少年、ギルドへと足を踏み入れる
サクラとファストは野宿した森林から出て、人がちらほらと居る場所まで歩いてきた。そして当然、サクラが懸念していたようにすれ違う人々はファストを見て小さく声を出して驚いている。
「あれって…男の人!」
「うわぁ、本物の男性だぁ…は、初めて見た!」
「しかもイケメン…かっ、カッコイイ♡」
人間の男性の数が少ないこの世界では、ただ男というだけでも注目される。しかも、それが整っている容姿をしているのならば尚更だ。
そんな好奇の視線を浴びながら歩くファストは少し気まずそうな顔をする。
「なんかくすぐったいな…分かってはいたが」
「あはは、男の人は本当に珍しいですから・・・それにファストさん、その、か、か、カッコイイですし……」
頬を赤らめながらサクラがそう言う。
そんな彼女にファストはずっと気になっていた部分を指摘する。
「サクラ、そんなにお前が畏まる必要は無いぞ」
「え…」
「敬語で話したり、さん付けで呼んだりと…もっと砕けた感じで、こう気軽に呼び捨てで構わない」
男の数が少なく、人間の男性が希少な存在であることはファストも理解してはいるのだが、自分を召喚した存在にへりくだれられる様な態度を取り続けられるというのは余りいい気分はしなかった。
しかし、サクラからすれば相手は男性、失礼な態度を取ることは出来なかった。
「で、でも…」
「じゃあこう言ったらどうだ。男の俺が普通に接する様に言っている…と……」
そう言われれば彼女も彼の言う通りに接するしかない。
しかし、彼女としては自分と歳の近い男性と仲良くできる事はとても嬉しい事だ。彼女はファストに言われ、彼の名前を読んでみた。
「じゃ、じゃあ改めてよろしくね。ファ、ファスト…」
「ああ、よろしく頼むサクラ」
男性と普通に接している、その事実はサクラを昇天させてしまうほどに喜びを与えてくれる。
「(す、すごい! 年の近い男の子とこんなに気軽に話せるなんて!!)」
両手で顔を抑えながら、僅かに緩んでいる笑顔をするサクラ。
そんな一幕がありながら、二人はギルドのある街の入口まで辿り着いた。そして当然、街に行けば人も増える。つまり――――――
「男の人!?」
「きゃあ! 本物だわぁ!!」
道中以上の人間が居る為、当然そこに男が来れば騒ぎも大きくなるわけで……。
周囲から黄色い声を浴びながら、目的のギルドまで歩いて行く二人。
「あ、あの、握手良いですか!」
「え、握手?」
一人の小さな少女がファストに近寄って来て、彼に握手を求める。
ファストはそんな少女の小さな手を優しく握ってあげると、少女は顔を赤くして笑顔を浮かべる。
「わあっ、ありがとうございます♡!」
そんな少女に続き、多くの女性たちが自分たちも関わりたいと思い彼に近づいてきた。
「あ、あの、私とも握手を!!」
「あの、好みのタイプは!?」
「私、今はフリーですッ!!!」
一人が声を掛け、そこからは雪崩現象。多くの女性に囲まれ、周りを包囲されるファスト。
「くっ…一度退避するぞ」
ファストは隣に居るサクラを抱きかかえ、その場で大きく跳躍した。
「え…ふえぇぇぇぇぇぇ!?」
ファストに抱きかかえられた時、彼女は彼の予想外の行為に一瞬呆けてしまうが、その数瞬後に盛大に声を上げる。そして、跳躍し空中にいるファストの真下では女性たちがサクラの状態に羨望の眼差しを向けていた。
「あああああッ! 何よあの子!!」
「ずるいわよアンタ!?」
しかし、そんな彼女達の声はサクラの耳には全く届いていなかった。
彼女には眼下に居る者達に意識を向ける余裕などないのだ。自分の事を抱きかかえている、それもいわゆるお姫様抱っこの状態だ。この状況で冷静さを保つ方がこの世界で生きる女性にとっては異常だろう。
