少女、理不尽に涙を流す
食堂では、現在この宿屋に住んでいる住人達が共同テーブルついて談笑していた。そこにファストとサクラも到着して席に座る。
二人同時に食堂へとやって来た様子を見てヨウカがからかうような声で二人に言った。
「あら、二人共仲良く一緒に来るなんて~、もしかしてもうそう言う関係なの?」
「ふぇぇ!? そう言う関係!? べ、別に、こ、恋人という訳では!?」
「恋人とは言ってないけど・・・あらあら、もしかして本当にできてるのぉ?」
ヨウカは一瞬驚いた表情をするが、すぐにいつもの大人の余裕を感じさせる表情に戻り小さく笑った。そんな彼女に続き、この中で一番最年少のアクアも驚きの声を上げる。
「おにいちゃんとサクラおねえちゃん付き合っているの!」
「いや、それは――――――」
「いや、俺たちはそう言う関係ではないぞ」
サクラが言い切る前に、ファストは真顔でそう答えた。
確かに、彼の言う通り二人はそう言う関係ではない。故に、ファストの返答が間違っているとは思わない。思わないのだが、そこまであっさりと、それも自分の言葉を遮ってまで否定されるとおもしろくないわけで・・・・・・。
「むう~~~・・・」
小さく頬を膨らませながら可愛らしくむくれてしまうサクラ。
そんな反応を見てファストは――――――
「どうしたサクラ、そんな顔をして?」
などと本当に不思議そうな顔をする始末。
サクラは知らないと言ってそっぽを向いてしまう。
「サクラちゃんも大変ねぇ・・・」
ヨウカが気の毒そうな目でサクラのことを見ながらくすりと笑った。
そんなやり取りに益々不思議そうな表情をするファストであった。
むくれているサクラを不思議に思いながらも、食堂に集まったメンバーは食事をした。そして食事が終わればそれぞれが自分の部屋へと戻って行く中、同じギルドに所属しているヤイバが話があると言ってファストを呼び止めた。
「ファスト、少しいいかしら?」
「ん、どうしたヤイバ?」
「少し相談があってね、サクラも残ってくれるかしら?」
「え、うん・・・」
食堂に残されるファストとサクラの二人。
三人はそれぞれアーシェからお茶を入れてもらうと、ファストはそれを飲みながら呼ばれた理由の説明を求める。
「それで、どうしたんだ? 俺とサクラを呼んで」
「もしかして仕事の話?」
サクラがこの場に呼ばれた自分たちの理由を推測してヤイバに尋ねる。
この場に集められた三人は皆、同じギルドに所属している間柄であるためにすぐにその手の話だと予測が立った。
そして実際その通りの為、ヤイバは頷いた。
「実は今、受けようと思っている依頼があるんだけど二人にも手を貸してほしいのよ」
「どんな依頼なんだ?」
ファストが彼女に依頼の内容を尋ねる。
わざわざ自分たちに手伝ってほしいと言うくらいだ。恐らく難易度もそれなりの物なんだろう。
「私が受けようと思っている依頼は――――――」
今更ながら、ファストが身を置いている場所は『アゲルタム』と呼ばれる名の街だ。そしてその街のギルドに現在は身を置いて働いている。しかし、ギルドがあるのは何もアゲルタムだけではない。他の街にも当然ギルドは存在する。
アゲルタムから離れた一つの街『ロメリア』と呼ばれているその街の方のギルドでは、ファストが加入したギルドの話しでもちきりであった。彼がギルドに加入してからまだ大して日数も経っておらず、それも別の街のギルドの情報がもう伝わっているのだから、この世界の情報の速さには驚くものがある。
「聞いた? アゲルタムの方にあるギルド、男が加入しているんだって」
「マジ? 羨ましいわぁー」
ギルド内に居る者達はそれぞれが仲間内でファストに関する話で盛り上がっている。
そんな中、一人の少女は掲示板の前で仕事を探していた。
「(この仕事は・・・あう、星四つ・・・私じゃとても・・・)」
掲示板に貼られている依頼書を見て仕事を探す少女。水色の髪のショートヘア―に赤い瞳の少女。彼女の名はヨミ・ネオナ。このギルドに所属している十代の少女だ。少し気弱な性格をしているが、心の優しい少女である。だが、このギルドでは肩身が狭い立ち位置に居た。
「ちょっと邪魔よ」
「あ・・・ご、ごめんなさい」
後ろから声を掛けられて振り向くと、三人組の少女が腰に手を当ててヨミの事を睨んでいた。その眼力に圧され、掲示板から横に移動するヨミ。
そんな彼女に少女達は鼻を鳴らす。
「まったく、うじうじうじうじ・・・仕事の一つ位速く選びなさいよね」
「まあまあ・・・」
三人の中のリーダー格の少女が文句を言うと、両隣に居る少女がリーダーのことを諌める。
「しょうがないよ、この子ボッチなんだから」
「そうそう、相手にするだけ損よ」
取り巻きの二人組の失礼な物言いに対して、ヨミは俯いてしまう。心では言い返してやりたいと思っているが、弱気な性格のせいで何も言えず黙り込むしかなかった。
「何よその目は・・・」
「え・・・?」
リーダー格の少女がヨミのことを更に鋭い眼で睨み付ける。
ヨミは別段、何も言い返してはいない。しかし相手はそんな罪も無いヨミに対して言いがかりの様な文句をつけて来た。
「今・・・私のことを睨んだでしょ?」
「え・・・そんな事していな・・・」
「言い訳するんじゃないわよ!」
リーダー格の少女から容赦のない平手打ちが飛んできた。
「あうっ!?」
その場で倒れてしまうヨミ。
その様子を周囲で見ていた他のギルドの者達はその様子を見てひそひそと話している。
「またあの子絡まれているわよ」
「あの叩いた方の子、仕事でミスして報酬が貰えなかったとか・・・」
「八つ当たり? あの子もかわいそうに・・・」
周囲の女性達はヨミに対して同情の目を向ける。
だが、だからと言ってここでヨミを助けてくれる者は居ない。自分にまで火の粉が飛んでくることは勘弁願いたいからだ。
「う・・・ぐす・・・」
理不尽な理由で叩かれ、思わず涙が零れてしまうヨミ。
そんな姿を見て彼女のことを叩いた身勝手な少女は彼女を馬鹿にするように笑った。
「はっ、メソメソ情けないわね」
そう言うと彼女達三人は掲示板の前まで移動して依頼書を眺めはじめる。
「邪魔だから消えてくれない? メソメソ鬱陶しいのよ」
「ぐすっ・・・」
ヨミは零れる涙を拭いながら、その場から立ち去って行く。
後ろからはそんな自分のことをあざ笑う声が聴こえて来る。それを聞こえないふりをし、ヨミは一度ギルドの外へと出て行った。
「・・・・・・」
ギルドの外に出たヨミは、人目の少ない河原へとやって来ていた。あの空気に耐え切れなかった彼女は人が少ない場所に行きたかった。
河原の土手に生えている草の上に座り込み、ため息を吐くヨミ。
どうして自分はこんなに意気地がないのだろう。
そんな事を考えると、いつの間にか目元には涙が溜まっていた。
そう思っているなら何故あのような理不尽な相手に言い返さないんだ。そう頭では考えていても、それを口に出す勇気が彼女には備わっていなかった。
「はあ・・・」
再びため息を吐き、今は水が流れていない河原を眺めるヨミ。
「・・・あれ」
その時、河原の石の中に光る何かを発見した。
立ち上がり、その光る何かに近づいて行くヨミ。
「・・・石?」
そこには、朱く光る宝石の様な石が転がっていた。




