少年、今のままでいいかを尋ねる
サードが訪れた洋風店、そこにはレンゲやサード同様、仕事の休みを利用して訪れている二人組が居た。
「騒がしいわね・・・」
その内の一人、洋服店に居る自分たち以外の客達から聴こえてきた黄色い声に少し不機嫌そうな表情で呟く金髪の少女、ライティ・シャーリー。
何を騒いでいるのかと思い視線を向けると、そこには一人の年下少年が自分と同じくらいの年の少女と買い物をしている光景が目に入った。
その光景を見て、物珍しい男が現れたことで周囲が湧いている事を理解した。
「(あら、あの子・・・最近噂の飲食店に現れた看板息子クンとやらじゃない・・・)」
隣に居る女性が誰かはわからないが、恐らく保護者の様な者だろうか? それとも・・・・・・自分と同じ〝立場〟の人間なのか・・・・・・?
「(だとすれば・・・あの男の子も彼と同じ存在かしら?)」
ライティは試着室の中にいる人物に目を向ける。
その人物は現在、ライティの選んだ服を試着室の中で着替えている最中だ。その試着室の前にライティが立っていた。万一にでも着替え中の〝彼〟の姿を見られない為にも。
「着替え終わった、セコンド?」
試着室の中に居る〝少年〟に声を掛けるライティ。
「着替えたよぉー」
そう言って試着室のカーテンを開けるセコンド。
そこには、とても可愛らしい白を強調したワンピース姿をしている少女にしか見えない少年が立っていた。
「可愛いわぁ♡ セコンド♡」
カーテンを開けて現れた少年はまるで天使の様に美しく、そして可愛らしく、ライティのハートをわしづかみにする。
セコンドはその場でくるりと一回転をして、この服を選んでくれたライティに今の自分の姿について感想を求める。
「いい、いい! すごく可愛いわよ♡!」
可憐なその姿に釘付けになるライティ。
近くにいた女性客達からも、可愛いなどと小さく小声で話しているのが聴こえて来る。その声を聴くと、ライティの気分は上機嫌となった。
「(どう・・・可愛いでしょ、私のセコンドは・・・)」
注目度は同じく店内にいるサードよりは劣るが、それは周囲の女性達がセコンドのことを完全に自分たちと同じ女だと思っている証拠だ。もしも彼の正体が自分たちとは違う異性、つまり男であるという事実を知れば周りからは黄色い声が鳴りやまないだろう。
だが、それはライティは望んではいない。
だって・・・彼は自分の物・・・自分だけの物なのだから・・・・・・。
「(とりあえず、セコンドの正体は私の様に彼の裸でも見ない限りばれる事はないわね)」
ちなみに、このような事を考えるのは、彼女がセコンドと一緒に入浴した経験があるからだ。
セコンドは特に気にもしていないが、男とは思えぬほどの綺麗で柔らかな肌、風呂場の熱気で赤く染まった頬を見てライティは何時も鼻血を出している。
そして、そのような他の女性では体験できない事をするたび、彼女の中の独占欲はどんどん増徴して行っている。
「(この子は私の物・・・絶対に渡さない・・・)」
現在、セコンドはライティと同じギルドに所属しているのだが、彼がギルドに所属している理由は二つ、一つは生活費を稼ぐ為、そしてもう一つは彼がそもそもこの世界に来た理由、男性減少の謎を解き明かす為の情報収集の為である。ギルドに所属している者は何もそのギルドのある街の中だけで仕事をするわけではない。依頼内容次第では別の街、他の村へと赴くことだって珍しくもなんともない。その過程で何か情報が得られるかもしれないからだ。
だが、ライティには彼の目的など最早どうでもいいことであった。
この世界の謎、何故男性が減少し、そしてそれまで存在していた男性は何処に行ったか、その記憶はどうなったのか・・・・・・そんな事は今のライティには興味がなかった。
ただ・・・自分の元に現れたこの少年さえいれば・・・それだけでいい・・・・・・。
「(カワイイワヨ・・・セコンド・・・)」
可憐なセコンドの姿を見ている彼女の瞳には、微かだが黒く濁っている様に見えた・・・・・・。
自分と同じ男性が店内に居た事にはサードも当然気付いてはおらず、そのまま似合いそうな洋服だけを購入して洋服店を出たレンゲたち。
サードは自分が似合うと思える洋服がよく分からず、レンゲの選んでくれたものを購入した。少なくとも試着してみせると、レンゲが褒めてくれたので変な目で見られる事はないだろう・・・・・・ただ、別の意味で変な目、いや、危ない目で見られるかもしれない。この世界に居る女性達は肉食動物を連想させる様な獰猛さが感じられる部分は否定できないのだから・・・・・・。
「良かったね、似合いそうな服があって。偶には別の服を着てオシャレしないと」
「うん・・・」
レンゲの言葉に短く答えるサード。
元気がない、という感じではないがどこか覇気のない返事にレンゲが少し心配そうな目を向ける。
洋服店に居る間、周りの女性客たちや挙句店員にも危なげな目で見られていたから、少し怯えているのだろうか?
レンゲも彼の過去は聞いている。自分が誰かも分からないところに、監禁まがいの様な事を見知らぬ女性二人組にされた訳だ。女性に対して恐怖心が芽生えていてもおかしくはない。一緒に店で働いてる分にはそうは思はなかったが、もしかしたら無理をしていたのかもしれない。
「サード君、大丈夫?」
「・・・え?」
「いや、何か元気ないからさ・・・」
レンゲがそう言うと、サードは少し下を向いて小さく呟いた。
「あのさ・・・」
「ん・・・何・・・?」
サードは数瞬間を空けたあと、レンゲの顔を見てそっと彼女に聞いた。
「俺・・・こんな風に楽しんでいいのかな?」
サードが心に引っかかっていた事、それは自分がこの様に自由を満喫していいかという物であった。
これまで盗みを働いていた自分を受け入れ、そして罪を償う機会を与えてくれた安腹亭の皆や、此処に居るレンゲなどには感謝が絶えない。だが、この街で生きる為とはいえ盗みを・・・罪を犯して来た自分がのほほんと平和を謳歌する事は許されるのかを気にしていた。
そして、もう一つ・・・・・・彼にはこのような発言をしたには理由があった。
それは、自分が何者なのか一切分からない不安もあったのだ。
「俺・・・自分が誰か、何処から来たか・・・このサードって名前も本当に俺の物か分からないから・・・自分が誰かも分からず、呑気に平和に過ごしていていいのかなって・・・・・・」
「そっか~・・・」
サードの抱えていた悩みを聞いて軽く返事を返すレンゲ。
隣に居る少年は、罪を犯した事に対する罪悪感、そして自分自身が何者なのか分からない不安感の二つの感情に苛まれているのだろう。だから、自分がこのように買い物をしている現状が正しいのかどうかを聞いてきたのだろう。
サードは、これから先どうして行けばいいか、その答えが欲しかった。だが、だからと言ってそれを隣に居るレンゲに聞くのはおかしな事だとサード自身も分かっていた・・・分かってはいたのだ・・・・・・。
だが、それでもまだ幼い彼は自分より目上と思える人間に自分の悩みを聞いてもらい、そして出来る事なら答えも欲しいと思ってしまっていた。
罪を犯し、記憶の無い自分はこれから先、今の様に生き続けていいのかどうかを・・・・・・。
子供ながらに複雑に考えてしまっているサード。そんな彼にレンゲは特に考えもせず、そっと返事を返してあげた。
「あのさ、サード君――――」




