少年、赤っ恥をかく
「はあ・・・・・・」
一人の少年は口からは疲れたようなため息が零れ落ち、同じく疲れた表情をしながら自分の宿泊している宿屋、ヒールを目指して歩いていた。
その隣では二人の少女が心配そうな表情で少年の様子を見守っていた。
「だ、大丈夫ファスト・・・?」
「明らかに疲れてるって顔をしてるわよ」
同じギルドに所属している二人の少女、サクラとヤイバは疲労困憊状態の少年ファストを心配そうな目で見つめている。
ファストはそんな二人に大丈夫だと手を軽く振って答える。ただ、声は一切発しておらず、空元気である事は二人の少女にはバレバレであった。
「ああ~~~っ・・・」
ファストの口から気だるげな声が伸びる。
三人は今、ヤイバの持ってきた仕事を三人で引き受け、それを達成してその帰りの道中であった。だが、ファストと違いサクラとヤイバには大して疲れた様子は見受けられないのだが、それとは対照的にファストは一目見ただけでも激しく疲労していることが見て取れる。だが、彼がここまで疲労が溜まっているのは激しい戦闘を行ったからではない。
「まさか・・・あんな依頼をお前が持ってくるとはな・・・」
そう言いながらファストは少し恨みの籠っているような目線をヤイバへと向けていた。
そんな彼に対して、彼女は小さく頭を下げて今日何度目かの謝罪を述べる。
「ごめんなさいね、でもあの依頼はどう考えてもあなた専用の依頼としか思えなかったから・・・」
今回三人が引き受けた依頼は、『ファッションモデルに必要な人材求めています! やる気の方はぜひともお越しください!』という内容の依頼であった。そしてこの依頼、ランクは最低の星一つなのだが、その報酬はなんと星三つの依頼で得られるものとほぼ変わらぬほど高額であったのだ。
今回、ヤイバはこの依頼をサクラとファストの二人へと持ってきて、ともに受けようと提案したのだ。それに関してはファストもサクラもすんなり了承した。
この時、ファストはこの依頼に関してある一点にもっと注目しておくべきであった。何故この依頼は星一つという低ランクでここまで膨大な報酬が当たるのかどうかを・・・・・・。
依頼者は中々に大きな洋服屋の若い女主人で、新作の服を幾つか作ったので、この洋服店の広告の為に写真撮影の被写体が欲しかったとの事。だが、主人からその話を聞いたとき、ファストはふと思う。
今回の依頼、どうしてヤイバはサクラならともかく、自分まで呼んだのだろうと?
ファストの頭に浮かんだ疑問、それをヤイバが依頼を持ってきた時にするべきであった。彼はてっきりサクラの付き添いという形で依頼に誘われたんだろう・・・・・・などという勝手な思い込みなどするべきではなかった。
そして、今回の依頼に自分が呼ばれた理由を少年は理解する。
その時のことを思い返すファスト――――
依頼者の洋服店に着いたファストたちは、依頼人である女店主のウェウアという女性に挨拶をされ、早速仕事に取り掛かってほしいと頼まれた。
だが、彼女はサクラやヤイバではなくファストに声を掛けて来たのだ。
「ではファストさん、まずはこちらを着ていただきたいのですが・・・」
「え・・・待て待て。何で俺なんだ?」
「え?」
「え?」
女性ものの新作の服を宣伝するのに、男の自分が着るのはおかしいだろうと思い、なぜ自分に被写体を頼むのかと疑問を抱くが、逆に不思議そうな顔をするウェウア。それに反応してファストも思わず疑問の声を返す。
「いえ、用意している服はすべて男性の色を強くした物ですので、ファストさんに着ていただきたいのですが・・・」
「なっ!?」
女性がほとんどを占めているこの世界、新作の服が作られたと聞いてそれは女性ものの服だと思い込んでいたファスト。当然、この依頼を受けるのはサクラとヤイバの二人で、自分はあくまで付き添いだと思い込んでいた。第一、男性の数が一割以下のこの世界では男物の服を作るだけならまだしも、それを元にファッションモデルを頼むなど思いもしなかったのだ。
第一、依頼内容はファッションモデルとなる人物を求めていたはずだ。男性の数が少ないこの世界で男の自分が服を宣伝してもしょうがないだろう。女性がほとんどを占めるこの世界で男の服を着る女性などほとんどいないはずだ。
「店主さん、男の俺をモデルにして宣伝してもおかしいだろう。男物の服を広めてもそれを買いに来る女性がどれほどいるか・・・」
「いえいえ、ファストさんをモデルにすれば興味は持たれるはずです!!」
ファストの言葉に熱い言葉で否定する若き女性店主。
「確かに男物の服を普通は女性は着ないでしょう。しかし、今回の服は男性色が強いですが男女問わず着こなせれる様なイメージの服を用意しました。これなら女性客も来ると思うんです」
「だが・・・俺がモデルというのは・・・」
「う~ん、依頼書では男性限定のモデルと書いてあったのですが・・・」
ウェウアがあっさりとそう言って、思わず反応が遅れてしまうがすぐにファストは驚いた表情をする。
ヤイバから聞かされた内容では、男性限定などと一言も言われてはいなかったからだ。
