を加えたりしたのか…と。
しばし無言のままであったファストであるが、まるで仮面の女を諭すように理由を説明した。
「お前が今回この街でこんなふざけた事をした理由を聞き出すためだ。死人に口なし…ここでお前が死ねばその謎は永遠の闇に消えてしまうからな……」
ファストの言い分に話しを後ろで聞いていたブレーとサクラも納得できた。死者を蘇らせる理由…その真相は確かに知るべき事だろう。
だが、その言い分に仮面の女だけは嗤った。
「クフフ…ウソツキ…」
「……」
「アナタ…ワタシミタイナオンナデモコロシタクナカッタンデショ? チガウ……?」
「好きに解釈しろ…」
ファストは刀を構えながら、再び足元に風を巻き起こす。
だが、ファストが突っ込んでくるよりも早く、仮面の女は懐から何かを取り出した。
「なんだ…?」
仮面の女が取り出したそれは何やら魔法陣が描かれた一枚の紙であった。
「サア、デテキナサイ!」
仮面の女が取り出した紙にマナを注ぎ込むと、紙上に描かれている魔法陣が光り輝いた。
その光に思わず一瞬目をつむってしまう三人。それが致命的であることに気付きすぐに目を開けるが、光が収まった彼らの視界には驚きの光景が映る。
「これは……」
そこには、先程と同じく死人が自分たちの前に立ちはだかっていたのだ。
だが、問題なのはその数。最初に三人が対峙した時の大よそ三倍近くの死人が仮面の女の盾になるように立ちはだかっていたのだ。
「コイツ等…どこから……」
先程仮面の女は魔法陣と思われる図柄が描かれた紙を取り出し、それが光ったと思えばこの状況になっていた。つまり、あの紙の中からこいつらは出て来たという事なのだろうか?
「ベンリデショ、コノマドウグ♪」
仮面の女はぴらぴらと指に挟んだ紙を見せびらかすようにしながら上機嫌な声を出す。
「コレハマドウグノイッシュ。モノヲスキ二ダシイレデキルノ」
「…〝もの〟…か……」
仮面の女の言い方に苦々しい表情を浮かべるファスト
確かに生きている人間は生物であるが、死人は言うなれば死体に近い。物という表現が正しいのかもしれないが、その言い方に良い思いはしない。
「(街の者以外と思われる死人の確認…。今の様にこの街以外から作成した死人…という事か…)」
しかし、これだけの死人を作成しこの女はいったい何を狙っているのだろう? まさか死体をコレクションしている訳でもあるまい。
「貴様、本当に何がしたい! これだけの死者達を囲っておいて…何が狙いだ!?」
これだけの死者を見せつけられ、流石にブレーもその目的が何かを問う。
それに対して仮面の女は小さく頭を掻くと、その目的をようやく話し始めた。
「カンタン二イエバセンリョクノゾウキョウモクテキネ」
「戦力の増強…だと?」
「ソウ…ワタシタチノギルドノタメ二ネ…」
仮面の女性がそう呟くと、サクラとブレーの顔色が明らかに変わる。そんな二人とは違い、ファストは仮面の女を訝しんだ。目の前の女が自分たちと同じく何処ぞのギルドに所属していたという事は別にいいとして、しかし今の様に死者を冒涜するようなこんなやり方で戦力増強などギルド側が認める筈がない。
だが、この世界に送り込まれたファストは知らないだろうが、彼女の様な外道極まりないやり方を良しとするギルドがこの世界には存在する。
「あなた…〝闇ギルド〟に所属しているのね……」
サクラが仮面の女にそう尋ねると、彼女はゆっくりと頷いた。
「闇ギルド…聞いた感じだけで非合法の臭いが漂うな…サクラ、説明してくれるか…」
ファストがサクラの方を向きながら、闇ギルドがどういった組織か詳しく尋ねる。
ファスト達が戦っているその頃、途中から彼らの戦いを隠れて観察していた存在が二人いた。
「アイツら…あんな大量に死人に囲まれ…いい気味だ。ぷすす……」
下品な笑い声を漏らしながらその光景を見ていたのは、先程屋敷で恥をかかされたデーブであった。その彼の後ろにはボロボロの少女が控えている。
「さて…あの三人がやられるのも見たいところだが、あれだけの死人…これなら持ってきた魔道具を色々と試せちゃうなぁ…ぷすすすす……」
後ろで控えている少女が持つトランクを横目で見ながら、デーブは薄気味悪い声で小さく笑っていた………。




