少年、看板息子になる
昨日、街で出没する盗人の捕獲依頼を引き受けたファスト。
依頼自体は無事に達成し、報酬を受け取る事も出来た。そんな彼は今日、再び依頼を出していた飲食店へと足を運んでいた。
「さて、どうなっているかな・・・?」
依頼を無事に果たした彼が何故翌日にまた依頼を出した店へと足を運んでいるのか。それには当然ある理由があるのだ。
「アイツは上手くやっているかな・・・」
歩いてからしばらくすると、昨日の依頼をしてきた飲食店の近くまで辿り着いたファスト。
その飲食店の店の前には、大勢の人間で溢れかえっていた。
店の入り口の外では大勢の客による長蛇の列が出来ており、その客達は全員そわそわしながら速く入店出来ないかと待ち焦がれている。
しかし、彼女達がこの店で並んでいる理由は店の食事ではない。いや、何人かは食事目的なのだろうが、一番の理由は店の料理ではなく店の中に居る従業員の一人であった。
「人気者だな・・・」
圧巻の光景に思わずそんな言葉が漏れる。
その時、並んでいる客の中の一人が近くにいるファストの存在に気付いた。
「(ま、まずい)」
この後の展開が予想できたファストはその場から一度離れようとするが時すでに遅し。列の前に居た人間はもうすぐ入店できるためにその場から動こうとはしなかったが、最後尾付近の女性達はファストへと近寄って来た。
「(やっぱりこうなるのか・・・)」
内心でため息を吐くファスト。
それから数十秒後には彼は大勢の女性に囲まれることとなった。
外でファストが女性達に囲まれている頃、店の中では一人の少年が一生懸命に働いていた。その少年は、昨日この飲食店でファストに捕まったサードであった。
何故彼がこの店で働いているのか・・・それは昨日、この店の従業員の一人からある提案が出されたからだ。
「いやー、サードくんが来てくれてお店が繁盛するわね~♪」
そう言ってこの店の店主は、お客からの注文を聞いているサードの姿を見る。
「(それにしても、あの子をこの店で働かせて罪滅ぼしをさせようだなんて・・・ナイス判断!)」
そう、従業員の一人が出した提案。それはサードをこの店で働かせるという物であった。
この提案が出されたとき、店主である彼女や他の従業員達は大賛成した。
聞けば彼は身寄りもなく、行く当てもない。ならばこの店の食料を盗んだ罰としてここで住み込みで働いて罪を返させようと判断したのだ。
しかし、この提案を聞いたとき、ファストだけは唯一不安を感じていた。
何故なら、そのときの店の女性達の眼はなんというか・・・肉食動物の様に思えたのだ。もっと言えば、店で働かせてサードに罪を償わせようとする事が彼女達の本当の目的とも思えなかった。彼女達の罪を償わせる事はあくまで建前、本音はサードを傍に置きたかっただけではないかと思えて仕方なかったのだ。
店の中ではサードは女性客達から声を掛けられ続けていた。
「サードくーん♡ 追加注文でーす♡」
「はーい」
お客に呼ばれて注文を受けに行くサード。
小走りで近づいて来るそんな少年の姿に女性客達の胸がきゅんきゅんとした。
「サードくん、こっちも注文するから聞きに来て~♡」
「私も注文追加するわ~! だからこっちに来てー!!」
彼がやって来てまだ一日しかたっていないにもかかわらず、すぐに情報は広まりこの店は女性客で埋まった。貴重な男性が働いている、その情報を確かめるために大勢の女性はこの店へと足を延ばしたのだ。しかも、いつの間にか彼は一般客からも名前で呼ばれている。
ちなみに、彼の名は彼の記憶にあったサードという事で決定となっている。さすがに名無しの子と呼ぶわけにはいかず、何より名前がなければ不便なため。本人も自分の記憶にあった名前という事もあったため、この名で呼ばれることを了承した。
「これは売上も今までにない程凄い物になりそうね・・・」
従業員の一人がそう呟く。
彼女の言う通り店の中は満員であり、そして店の外にも大勢のお客が並んでいる。
例え目的がこの店の料理でなくても、飲食店にわざわざ来た以上は料理を注文しなければならない。しかも、目的の男の子が注文を受け取りに近くまで来てくれるなら尚更だ。
だが、逆に言えばサード以外の女性従業員が注文を受け取りに行くと――――――
「お客様、ご注文は・・・」
「はあ~・・・」
このようにあからさまにガッカリしたため息を吐かれることになる。
この反応を見るだけで、やはり今来ている客の大半はサード目当てで来ているのだろう。
「ご注文の料理、お持ちしました」
サードが注文を受けた料理を席に持っていくと、女性客はお礼を言いながらサードの頭を撫でる。
「ありがと~♡」
「・・・・・・」
女性に頭を撫でられ少し恥ずかしがるサード。
そんな初々しい反応に女性達の胸がときめく。それだけならばまだいいのだが、中にはそんな彼に過度なスキンシップを取ろうとする客もやはりいて・・・・・・。
「ほっぺぷにぷに~」
「すべすべ~」
「ちょ、ちょっと・・・」
ペタペタと顔を触られ少し戸惑うサード。
しかし、そんな場合はすぐに他の従業員が助けに入ってくれる。
「お客様、さすがにそこまでのおさわりは禁止されております」
そう言って止めに入る仲間の従業員。
ちなみに、このように止めに入る従業員の眼は全くと言っていいほど笑っていない。まるでわが子を守る母親の様にそれ以上はやらせはしないと目で訴えて来る。
その迫力にはさすがに客達も押され、それ以上はサードにちょっかいを出さなくなる。
「ご、ごめんなさい・・・」
余りの迫力に思わず客であるにもかかわらず無意識に謝罪をしてしまうほどに・・・・・・。
そんな従業員の態度を見ている店主は思わず心の中でため息を吐く。
「(まったく、お客様にあんな顔をするなんて・・・)」
しかし、心ではそう思っていながら、彼女はそれを口に出して咎める事はない。
何故なら――――――
「(まあでも、サードくんに手を出す卑しい相手には必要な脅しよね!)」
などと彼女も考えているからだ。しかも脅しと言っているし・・・・・・。
結局、お客達同様、この店の店主も従業員達も彼に夢中になっているという事だ。
ちなみに、彼がこの店で住み込みで働くこととなったその日の夜、この店の店主である彼女や、夜遅くまで残っていた従業員達はサードに少し過剰なスキンシップを行っていた。そんな彼女達に対して顔を赤らめるサードの姿に興奮のあまり倒れてしまう者も居た位だ。
・・・・・・客に対してはサードに触る事を許さないにもかかわらず、この店の者は彼と触れ合っていたこの現状・・・これは職権乱用ではないのだろうか?
もちろん、彼が本気で嫌がるラインは彼女達もわきまえているようで今のところはサードとこの店の者達とは問題は起きていない。いないのだが・・・・・・。
「(一生懸命に働くサードくん・・・健気でいいわね!!)」
店主や従業員達がそんな事を考えているため、この先も彼の身に何も起こらないとは言い難いのだが・・・・・・。
周囲からそんな熱視線を向けられながら、サードは働き続けるのであった・・・・・・。