「・・・・・・」
どういう事なんだとヤイバを見るファスト。
それに対してヤイバは――――
「(・・・・・・スマン)」
心の中で謝罪して、ぺこりと頭を下げていた。
実は今回の依頼内容、どう考えてもファストのことを狙って出された依頼としか思えないものであったのだ。依頼書に書かれた内容は、『ファッションモデルに必要な人材求めています! やる気の方はぜひともお越しください!』とデカデカと書かれていた。だが、よく見ると依頼書の隅に小さくこう記入されていたのだ。
『モデルになる方は男性限定です、男の人を必ず連れてきてください!! くどいようですが男の人のモデルを求めています!!!』
・・・・・・こう小さく隅っこに記載されていたのだ。
ギルドに張り出されてからまだ新しい依頼とはいえ、これだけ簡単で大量の報酬を得られるこの依頼が誰も手を付けなかった理由はそもそも受けることが出来なかったからなのだ。
そして、ヤイバがファストをこの依頼に誘ったという事は当然この隅に書いてある記載にもちゃんと目を通していたわけで、はじめからファスト一人を狙って声を掛けて来ていた。付き添いではなく、彼が本命であったのだ。むしろサクラの方がこの場合は付き添いだろう。
「ヤイバ・・・」
「・・・・・・」
ジト目で依頼内容を隠していた少女に非難の眼を向けるファスト。そんな彼の視線をプイッと明後日の方を向いて逸らすヤイバ。隣ではサクラが苦笑して騙された少年のことを心の中で同情していた。
しかし、知らなかったとはいえ引き受けてしまった以上ここで帰る事も出来ず、結局モデルを引き受ける事とするファスト。
「わかった・・・引き受けるよ」
仕方がないと言った表情でそう答えると、ウェウアは嬉しそうに笑ってくれた。
「(ヨッシャァァァァぁッ!! これで堂々と男の子の写真が撮れる!!!)」
内心で喜びの雄叫びを盛大に上げるウェウア。
明らかに店の宣伝よりも個人的欲望を満たす事が目的の様に思えるが、それでも引き受けた以上は引き下がる事も出来ず、早速着替えに入ろうとするファスト。
「試着室貸してくれるか? ここでさすがに着替えるわけにはいかないだろう」
「あ・・・私はここで着替えてくれても構いませんよ?」
「・・・・・・」
普通にそう返しているウェウアだが、ハッキリと言ってこれはセクハラなのではないだろうか。というより笑顔でそんな事を言われてもリアクションに困ってしまうのだが・・・・・・。
「・・・冗談ですよ! あはははは・・・試着室はあちらです」
黙り込むファストに冗談だと言うウェウアだが、明らかに少しこちらの反応を窺っていた。
そこへサクラがすかさずウェウアに詰め寄って来た。
「あのっ! いくら依頼された方とはいえセクハラはお断りしています!!」
「あっ、す、すいません・・・」
すごい剣幕で詰め寄られてさすがに反省の態度を示すウェウア。
「(サクラの奴・・・こういう場面では凄い助かるな・・・)」
本来、マスターである彼女を守る立場なのだが、こういう場面では逆にこのように庇われることが多い。
ファストは試着用の服をいくつか持って試着室の中へと入って行く。
一方ヤイバは怒りをあらわにしているサクラを見て思った。
「(サクラのあの反応・・・やっぱり彼女、ファストに対してその気があるのかしら・・・)」
試着室へと入り、早速着替え始めるファスト。
今着ている服を脱ぎ、用意された服に目をやる。今着ている軍服の様な服とは違い、用意されている物はとてもラフな物ばかりだ。
「なんだかなぁ・・・」
用意されている服は見た感じでは確かに男性、女性のどちらが着ても違和感を感じさせないような作りではあるが、どう考えても自分のイメージには合わない気がする。
溜息を吐きながら、早速着替えを始める。
「ん・・・?」
まずは上の方を着替え、そして次にズボンを脱いで下の方を着替えようとするが、ここでアクシデントが起きてしまう。
用意されたズボンをはこうと手を伸ばした時、試着室の床下が老朽化していたのか、僅かにへこんだのだ。そこに片足を乗せていたファストは体勢を崩し・・・・・・。
「うおっ!」
そのままズボンを手に持ったまま試着室の外へと盛大に転んでしまった。
「いて・・・何だ、床がへこんで・・・」
試着室の方に目をやりながら文句を言うファストであるが、そこで不意に背後から視線を感じる。
「「「・・・・・・」」」
振り返るとそこには、顔を赤くした三人の女性がこちらを見ていた。
そう、ファストはズボンをはく直前に転んでしまい、ズボンをはかずに手に持ったままの状態なのだ。つまり何が言いたいかというと――――
「あ・・・・・・」
彼は今、下半身がパンツ丸出しの状態だという事である。
「てっ、うおおおおおおおお!?」
恥ずかしさの余りすぐに試着室の中へと逃げ込むファスト。
そんな彼に同情をしながらも頬を赤く染めるヤイバと・・・・・・。
「「(ありがとうございます!!!)」」
鼻血を出しながら心の中で感謝の言葉を述べるサクラとウェウアであった。