ファストはそんな彼女のことなどお構いなしに、彼女を抱きかかえたまま、街の屋根を跳び移って行き、一先ず人気の少なそうな地点へと移動した。
「とりあえずここなら…ん、おい……」
「きゅ~~~……」
真っ赤な顔で目を螺旋状にグルグルとまわしているサクラ。しかし心なしかその顔は嬉しそうであった。
そんな状態の彼女を見て、ファストは小さくため息を吐いた。
「ほんとう…男に対しての耐性がないんだな。この世界の女はというのは……」
ファストは彼女を背負うと、身を隠せそうな場所を探すのであった……。
ファストに抱きかかえられ、意識を飛ばしていたサクラはゆっくりと瞼を開いた。
「ん…?」
まどろみの中、ぼやける頭で辺りを見渡すサクラ。
「起きたか?」
そこに地面であぐらをかいていながら、彼女の隣ではファストがサクラの事を見守っていた。
隣に居る彼の姿を見て、薄れている意識の中で彼女は先程の出来事を思い出した。そう…自分は確かファストに抱きかかえられて……!!!!
先程のことを思い返すと、サクラの顔は先程と同じく真っ赤に染まる。しかし、ファストはそんな彼女を見て少し慌てながら彼女の体を揺すった。
「おいおい、起きてまた気絶なんて勘弁してくれよ」
「あわわわわ……」
しかしサクラは彼の声が聴こえているのかどうか、よく分からない状態であった。
先程と同じく目を回し両腕をあたふたと動かしていた。
「はあ…」
これは何を言っても今はダメだろうと思い、しばらくの間、一人で勝手に混乱に陥っている彼女を落ち着くまで放置しておくことにした。ここで無理に声を掛ければ、また倒れられかねない。
街に入ったはいいが、目的のギルドには未だ辿り着けずにいる現状に、ファストは小さく文句が出てしまう。
「これが俺を召喚したマスターか。なんというか…はあ…」
そう言って彼は横目で混乱に陥っているサクラを眺めていた。
この街にあるギルド、中々に大きなその酒場では多くのギルド登録者たちが集まり、わいわいと騒いでいる。そして当然、そこに居る者達は全員が女性であった。
そんな中で十代後半の少女達が集まり、女子トークをテーブルの上で交わしていた。
「あ~~、彼氏欲しい…」
「その言葉、これで何度目?」
「だけど年頃の少女なんだよ、私たちは。少しは華のある話はしたいもんよ」
「この世界、昔とは違い今は男性の数は一割程度なんだよ」
話の中にいる少女の一人がそう言うと、別の子があるギルドについて話す。
「でも噂では男の子が所属しているギルドがあるらしいじゃん」
「あっ、私も聞いたことがある、それ」
少女たちがそんな話を繰り広げている一つ前のテーブルでは、一人の少女が小さく鼻を鳴らした。
「ふん…」
水色のショートヘア―にツリ目をした同じ十代後半の少女。そしてその身には少し露出の高い鎧、いわゆるビキニアーマーを着ており、右肩にはマントを着けている。
「何が男だまったく…」
彼女は椅子の上で腕を組みながら、小さくぼやく。
腕を組む際、彼女の豊満な胸が腕に当たって小さく揺れ動いた。
そして、その数秒後、ギルドの扉が開き二人の人間がやって来た。
「あら…誰か帰って……」
その扉の一番近くのテーブルに居た女性が開いた扉に振り返ると、そこに立っていた人物を見て石造の様に固まった。
「ここが私たちの所属しているギルドだよ」
「へぇ、中々賑わっているな」
そこにはこのギルドに所属している少女、サクラ・フレイヤが立っていた。しかし、それは別に気になりはしない。彼女が固まってしまった理由、それはサクラの隣には・・・・・一人の少年が立っていたのだから。