少女、盛大な出血をする
「(どどどどどど、どうしよう!! まさか自分でもあんなことを言うなんて!!!)」
女湯の暖簾をくぐりながら、サクラは内心でそうとうテンパっていた。
約1分前の自分の発言を改めて思い返すと顔から火が出そうな想いであった。今でも自分があのような大胆な発言をした事が信じられない。
「(さ、最初は一緒にお風呂だなんてブレーさんが言った時は賛成する気はなかったのに……)」
普通に考えればブレーに破廉恥だとでも言うべきはずなのに、部屋に戻ろうとするファストを呼び止めその考えに乗ってしまった。
「(たしかに…彼ともっと距離が縮まれば嬉しいなとは思ってはいたけど…)」
いや、だからこそブレーの考えに自分は乗ったのかもしれない。
確かにファストは希少な男性である。だが、それだけで自分はこのように共に入浴をしてもいいと考えるだろうか?………いや、それはないと断言できる。ファスト以外の男性であれば恐らく自分は拒否していたと思う。
「(でも…ファストなら私……)」
始めての出会いは魔獣に襲われたピンチの時だった。
突如として現れ、自分の窮地を救ってくれた。とても…カッコよかった。
その後、同じ屋根の下(正確には同じ宿だが)で生活し、ともに仕事を受け、彼と毎日接する事が普通になっていた。
「(あ…そうか…そうなんだ……)」
今頃になってやっと気づいた。
ただ物珍しい男の子だからではない。一緒に過ごしている内に自分は日を増すごとにドンドンと予想以上に彼に惹かれていたようだ。
「(私…ファストが好きなんだ…)」
だからブレーのこの案に賛成した。だから他の女性がファストに近づくと思わず嫉妬してしまう。だから…もっと彼のことを知りたいといつも頭の片隅で考える。
「おい…どうしたサクラ」
「あ…、その、何でもないです」
脱衣所に着いてもぼ~っとしているサクラを不審がるブレー。それに対して何でもないと軽く誤魔化すサクラであったが、意識が現実に引き戻た事で今の状況を思い返すと再び顔を真っ赤にした。
「(てっそうだよ! 今、私はファストと一緒にお風呂に!!)」
ちらりと横目でファストを見ると、この状況では鈍感気質な彼も意識しているのか僅かに頬が赤く染まっていた。
好きだという事を自覚した相手の初めて見るその一面には少しドキリとするが、それ以上に今の状況はサクラの心を乱す。
「さっさと入るぞ二人共」
そう言ってブレーは脱衣所に着くや否や身に着けている装備やマントを脱ぎ捨て脱衣かごの中へと放り込んでいく。
傍に男が居るとは思えないその行動にファストが少し声を大きくして注意を入れる。
「ブ、ブレー! 流石に少しは気にしろ…」
ブレーの方を決して振り向かぬ様に後ろ向きのままそう注意するが、彼女は特に気にすることなく「先に行っている」と言って、タオルを手に持ち扉を開けて風呂場へと消えて行った。
残された二人は衣服を着たままの状態で佇んでいる。
「(ブレーさん凄いなぁ……)」
タオルを巻くことも無くあそこまで堂々と出来る女性はそうそういないだろう。少なくとも自分には真似は出来ない。
「サクラ…」
「な、何?」
声を掛けられドキリとしながら返事をする。
ファストは頭を軽く掻きながら脱衣所の椅子に座るとそのままサクラの方は消して見ぬ様に注意をして彼女にも風呂に入ってこいと促した。
「ブレーは気にしないだろうが、流石にお前は男の視線は気になるだろう。お前達が上がるまでは俺はここで…いやいっそ入口で待っているとするか」
椅子から立ち上がり女湯を出ようとするファスト。
だが、サクラは彼の腕を掴んでその場へと留める。
「ファ…ファストもできればすぐに浸かりたいでしょ。え、遠慮しなくてもいいから……」
「いや、でもお前は恐らくブレーがああ言ったから仕方なく頷いたんだろう?」
「……違う」
「え?」
恥ずかしがりながらも、ファストの顔をしっかりと見て流されただけではない事を証明する。
「その…ファストなら大丈夫かなって……」
「いや、それは確かに手は出さないがやはり……」
「ファストは……」
サクラは自分の胸を抑えながら熱っぽい目でファストを見つめる。
「わ、私の体なんて興味ないっていうのかな?」
「ぶっ!?」
流石にとうとう噴き出してしまうファスト。
「な、誤解を招きかねん発言は控えろ! まったく……」
顔を手で覆いながら憔悴感を漂わせるファスト。
風呂というのは本来疲れを取るはずの場所にも関わらず、この空間に足を踏み入れてからは精神的には色々披露している気がする。
