少年、他の少年について考える
「・・・・・・という事が昨日あってな」
「へえ・・・そんな事が・・・」
宿屋ヒール、その中のファストの部屋にはサクラがやって来ており、彼から昨日の少年、サードについての話を聞いていた。昼間に姿が見えなかったファストが何をしていたのかをサクラが気になり彼の部屋までやって来て話を聞いていたのだ。
「この街にまた新しい男の子が来ていたなんて・・・」
「年下だけどな」
そう言いながらファストは昼間に見た光景を思い返していた。
サードの様子を見に行っていたファストは、彼目当てで店の外で並んでいた客達にもみくちゃにされながらもなんとか抜け出し、店の中へと突入する事が出来た。だが、店に入れば入ったで今度は店の中の女性客達に声を掛けられる始末。しかし、外とは違い店の中にはサードが居るため注目は半減でき、どうにか店の奥へと避難することが出来た。
そこからはファストもサードの様子を少しの間見守っていた。昨日の盗難事件とかかわりのある者として、彼が上手くやれているかどうかを直接確かめたかったのだ。
そしてしばらくの間、サードの様子を観察していたが大丈夫そうだと判断できた。
従業員達と共に上手く接客も出来ており、お客達にも好かれているようだ。ただ、好かれ過ぎて何かされないか心配だったが、そこも他の従業員達がちゃんとフォローをしていた。
しかし、様子を見ていて一つ気になる点がファストにはあった。
「あいつ、なんで子供の姿のままなんだ?」
ファストが気になった部分、それはサードが少年の容姿のままで働いている部分であった。
「あいつ、姿を俺と同じくらいの青年姿に変身することが出来るだろうに・・・」
そう、彼はマナを使う事で姿を幼い少年のあの姿から、自分と同年代程度の青年になることが出来るのだ。初めて対峙した時、彼の背丈は自分とほぼほぼ同じであった。
昨日、飲食店で住み込み生活が決定した後、サードは自分の姿が変身できる力を皆に見せてくれた。
少年姿よりも青年姿の方が仕事の効率が上がるのではと店主に助言するファストであったが、その提案に店主は首を横に振った。
「それはダメですよ・・・」
「何故?」
「だって・・・」
店主は目を閉じ、しばらく黙り込んだ後、ゆっくりと目を開けた。その顔は、その目はとても真剣な物であった。
その様子を見て、ファストも何か重要な事があるのかと思い、彼女が口を開くまで彼も黙り込む。
「だって、変身したあの子・・・すごくかっこいいんだから・・・あっまってください」
店主の言葉に彼女から無言で距離を取ったファスト。
慌てて彼のこと引き留めようとする店主。
「あの、ふざけている訳ではなくてですね、私が言うのもアレなんですけどこの街の女性達は少し欲望に忠実な人が多くて・・・あのカッコイイ姿のサードくんを見せるのは危険な気がするんですよね」
「凄い説得力あるな、アンタが言うと・・・」
昨日、変身したサードに我慢できず飛び掛かかり、自分や他の従業員達に取り押さえられた女性がそう言うと絶大な説得力があった・・・・・・。
本当にこの店に彼を置いておいてもいいのだろうか?
「だが・・・何にしてもアイツは上手くやっていけそうだな・・・」
今も懸命に店内で働いているサードの姿を陰で眺めながら、ファストはそっと呟いた。
店主を筆頭に店の者達には愛され、客達からも看板娘、否、看板息子として愛されている姿を見てそう思える。問題があるとすれば、彼に向けられる愛情が少し強すぎて逆にその愛情が暴走しないかどうかといったところだ。昨日の自分の隣に居る店主の様に・・・・・・。
「じゃあこれからもアイツの様子をちょくちょく見に来るよ」
「はい、是非ともいらしてくださいね」
「まあ一応は上手くやっていたよ」
「へえ・・・今度は私も一緒に行ってみようかな・・・」
やはりサクラも希少な男性に僅かながら惹かれているのかもしれない。
ファストとはまた違う年下男子は彼女に興味を抱かせるには十分だったのかもしれない。
「でも、ファストも優しいね」
「え?」
「だってその子のことを心配してわざわざ様子を見に行っていたんでしょ?」
「・・・・・・」
確かにサクラの言う事も訪れた理由の一つではある。
だが、それだけではないのだ。自分があの店へ訪れた理由は・・・。
「個人的に一つ気になる事があってな・・・」
「気になる事?」
「ああ・・・」
サードの話を聞いていて、確信がないが彼の正体について分かった事があった。
「恐らく・・・アイツは俺と同じ存在・・・この世界に送り込まれた卵から産まれた存在ではないかという事だ」
「え・・・じゃあその子、ファストと同じ存在なの?」
「恐らくはな・・・」
「でも、その子には私の様なマスターの存在は居ないんじゃ・・・」
彼らが産まれるには石ころの状態からマナを注がれることで目覚めるという事はサクラもファストから聞いていた。
しかし、彼には自分を目覚めさせたマスターの存在は確認できなかった。いや、それどころかサードは記憶もあやふや、そしてなによりこの世界へやって来た目的すらも理解しているとは思えなかった。しかし、男性の数が減少したこの世界で彼が突然現れたことを考えると、自分と同じくこの世界に送り込まれた存在と言った方がまだ納得できるのだ。
これはあくまで仮設なのだが、彼は自分がサクラからマナを直接吸収して目覚めたわけでなく、彼が目覚めた場所は魔獣がうろついていた場所らしい。そこに少し前まで住み着いていた魔獣達のマナに当てられ、それにより目覚めたのではないかとファストは推測した。そして、通常とは異なる目覚め方をしたため、自分の様にこの世界に来た目的も自分の名前も分からなかったのではないだろうか。ついでにマナを使わなければ子供の姿のままというのも・・・・・・。
「恐らくアイツはそういう経緯で生まれたんじゃないかと思うんだ・・・」
「・・・もしそうならあの子は何も知らずに生まれたことになるんだね・・・」
「ああ、だから・・・アイツはこのまま何も知らずに過ごしておくべきだろう」
ファストの言葉にサクラは少し驚いた表情をした。
「さすがに何も知らない子供を巻き込むのもな・・・」
ファストがそう言うと、サクラは小さく笑った。
彼女が笑みを向けて来た事に疑問を抱くファスト。
「何だ、その顔は・・・」
「いや、やっぱりファストは優しいなって・・・」
サクラの言葉に頭を軽く掻くファスト。
正直、自分のマスターからそんな言葉を目の前で掛けられると少しだが照れてしまう。
しかし、自分が今居る街で自分を含めてすでに二人・・・ファストは知らないが本当は三人いるのだが、そんな事を知らないファストは二人の男がこの街で滞在していると思っている。同じ町に複数の男性が居るのならば、他の場所ではどれくらいの数の男が存在するのだろう。
「(俺やサード以外にも送り込まれた男がまだ大勢いるのならば、他の連中はどうしているんだろうな?)」
そんな事を考えながら、部屋の窓から見える外の景色を眺めるファスト。
外の景色はいつの間にか日が沈んで暗くなり始めていた。
「(いずれ他の同類の存在と出会う事があるかもな・・・)」
出来る事ならばそうなってほしいと願うファスト。
この世界の男性減少の謎をともに解くために・・・そして、出来れば自分に向いている注目を分散したいとも考えているファストであった。
「(そうすれば俺に向けられるこの街の女性達の注目も薄くなってくれるしな・・・)」
そんな事を考えていると、いつの間にか部屋の時計は夕食の時間を指していた。




