少女、決闘を申し込む
先程まで多くの人間の声が飛び交っていた酒場から、一切の声が途絶えた。
今、この場に居る女性たちは、信じられないようなものを見ている気がした。いや、気がした、などではない。
今、自分たちが居るこのギルドの入口に、見間違いでなければ立っているのだ。世界からその数が急激に減少し、そして今や国宝級に扱われる存在。
そう、ここには男が立っているのだ……。
「お、男…?」
「え、え、ええ?」
「マジで…?」
ギルドに居る女性達からぽつぽつと言葉が零れている。
静寂に包まれるギルド内を見て、サクラは、ああ、やはり…といった顔をしている。
「それで、ここで働くには何をしたらいい?」
「あ、う、うん。まずはこのギルドに加入登録を受付でするんだ。あそこで…」
そう言って酒場の端にある受付所を指さすサクラ。
そして、ファストがそこに向かおうと一歩足を踏み出した次の瞬間――――――
「「「きゃああああああああああああああああッッッ!!!???」」」
ギルド内に居る女性たちの声が響き渡った。
「ッ!?」
「うっ!!」
息の合った大声が二人の鼓膜を震わせ、思わず耳を両手で塞ぐファストとサクラ。
そして一斉にギルド内の女性達は席を立ち上がり、ファストへと詰め寄って来た。
「あのあのあの! 男の人ですよね! 正真正銘本物の!!」
「サクラ、アンタこのイケメンさんどこから連れて来たの!?」
「あの、もしよければあちらでお話しませんか? もちろんおごります!!」
「あっ! 抜け駆けしてんじゃないわよ!!」
彼女達に一斉に詰め寄れられファストはなんとかその場を鎮めようとする。しかし、彼が言葉を発すると女性達のテンションはさらに上がり、彼では収集が付けられなくなる一方であった。そんな彼を見かねて、サクラが少し大きな声で周囲の者達を諌める。
「はいはいみんな! ここにいるファストさんはこれからここで働くつもりなんだよ! 受付で登録させてくれないとここに居られないでしょ。それでもいいの?」
サクラがそう言と、周囲の喧騒はピタッと収まった。
そして、その後に小声で皆が呟き始める。
「え…ギルドに登録…」
「てっ、ことは…」
「これからここに居続ける……」
希少な存在である男性がこのギルドに所属する。
そうなればこれから先、ここにいる彼と接する機会も当然訪れる。その考えに至った者達の行動はとても速かった。
皆は一斉にファストから数歩後ろへ下がり、ギルド登録をする受付の道を開いた。
「(みんな現金だなぁ…気持ちは分かるけど)」
内心でそんな事を考えるサクラであったが、取りあえずこれでようやく受付をして彼もここの一員になれると思ったのだが、そこに一人の女性が割り込んできた。
「本気なのか? このギルドに所属するというのは……」
「ん?」
ファストに声を掛けて来た人物は、一人のビキニアーマーを着ている水色のショートヘアーの少女であった。彼女は厳しい目で、睨み付けていると言ってもいい眼光でファストのことを見ていた。
先程酒場が盛り上がっていた中、唯一この少女だけはその輪の中には入ろうとはしなかった。しかし、ファストがこのギルドに入ろうとしていることが分かり、声を掛けて来たのだ。
「本気かどうか聞いている…」
「ああ、そうだが…」
ファストがそう言うと、目の前の少女は迷惑そうな顔を隠そうともせず、ファストに食って掛かった。
「分からないな? 今の世の中、男として生まれたのならばもっと楽に生きていける筈だ。何故わざわざギルドに入ろうと…?」
「単純に嫌だからさ、そんな府抜けた生き方は」
もう一つ、この世界から男性が消えた理由を知らべる事も目的の一つであるが。
ファストがそう言うと、少女は見下すかのように小さく笑い始める。
「ふふふっ、府抜けた生き方はしたくない? 今の世の中、男は国の庇護の元でのうのうと生きている奴ばかりだ。希少と言う理由から、堕落していき怠惰な生活を送る者ばかり……お前も男ならば、そんな生き方をしていけばどうだ?」
「それが嫌だからここに来た」
「まあ、広告塔には確かに使えるかもな」
少女の言葉に、ファストはため息を吐く。
今、初めて出会った初対面であるにも関わらず、目の前の少女は随分と噛みついて来る。
「どうすれば俺はこのギルドに入れる? ここで俺が登録手続きをさせてくれと言ってもお前は引こうとしないんだろう?」
ファストがそう言うと、少女はニヤリと口元を歪める。
「そうだな、お前が他の男とは違い軟弱でないと証明させてもらおうか」
「つまり…」
ファストがその証明の仕方を詳しく聴くと、目の前の少女は自分に指を突きつけた。
「私と決闘で証明してもらおうか。私に勝てればここに所属する事を認めよう、しかし負ければこのギルドから出て賢い生き方をするんだな」
少女がそう言うと、周囲の女性達は騒ぎ始める。
「ええ、決闘!?」
「そんなぁ! せっかく男の人が入ってくれる気になっているのに!」
「そんなのもったいないよぉ…」
しかし、少女が鋭い目で睨み付けると、周囲の女性達は全員口を閉ざし黙ってしまう。
そんな中、ファストの実力を知っているサクラが彼女に申し立てる。
「あ、あの、この人は決して弱くありません! 現に私は……」
「なら、私が直接見てやる。その腕前をな…さあ、どうする?」
少女が薄く笑いながらそう言うと、ファストは小さく頷き、彼女との決闘を承諾した。
「いいだろう、受けて立つ」
「ファ、ファスト!!」
隣に居るサクラが驚いた様な声を出すが、彼はそんな彼女を手で制する。
ファストの返事を聞き、少女は自らの名を名乗り、決闘の場所と日時を指定した。
「明日の朝の…そうだな、十時頃にこのギルド前の広場に来い。そこでこの私、ブレー・ウォールが相手をしてやる」
「分かった…」
ファストが頷くと、ブレーはその場から立ち去って行った。
こうして、ファストはギルドに加入する為、そのギルドに所属しているブレーと決闘を行う事となった。
ギルド内での一悶着後、ファストはサクラの後について行っていた。
あの後、二人は街にある宿屋へと足を運んでいた。そこにはサクラも宿泊しているらしく、ファストもそこで夜を過ごすことにしたのだ。
彼が宿に向かおうとした際、ギルド内に居る女性たちが自分の住んでいる家や宿に来ないかと誘ってきたが、それを断りサクラの利用している宿に腰を落ち着ける事にしたのだ。
「悪いなサクラ…宿代を借りて」
「仕方ないよ、ファストはこの世界に来たばかりなんでしょう」
そう、この世界に来たばかりのファストには当然持ち合わせなんてなく、サクラから宿泊のための費用を借りたのだ。
彼女に借りた宿賃を返す為にもギルドに加入する。その為、明日の決闘は負けられない。もっとも、ブレーの言っていた通り賢く生きるのであれば、男の自分は生きていくには困らないのだろうが、そんな生き方は自分は望んでいない。と、なればやはり明日の決闘に勝ち、ギルドに所属するしかないだろう。
そうこう考えている内に、二人は街中にある目的の宿屋へと辿り着いたのであった。