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少年、名を告げる


 「ガアアアアアアアッ!!」


 自分の同族を殺した事に対する怒りなのかは分からないが、明らかに激高をしている事が分かるほどの咆哮を上げながら朱い少年に襲い掛かる魔獣のボス。しかし、少年はまったく動じず舌なめずりをして迫り来る獣に笑みを浮かべた。


 「そうそう・・・そうやって・・・」


 魔獣の振り上げた腕が少年を切り裂こうと振るわれる。だが、少年は脚に力を籠めて襲い掛かる魔獣の腕を蹴りで弾く。

 攻撃を弾くことは出来たが、少年の足には微かなしびれが残る。


 「全力で喰らいに来てくれねぇと、殺りがいがねえからよぉぉぉッ!!」


 今まで以上の強さを兼ね備えている魔獣に怯えるどころか歓喜する少年。

 彼が浮かべる笑みには、ほのかに狂気すら感じる。その姿を見ていたヨミは小さく身震いをした。


 少女の眼には、魔獣以上にあの朱い少年の方が遥かに恐ろしい存在に見えて仕方がなかったのだ。


 「ハッハァッ!!」


 鎌を回転させながら魔獣の足を切り裂く少年。

 切り裂かれた箇所から噴射した血が少年の頬に付着する。それを舐めとりながら、少年は跳躍して魔獣の下顎を思いっきり蹴り上げる。

 

 ドオォォォンっ・・・と激しい衝突音が鳴り響き、信じられない事に巨大な魔獣の体が僅かだが宙に浮かんだ。

 

 「あばよ・・・デカブツ・・・」


 少年は凶悪な笑みを浮かべながら浮き上がった魔獣の無防備な腹を切り裂いた。


 真っ赤な血が、少年の全身に降り注ぐ。


 切り裂かれた腹部から血の雨を降らせながら、魔獣は地面へと横たわった。


 「ふっ・・・ふっ・・・」


 口から血を流しながら、虚ろな目で呼吸を繰り返す魔獣・・・・・・だが、やがてその瞳からは光が消え、その巨体から体温は失われていった・・・・・・。


 「さて・・・」


 目元に付いた血を拭い、残りの魔獣達に目を向ける。

 

 「じゃあ残りのお掃除といきますか・・・」


 自分たちのボスすら敵わなかった相手に勝てるとは残った魔獣達は思えず、彼らは逃亡を図ろうとする。


 「逃・が・さ・ね・え・よ!!」


 少年は鎌を握りながら、魔獣達へと一気に駆け抜けて行った。







 ヨミは呆然と樹に腰を押し付けたまま、座り込んで居た。

 魔獣の親玉を倒した後、他の魔獣達は朱い少年に恐れおののき、その場から逃走を図った。だが、少年は逃げて行く生き残りの魔獣達を追跡して行った。そのまま魔獣達と少年はその場から姿を消し、ヨミだけが取り残されたのだ。

 その場にただ一人、ポツンと残された少女はその場から動くことが出来なかった。


 「どうしよう・・・・・・」


 正直、どうしていいか彼女は分からなかった。

 魔獣に襲われ、絶体絶命に陥ったその時、まるで救世主の様に現れた一人の存在。しかも、それはこの世界では希少な存在である男性であった。しかも、その少年は次々に魔獣達を狩っていき、群れのボスすらあっさりと倒してしまった。その後、彼は逃亡を図った生き残りの魔獣を追いかけて行き、その場で自分だけが取り残されてしまった。

 この場合、依頼はどうなるのだろう? いや、それよりもあの少年は何者なのだろう? 様々な疑問に追われ、ヨミは頭を押さえて軽い混乱状態へと陥る。


 そこへ――――


 「なんだぁ? まだボケっと座り込んで何してるんだよ?」


 先程の少年の声が聴こえて来た。


 「あ・・・」

 

 顔を上げると、視線の先には先程の朱い髪をした少年がこちらに向かって歩いていた。

 その少年の姿を見て、ヨミは小さく悲鳴を上げる。その理由は、先程以上に彼の体全体が赤い染みで染まっていたからだ。体中の至る所に返り血が付着しているその姿は軽くホラーだ。


