少年、初めて同性と出会う
使用人の女性の発言はこの場に居る皆を驚愕させ、それと同時に疑問を持たせた。
何故、クリスタル王国からわざわざ男性がこの街にやって来たのか町長たるローラには正直分からなかった。
だが、相手が国宝級の存在である以上無下には出来ない。
「分かりました…ブレーさん、少し席を外してもよろしいでしょうか?」
「…構いません。やって来た相手が相手ですので……」
ローラに席を外しても構わないと告げるブレー。
それを聞き、ローラは礼を言うと使用人と共に部屋を一度退出する。
部屋の中にはファストたちだけが残り、自分たちだけとなった事で空気が軽く感じたと思ったがそうでもなかった。いや…ファストとサクラの二人は依頼主がいなくなり気が抜けたのだが、ブレーに関しては微かだが難しい顔をしていた。纏っている雰囲気も重くなっている様に感じる。
「クリスタル王国から男性の来客…凄いタイミングで俺たちもやって来たんだな」
「ああ…」
「ファスト以外の男性の方…ちょ、ちょっと気になりますよね」
「ああ…」
二人が話し掛けてもどこか上の空というか、ブレーの受け答えがなにやら雑だ。これでは自分たちの話をちゃんと聞いているかすらよく分からない。
彼女がこのような反応をしている理由は恐らくなのだが、この屋敷にやって来た男性……ではなく彼がやって来た国名を聞いたからだろう。
「(クリスタル王国…元はブレーの住んでいた国。そこでコイツに何かあったんだろうが……)」
昨日も馬車の中でこの話題をするとブレーの顔色は変わっていた。
余り詮索されたくはない事という事だけは分かる。正直気にはなるが、ここでクリスタル王国で何があった…と聞くのはさすがに無神経だろう。
だが、この張り詰める空気は多少なりとも払拭したいところだ。
クリスタル王国とは関係の無い話題かつ、この仕事では関係のある話題……。
「ところでブレー、お前の戦闘スタイルは接近戦が主体だが遠距離系統の魔法など使えるか?」
「ん…何だ急に?」
「いや、これから死人との戦闘になるかもしれない…というよりもそうなる可能性がほとんどだろう。お前の実力は知ってはいるが魔法面は使えるかどうかまでは分からないからな」
この話題なら今回の依頼にも関係しているので不自然に思われることはないだろう。
「私は知っての通り接近戦主体だ。魔法は…はっきりと言うが使えないも同然だ」
「同然…というのは?」
「使えると言っても魔法主体の人間に比べて遥かに劣る。例えば炎を操るサクラは炎で長距離砲を放つことや槍を形状したりと色々出来るが、私はそこまで器用な事は出来ない。一応、雷の魔法は使えるが精々手の平で微弱な電気を起こせると言ったところだ」
確かにそれはサクラと比べると戦力としての武器にはならないだろう。
そういえば以前サクラが言っていた事を思い出した。マナは身体能力の向上につぎ込む分、魔法面に割けるマナは減少すると。そしてその逆もまたしかり、魔法面にマナを優先的にすれば身体能力向上に割くマナが減少する。
巨大な大剣を武器として戦う事を基本とするブレーはマナのほとんどを身体能力へとつぎ込んでいるのだろう。
「(気にはなっていたんだが…俺たちの使うマナは増えたりするのか?)」
単純に考えればマナを肉体的、そして魔法面に両方に割り振ったとしても戦闘で両方使える程の膨大な量のマナがあればなんとかなるのではないだろうか?
