少女、騙される
「はあ・・・はあ・・・着いた・・・」
村を出てから随分と歩き、くたくたとなったヨミであったが、ようやく依頼を受けた村まで辿り着くことが出来た。
やはり馬車でも使えば良かったかと思ったが、金銭面を考えれば多少疲れてでも自力で歩いて正解だったはずだと思い込ませる。そう考えなければとてもじゃないがやっていけないからだ。
依頼した村に辿り着いたヨミを、この村の村長が出迎えてくれた。見た感じでは六十半ばといった容姿をしている高齢の方だ。
村長は挨拶を終えると、早速この村の現状について話してくれた。
どうやら依頼書に書いてあった様、この村では魔獣が現れるらしい。
ここ最近、村の畑は荒らされ、村の住人にも襲い掛かり怪我をした者もいるらしい。幸い、レベルの低い魔獣であるためこの村の人間でも狩ることが出来るのだが、どうやらこの魔獣達は群れで生活しており、完全に討伐をするために依頼して来たという。
ヨミに課せられた使命は、この魔獣達の完全藩滅。村から魔獣を完全に撃退する事であった。
「(大変そうだけど・・・頑張らないと!)」
村長の話では、魔獣はこの村の奥の森林の一帯に自分たちの根倉を確保しているらしく、主に活動的な時間帯は夕暮れ時らしく、昼間はそこで眠っている。
今の時刻は昼時、魔獣達が眠りについていると言われる時間帯だ。
しかし、ここまで徒歩でやって来たためにヨミはそこそこの空腹に襲われていた。しかし、現在金欠な彼女はむりやりそれを我慢しようと体に鞭を討つ。そんな彼女に対して村の村長は温かな言葉を掛けてくれた。
「お嬢さん、丁度昼時だしまずはご飯でも食べて行きなさい。お腹空いているんだろう?」
「い、いえ大丈・・・」
ヨミが遠慮しようとすると、それを否定するかのように彼女の腹の虫が大きな音で鳴いた。
かあ~っと顔が真っ赤になるヨミ。恥ずかしさの余り俯いてしまうが、そんな彼女に村長は優しく再度昼食に誘ってくれた。
「遠慮しなくていいよ、腹が減っては戦は出来ぬと言うしね」
「じゃ、じゃあ・・・」
村長の言葉にも一理あると思い、素直にご厚意に甘える事にするヨミ。
村長は笑顔で頷くと、自分の家へと案内した。
村長の家に着いたヨミは、彼女から出された昼食をいただいていた。
温かなスープに、村で取れた新鮮な野菜、焼き魚にご飯とどれも絶品であった。しかも、これまで出来る限り最低限の食事しかとっていなかったヨミにとってはいつも以上に豪勢な食事であった。最近ではお金に困り、一日に二食、酷い時にはパン一つで我慢していた日もあった。
「おいしい・・・」
用意された食事を味わいながら食べるヨミ。
そんな彼女に村長はニコニコと笑顔で空になったコップに水を注いでくれた。
「あ、すいません」
「いいんだよ。お代わりもあるからね」
村長のそんな言葉にお腹だけでなく胸も一杯になる。
自分の住んでいる街では、ここまで親切にされた経験は少ない。特にギルド内では今朝の三人組の様に、嫌がらせの様な冷たい言葉を掛けて来る者までいた始末だ。
「(なんだか・・・死んだおばあちゃんそっくりだな・・・)」
現在、ヨミは身寄りのない一人暮らしであった。
母は自分同様にギルドに所属していた。だが、依頼で魔獣に殺られ、それ以降は祖母が自分の面倒を見てくれていた。そんな祖母も二年前にこの世を去った。
だが、どういう訳か父親や祖父に関する記憶は酷く曖昧だ。いや、そもそも自分に居たかすら疑わしいと思っている。とはいえ、男性の記憶が曖昧という事はこの世界では今や当たり前となっているのだが・・・・・・話がそれたが、彼女はつまり二年前から一人で懸命に生き続けて来た。
「ぐす・・・」
