少女、大胆な提案をする
依頼を受けた目的の街、イトスギへと辿り着いたファスト達。
街に到着した頃にはすでに陽が落ちかけていたため、今日は一晩宿で過ごす事とした三人。宿に着くまで好奇の目で見続けられたファストではあったが、ブレーのふりまく威圧感のお蔭でアゲルタムの様に女性達に取り囲まれるという事はなかった。
宿に着くと受付をはじめ従業員達が揃って驚いていた。今では希少な男性が訪ねてくればその反応もこの世界の常識からすれば頷けることだろう。
だが…この宿で最も驚くハメになった人物はこの宿の従業員達ではなくファストであった。
「なに、男湯が使えない?」
「はい…申し訳ありません」
申し訳なさそうにしながらファストに緊張気味で応対する女性従業員の一人。
宿へとやって来た三人はまずは汗を流し尚且つ温泉に入り疲れを取ろうと考えていたのだが、ファストのその考えは破綻した。
「実は…今となっては男性の方はもうここ数年の間、来客する事も無くなり……ここ数日は予約が重なり多くのお客様がこの宿にやって来て従業員が総出で働き続け…その……」
「なるほどな…休む暇なく働き続けていたため、形だけの男湯の掃除などする暇がなかったと…でも今から掃除すれば入れるんじゃ…」
出来る事なら今すぐ入浴したかったのだが、流石に汚れている風呂に入る気にはなれない。ならば掃除が終わるまで部屋で待っていようかと考えたのだが女性従業員はさらに深く頭を下げ始める。
「も、申し訳ありません…その…少し前から男湯の方の設備が壊れておりまして…その……」
「……ちなみにいつ頃から壊れていた?」
「えっ…え~とぉ…さ、三ヶ月くらい前…ですかね?」
「直す気なかっただろ」
「あ…あはは……」
予約が集まったのは数日間。という事はそれ以前から男湯の設備は壊れていた事となる。直す機会がなかったというのは考えられない。
「(大方、設備の修理代が勿体ない…といった所だろうな)」
普通に考えれば客商売を舐めているとも思えるのだが、ファストはあまり強く責めることが出来なかった。というのも、この世界では男性の数は一割にも満たない。その数少ない、今後この宿に訪れるかも分からない男性の為に高い修理費を出して今後一生使われない可能性のある男湯を修繕するのは気が進まなかったのだろう。
とはいえ、今回の様に男の自分が訪れる可能性がある以上はどう考えてもこの宿の不備である事は事実だが……。
「しかし…俺だけが風呂に入れないのか」
ファストがそう呟くと、サクラが気の毒そうな表情をする。
自分やブレーはちゃんと入浴できるにも拘らず、ファストだけがお湯に浸かれないというのは気の毒としか言いようがない。
しかし、だからといって自分に男湯の設備を直す事が出来るはずもない。
「まあ…それなら仕方がないな。幸い今日は馬車の中でほとんど過ごしていただけだからな。そこまで汗を掻いてもいないだろう」
不満がないと言えば嘘になるが喚いたところで意味がない。
ファストは独り納得すると先程案内された部屋に戻ろうとする。
だが、ここでブレーが部屋に戻ろうとするファストを呼び止める。
「待てファスト。お前も湯につかる事ならできるぞ」
「話は聞いていただろ。男湯は設備が不調で…」
「あくまで男湯の方が使えないだけで女湯の方は別段問題はないんだろう」
「だからお前も女湯を使えば万事解決だろう」
ブレーの発言はその場に居たサクラと従業員を石の様に固まらせた。
「いや…何を言っているんだ?」
ファストもサクラたち程ではないが僅かに戸惑いを表情に表していた。
「女湯はお前達女性のための場所だぞ。男の俺が入る訳にはいかないだろうが」
「混浴…という形なら問題ないだろう?」
「お前…自分が何を言っているか分かっているのか? いくら俺でも男女が共に入浴というのは一般的なものでない事くらいはわきまえているぞ。第一、お前は恥ずかしくないのか」
異性が共に入浴するというのはさすがのファストも何も感じないわけがない。
しかし、そんな彼とは違いブレーはというと………。
「別に私は構わないぞ。裸の一つや二つくらい」
戦士として戦いに身を置き続けて来た彼女にとって、裸体を見られる事はそこまで抵抗を感じる事ではなかった。勿論、初対面の異性ならばそんな事を考えはしないが、それなりに付き合いのあるファストならば別にいいだろう…と軽く考えていた。それはそれでどうかと思うが……。
なにより、彼がなにか卑猥な行為を働くとは思わなかった。
「お前のことはそれなりに信用しているんだ。別に手を出す気はないんだろう?」
「それは…まあそうだが…」
しかし素直にこの提案に従うのもいかがなものかと考えていると、ファストに一つの妙案が浮かんだ。というよりも今の今まで何故この方法を思いつかなかったのか疑問にすら思った。
「お前達が入った後に俺が入ればいいだけの事だろ」
「ああ…確かに…」
ファストの言う通りであった。
別に女湯は必ずこの場に居る三人が全員揃って入浴しなければならない、などという規則はない。ブレーも今更ながらにそこに気付き、ならば自分たちが入った後にゆっくりと浸かればいいと言おうとした時であった……。
「待ってファスト!」
突然大きな声で名前を呼ばれ少し驚きながら振り返ると、そこにはサクラが両手の人差し指をモジモジと突っつきながら何か言いたそうな顔をしていた。
「どうしたサクラ?」
「いや…その………私も…別にいいよ…」
「え…何が…?」
ファストはサクラの言った言葉の意味を半分は理解していたが、思わず分からないふりをしてしまっていた。
そして、彼女は自分の予想通りの答えを出して来た。
「わ、私も混浴という事で…そのね…いいと思うかなぁ……なんて…」
最後の方の言葉はとても小さかったが、ファストの耳にははっきりと彼女の言ったセリフが聴こえていた。
まさかサクラまでもがこのような事を言い出すとは思わず、少し焦り気味で彼女に理由を尋ねる。
「ど、どういうつもりだ? 別に一緒に入浴しなくても…」
「で、でも…私はゆっくりと長時間はお風呂に浸かるだろうし…その間待たせるのは悪いし……」
「いや…だが……」
何故だかここで断る方が申し訳なく感じてしまうファスト。
しかし、やはり年頃の男女が共に入浴するのはどうなのだろうか? 確かにサクラもブレーも構わないとは言っているのだが。
どうすればいいか分からず困り果てるファストをブレーが彼の腕を引いて女湯にズンズン歩き始める。
「お、おい…」
「うだうだ此処で言い合う方が私にとっては無駄な事だ。サクラも良いと言っているんだ、なら何の問題も無いだろう。これ以上こんな所で立ち話を続けるのは御免だからな」
半ば強引な形で女湯の方へと連行されるファスト。そしてその後をサクラも俯きながらもついて行った。
「ええっと……」
その場にただ一人残される女性従業員。
女湯の暖簾の向こう側へと姿が消えて行く三人の姿を眺めながら従業員は顔を赤らめてそっと呟いた。
「お、男の人とお風呂…私もご一緒していいかしら?」
割と本気の眼をしながら自分もお供していいのではないかと考える彼女。
何を想像しているかは伏せておくが、その時の彼女の鼻からは鼻血が垂れていた……。