そのことをサクラにでも聞こうとするが、そのタイミングで部屋の扉が開かれる。
「お待たせして申し訳ありません」
ローラさんが部屋へと戻って来た。
しかし、先程までとは違いその表情は明らかに疲れ果てている様であった。
「あの、大丈夫ですか?」
「はい…お気遣いありがとうございます」
心配そうに声を掛けるサクラに笑顔で心配しなくてもいいと告げるが、どう考えても部屋を出る前とは様子が違った。
不思議に思っていると、ブレーがローラに言った。
「来客して来た男が迷惑を掛けたのでしょう…」
「………」
ブレーの問いに無言となるローラであったが、彼女の沈黙でだいたいは想像がついた三人。
「ファストとは違い国の宝として扱われる御方ですからね…」
ブレーは苦虫を噛み潰した様な顔をしながら誰に言うでもなく、そう呟いて目を閉じる。
彼女の言葉や態度を見てその意味をファストはすぐに察した。
「(国の宝として扱われる…なるほど……)」
目の前の依頼人の疲労原因が少し分かった気がする。
今やこの世界で数少なく希少な男。自分の様にそれを煩わしく感じる人間もいれば、その逆に自分の立場を利用して甘い汁を啜ろうなどと考える輩もいるのだろう。
少なくとも自分がそんな立場の人間と話すとなれば、何も感じず話が出来るとは思えない。
自分の立場を利用する事で日々を楽しく生きている存在…考えるだけで正直不愉快であった。同じ男としては嫌悪するタイプだ。
隣に居るサクラも来客してきた人物像が浮かんだのか、少し不愉快そうな顔をしていた。
「(ブレーが初めて俺に絡んできたのは…そういう男を実際に自分の眼で見て来たからなのかもな……)」
初めて自分がギルドへとやって来て決闘を挑まれた時の事を思い返すファスト。
そういえばあの時の彼女は男という生き物を軟弱な存在と決めつけるように言っていた。
「まあ…来客して来た人物は置いておくとして…ローラさん、早速我々はこの街の墓地に向かおうと思います」
「お願いします、どうか…お気をつけて。これが墓地のある場所です」
そう言ってブレーに地図を手渡す。どうやらこの部屋に戻る際にこの街の地図を用意してくれたようだ。
これまで見て来た女性と比べて、上手く言えないがなんだかとてもできた人…というイメージがぴったりの人物だと思うファスト。
他の女性達に対してそれは少し失礼な話ではあるが………。
地図を受け取ったブレーはソファーから立ち上がると、軽く会釈をして部屋を出る。それに続き、ファストとサクラも頭を軽く下げてから彼女に続いて部屋を出た。
部屋を出て屋敷の入口まで歩いて行く三人。
しかし、どういう訳か途中で先頭を歩くブレーの足が止まった。
「ん? おいどうした?」
「………」
突然足を止めたブレーにどうしたか問いかけるが、返事は返っては来ない。
「ブレーさん…?」
「………」
二人の声は彼女の耳に入っては来なかった。
彼女の視線は入り口の扉…ではなくそれより少し横にずれて見える光景、それを眺めていた。ファストとサクラも彼女と同じく視線をずらすと胸糞悪い光景が目に入って来た。
「あの…困ります…」
「え~どうして。男にこうして目を付けられるなんて、とてもありがたいと思うべきだろう? ぷすす…」
「うう……」
三人の視線の先では自分たちを案内してくれた使用人の女性が何やら絡まれていた。
彼女の言い寄っているのはこの世界でファストが初めて見た自分と同じ〝男〟であった。年齢は見た感じでは自分とさほど変わらない…といったところだろう。
そしてもう一人、男の数歩後ろで控えている少女が居た。
「あの…お気持ちはありがたいのですが……」
「……」
その少女は来客してきた男に絡まれている使用人の彼女をどこか冷めた目で見ていた。いや、冷めた…というよりも虚ろ…生気をあまり感じない光を灯していない瞳だ。
しかもその少女の着ている服は薄汚れボロボロであり、遠目からでも露出している肌に青アザの様な物が確認できる。
「あれがさっき来たという来客者か……てっおい!」
気が付けば今までその場で佇んでいたブレーが速足で三人の元へと歩いていた。
「(まずいな……)」
この後の展開が想像できたファストは慌ててブレーの後を追いかけた……。