優しかった祖母を思い出し、思わず涙ぐむヨミ。
突然涙を流したヨミの姿に村長は心配そうな顔で見る。
「ああ、すいません。死んだおばあちゃんのことを思い出してしまって・・・」
「そうかい・・・すまないね。お嬢さんみたいに若い娘に危険な頼みごとをして」
「いえ、こちらこそすいません。ご飯ご馳走してもらって・・・」
ヨミがそう言うと、村長は手を振って笑ってくれた。
「いいんだよ、これくらい・・・私は一度外で村の連中にお嬢さんのことを話しておくから、しばらくここで待っていておくれ」
「はい・・・ご飯、ありがとうございました」
改めて礼を言うヨミに村長は小さく頷き、家の外へと出て行った・・・。
家の外に出た村長、彼女は扉を閉め、家の方を一度だけ振り返った。
「ゆっくりと味わって食べるといいよ――――これが最後の食事になるかもしれないからねぇ」
そう言った村長の顔は・・・とても醜い物であった。
すると、そこに村の連中が数人集まって来た。
「見てたけどあの子が今度の依頼を受けに来た子、村長さん?」
「ああ、そうだよ」
「頼りなさそうな子ねぇ。また失敗するんじゃないの?」
「その時はその時さ・・・」
村長は下衆な笑顔を浮かべながら、ひょひょひょっと薄気味悪い声で笑う・・・いや、嗤う。
実はこの村、ギルドに手配した依頼内容を偽っているのだ。
現れる魔獣のランクは村人でも倒せるなどど報告しているが、それは全くの嘘。この村の女性達ではとても歯が立たない。先程、ヨミにした説明は真っ赤な嘘なのだ。
実は少し前、ヨミと同じく一人の女性が依頼を受けてこの村に来た経歴がある。
その際、依頼内容はヨミの見た物と同じ、星二つと比較的に簡単なものだとその女性は聞いていた。
だが、それは大きな間違いであった。
女性の前に現れた魔獣達はどう考えても星二つと判断されるレベルではないのだ。
どれだけ低く見積もっても星三つレベルに相当する魔獣達。中でも親玉と思われる魔獣はさらに強さの桁が違っていた。
ギルドの依頼書とは明らかに異なるランクに戸惑いながらも懸命に魔獣を二十匹以上も撃退したその女性だったが、その魔獣の群れの親玉に殺された。
そんな勇敢な彼女のお蔭で魔獣のほとんどが撃退されたが、肝心の親玉、そしてまだ数匹の魔獣はこの村をまだうろついており、再び依頼を出したのだ。
しかし、何故この村は依頼の内容を偽っているのだろうか? その理由は至極単純な物であった。
ランクの高い依頼程、村の支払う依頼料金が増えるからだ。しかし、依頼内容を偽る行為は決して許される物ではない。ギルドの者達は星の数や依頼書の内容を見て自分でもこなせるかどうかを判断する物だ。しかし、依頼書に記載されているランクが実は偽りの物であった場合、低ランク依頼だと思い引き受けた依頼が実は高ランクの物であったため、依頼を引き受けた者の実力が不足して命を落とす事だってある。
しかし、そんな事などこの村の者達にとってはどうでもいい事であった。
出来る限り格安で、最低限の費用で依頼をこなしてもらえればそれに越したことはない、この村に居る者達は全員がそう考えているのだ。
しかもこの村は、自分たちが嘘の依頼書を作成させた事がばれぬ様、別の街のギルド、つまりヨミが所属しているギルドへと依頼を流し移したのだ。そのため、この依頼が報告に聞いている難易度以上の物である事はこの村の住人しか知らない。
「まあ、出来る事ならあの子に残りの魔獣も退治してもらいたいもんだよ。もし前の女みたいに死なれたらまた別のギルドにこの依頼を移さなきゃならないからね」
そう言っている村長の顔は、先程までヨミに見せていた優しさなど一欠けらたりとも感じさせない冷たい物であった。