「その…タオルは巻けよ…」
サクラにそう呟くとファストも観念して衣服を脱ごうとする。
「とりあえずタオルを巻き、いいと言うまではお互い背を向けていよう」
「うん…」
小さな声で頷くサクラ。
二人はゆっくり着ている衣服を脱ぎ始める。
無言のまま身に着けている物を脱いでいく二人。サクラは勿論なのだが、ファストも実はこの世界に来てから一番今この瞬間は緊張していた。
すぐ後ろで、衣服を脱ぐ際に肌に擦れる音が聴こえ、後ろでマスターが着替えている事を意識すると顔が赤くなった。
「(お、落ち着け…心頭滅却すれば火もまた涼し。深く考えるな……)」
何とか動揺するなと自分に言い聞かせるファストであったが、着替えながらもサクラはそれ以上に内心で動揺していた。
「(ふわあああああ! き、着替えちゃってる!! 私もファストも背中合わせで裸になって…ふえぇぇぇぇ~~~……)」
身に着けている物を全て脱いでかごの中へと入れると、すぐにタオルを巻くサクラ。
彼女は同年代の女性と比べればそれなりに発育のいい体をしている。タオル越しでもそのスタイルの良さはよく分かった。
「(つ、ついにタオル一枚の状態に…後ろにファストが居るのに…うう~~……)」
先程から心臓の音が非常にうるさく感じるサクラ。
胸に手を軽く当ててなんとか平静を保つように言い聞かせるが、それもすぐに無駄に終わる事となる。
「サクラ、こっちはもうタオルを巻き終わったぞ」
「う、うん。私ももう大丈……」
タオルをちゃんと巻いたことが分かるとゆっくりと後ろを振り返るサクラであったが、視界に入ったファストの体を見た瞬間に先程ようやく落ち着けた彼女の心は再び騒ぎ出した。
「ふわ…」
「ふわ?」
サクラの口から間抜けな声が漏れる。
彼女の視界には細身ながらしっかりと筋肉が憑いている逞しい肉体、いわゆる細マッチョであるファストの上半身裸をモロに見てしまい、思わず倒れそうになる。
この世界では男性が少ない、それはすなわち男性の肉体を見る機会が基本ないという事である。海や広い河などの水着を付けて遊泳する場所で見かけるのは決まって同性ばかり。男性に対する記憶が消えているこの世界の女性は異性に対する裸の耐性がほとんど無いのだ。たとえそれが上半身だけとはいえ……。
「だ、大丈夫か」
ゆでだこの様な顔色のサクラを心配するファスト。
だが、サクラほどでもないがやはりファストも目の前の少女の姿に思わず目を逸らしてしまう。その顔には明らかな照れが見て取れた。
「う、うん…大丈夫」
「そ、そうか……」
「………」
「………」
ともに目を逸らして無言となり、気まずい空気が流れる。
「さっさと入るか…」
「うん…」
ともにチラチラと隣に居る人物を気にしながらも風呂場へと続く扉を開いた。
「まったく、随分時間がかかったな。たかだか服を脱ぐだけで」
扉を開けるとそこにはとても広い木製で出来た浴槽があり、ブレーはひのきの浴槽に浸かっていた。
濡れた髪に赤く染まった頬、中々に煽情的な雰囲気を曝け出しているブレー。その姿にはさすがにファストも目を逸らす。
「ふっ…随分とウブなんだな」
「うるさい…」
舌打ちをしながらファストはかけ湯をする。
それに続きサクラも体を一度洗い流し浴槽に浸かろうとするが、そこでブレーが制止した。
「おいお前たち、かけ湯ならタオルを取ってしないか。汚れを完璧に洗い流せないだろう」
そう言って浴槽から上がるブレー。
「ちょっ、お前!」
「ブ、ブレーさん! ファスト君が居るからせめてタオルは巻いて!」
タオルを巻かず、ありのままの姿でファストが居るにもかかわらず浴槽から出るブレー。
「とにかく、タオルを取ってかけ湯をしろ」
そう言うとブレーはなんとファストの腰に巻いてあるタオルを流れるような動きで引っぺがす。
ファストは全裸状態のブレーから目をつぶり顔を背けていた為、彼女の予想外過ぎる行動に対処できずに呆気なく自分を唯一守っていた装備をはぎ取られた。
「あ……」
自分のタオルが剥ぎとられた瞬間、ファストの口から「あ…」と小さな声が漏れる。
そして、彼の身ぐるみを剥がされた瞬間を目撃したサクラは――――
「ぶはッ!!!!!!」
ただでさえ気を失いそうになる自分を襲え付けていたにもかかわらず、それを上回る光景に彼女の受け止め切れる許容量を軽く突破し、盛大に鼻血を噴き出しながら気を失って行った……。