 「おい・・・おいって」

 「・・・ハッ!」


 思わず思考が停止してしまったヨミ、どうやら先程から目の前の少年は自分に声を掛けていた様で、少年が少し大きな声で彼女のことを呼ぶとようやく意識が戻って来た。


 「あ、え・・・何でしょうか・・・?」


 血濡れの少年に怯えながら、何の用かを尋ねるヨミ。

 ビクビクと体を小刻みに震わせる姿を見て少年は小さくため息を吐いた。そんな彼の挙動にびくりとするヨミ。 

 

 「お前・・・なに震えてんだよ? もう獣はいねえだろうが」

 「あ、あの・・・逃げて行った魔獣達は・・・?」

 「ぶち殺した」


 余りにもあっさりと言われ、逆にそれが恐ろしく感じるヨミ。

 突如として現れたこの少年、彼は果たして救世主なのだろうか? それとも残忍で冷酷な死神なのだろうか? 

 ヨミはごくりと唾を飲み込み、今にも消えそうな掠れた声で目の前に現れた人物の正体を確かめようと勇気を奮った。


 「あ・・・あの・・・」

 「あん?」

 「あなたは・・・一体何者なんですか・・・?」

 「ああ・・・まあ、お前殺されそうでゆっくり話す場面なんてなかったからなぁ・・・」


 少年はガリガリと頭を掻きながら、自分が出て来た場面を思い返しながらそう言った。彼が頭を掻くと、手に付いている返り血が髪につき、彼の朱い髪を更に赤く染める。

 少年の髪が汚れていく事に、ヨミは思わず慌てて彼の手を止めようとする。


 「だ、ダメです!」

 「ああ?」

 「か、髪の毛が汚れちゃいます・・・せっかく綺麗な髪をしているのに・・・」


 ヨミが自分の腕を掴むのを見て、少年は不思議に思った。


 「お前、あれだけビクついていたくせに、俺の手は普通に握るんだな・・・」

 「え・・・ああっ!? す、すいません!!」


 少年にそう言われ、自分がようやく彼の手を掴んでいた事に気付いたヨミ。慌てて彼の手を離すと、顔を赤くして俯いてしまった。そんな彼女の反応に不思議そうな顔をする少年。自分の腕を掴んだくらいで何を顔を赤くする必要があるのだろうか?

 そう思い、彼女にソレを問いただしてみる。


 「お前、なんでそんな真っ赤な顔してんだよ」

 「だって、男の人と手を繋いで・・・はう・・・」


 その反応を見て、ああ成程と理解をした少年。

 自分が呼び出されたこの世界では、男は今や珍しい事この上ない存在であるという事実。この世界では男性であるというだけでステータスとなる。つまり、目の前の少女は希少な男と手を触れたという珍しい経験に戸惑っているのだろう。

 

 「(たく・・・どうかしてるぜ・・・)」


 この世界では男は価値のある宝なのかもしれないが、少年から言わせれば、男であるだけでこの世界では凄いと認識される、などという考えを持っている女性達の考えは理解できなかった。

 男だから凄い? ただ珍しいだけで、それを割れ物の様に扱うこの世界の女性達の思想は理解できなかった。だって、ただ性別が男性というだけで特別何か特殊なナニカがある訳でもない。


 「くだらねぇ・・・」


 少年は小さな声でそう吐き捨てる。

 

 「おい・・・お前・・・」

 「え、は、はい」


 声を掛けられて、上ずった声で返事を返すヨミ。


 「俺のマスターなら、もっとハキハキしろや。じゃねえと俺まで恥ずかしくなるぜ」

 「ええ? マ、マスター・・・? え? な、何がですか?」


 少年の言っている意味がよく分からず、おたおたとしてしまうヨミ。

 そんな彼女の姿に舌打ちをしながら、少年は自らの名を告げる。


 「お前のマナで目覚めたフォルス、つうもんだ。これからお前にもこの世界の男性減少の謎の解明に協力してもらうぜ」


 朱い髪をした少年、フォルスは目の前の気弱なマスターに不安を感じながらも、自分の名を告げてそう言った・・・・・・。


 

 

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