少年、語り続ける
少年の名前はサード。しかし、これが彼の本当の名前かどうかは彼自身にも解からない事であった。なぜならば、彼は気が付いたとき、ソコに居た・・・・・。
「・・・・・んう」
まどろみの中から目が覚める少年。
「・・・・・あれ?」
少年が目を覚ますと、自分は見知らぬ場所に立っていた。右を見ても左を見ても周囲には木々が並んだ道が続いている。
しかも、それだけではなかった。彼はそもそも自分が何者なのかすら把握できていなかった。
「えっと・・・?」
自分はなぜこんな場所に居るのか?
いや、そもそも自分は何者なのか?
気が付けばここに存在しており、それ以前の記憶が一切存在しない。頭の中にはサード、という言葉が微かに脳裏にこべりついていた。
だが、その言葉が頭にあるからといって状況が好転する訳でもない。以前と自分が何者なのかもわからない状況であった。
「・・・・・」
少年は近くの木に背を預けて座り込み、途方に暮れてしまう。
そこへ――――――
「それでね~・・・」
「うそ、ほんとう~?」
二人の女性が会話をしながら歩いてやって来た。二人共、帽子をかぶっていて日差しを遮断している。
女性たちは会話をしながら一瞬だけ少年、サードのことを見てそのまま通り過ぎて行こうとしたが、すぐに立ち止まり二人の女性は勢いよく振り返りサードを見た。
「え・・・」
「ちょっ・・・うそ・・・」
女性たちの声は小さく、サードの耳には届いてはいなかった。彼は現在、自分の置かれている状況の中で混迷しており、他に意識を傾ける余裕など皆無であった。故に、自分のことを見て立ち止まりひそひそと話し合っている女性たちに気付いてすらいなかった。
「ねえ、キミ・・・」
「え・・・?」
頭を上げるサード。そこに居たのは二人組の若い女性であった。
サードが反応すると、他の二人は彼の反応に少し興奮を表しているように思える。
「なに?」
そんな彼女たちに不審な目を向けるサード。
「キミ・・・男の子だよね?」
「そうだけど・・・」
一目見れば分かるだろうとおもわず思ってしまうサードであったが、この世界の男女比率の異常性を彼は知らないため、自分がどれだけ貴重で希少な価値ある存在かを理解できていない。この状況は、無垢な彼にとっては少し危険ともいえる状況であった。
「キミ、ここで何をしているのかなぁ?」
少し息が荒い彼女たちを少し不気味に思いながらも、彼は自分の身に起こっている現状を彼女たちに話す事とした。自分は今、右も左も判らないどころか、自分の存在すらもあやふやな物なのだ。
心細さを少しでも紛らわしたいが故、彼は少し怪しげな雰囲気を感じ取りながらも彼女たちに経緯を説明した。
「そうなの・・・それは大変ね」
女性の一人が同情の言葉を向け、悲しそうな表情をする。隣に居る女性も同じような表情をしている。
「ねえキミ、とりあえず家来ない?」
「え・・・」
女性の言葉にサードは少し驚く。
「行く当てがないんでしょ? だったら一先ず落ち着ける場所に移動した方がいいよ」
「でも・・・」
サードは女性の提案に悩んでしまう。
そこへ追撃を加えるよう、女性達はこの辺りの治安の悪さを説明してきた。
「この辺りって少し前までは凄く危ない場所だったんだよ?」
「危ない場所?」
サードが首を傾げると、もう一人の女性も説明を加える。
「そうそう、こわ~い魔獣が少し前までうろついていてね、今は依頼を受けたギルドが解決したけどまだまだ安心できないよぉ、がおー!」
両手をワキワキと動かしながら威嚇してくる。
サードはその話を聴いて少し不安が胸に募って行っている。猛獣もそうなのだが、行く当てもなく、自分が何者なのかも定かではないこの状況で一人で居続ける事が怖く感じたのだ。
「ね? おねえさんたちと一緒にいこ?」
「・・・・・」
「ほら」
女性達はそれぞれサードの手を引いてその場から立ち上がらせる。
サードもその気になれば抵抗できるが、今は一人が恋しいのか、彼女たちの手を振りほどくこともせず、そのまま黙ってついて行った。
「あっ、これ被ってね~」
「・・・・・」
女性の一人が自分の帽子をサードに被せた。
「(男の子が堂々と歩いていたら目立つからねぇ)」
少しでもカモフラージュしようと彼に自分の帽子をかぶせる女性。
こうしてサードは彼女たちの住み家へと連れていかれたのであった・・・・・。
「それから、俺は・・・・・」
それまで詰まることなく話をしていたサードであったが、ここで彼の口が一度止まった。
「・・・・・それから?」
自分が目覚めた時の話をファストや店の者達へと語っていたサード。しかし、途中で彼は口を閉ざして話を中断してしまう。
サードの話をしばらく黙って聴いていたファストだが、ここまで滞りなく話をしていたサードが口を閉ざしたため、続きを促すように声を掛けるファスト。
この時、少年の顔はとても苦い物であり、思い出す事、それを語る事を拒否している様に見えた。いや・・・様にというか、まさにその通りであるだろう。
「何か・・・いえない事情でもあるのか?」
ファストがそう聞くと、サードはほんの僅かの間黙り続けるが、約十秒後に口を再び開き、話を再開した。
「俺は・・・・・――――――」
女性たちに少し強引ながらも誘われ、サードは彼女たちの家へと連れられた。
彼女たちに手を引かれ、家の中へと入って行くサード。そのまま広々とした居間の方まで連れていかれ、その部屋に置いてあるテーブルの前に座り込む。
「はい、のどか湧いたでしょう? どーぞ♪」
この家の家主である女性の一人がオレンジジュースをサードへと手渡した。
「・・・・・」
少し戸惑いながらも、彼はそのジュースを口の中に含み、そして飲み込んだ。
オレンジジュースが喉を滑って行き、胃袋へと収まって行く。
「おいしい?」
ニコニコと笑いながら彼女たちはサードに味の方を聞く。
「うん・・・」
甘酸っぱい味が舌を刺激し、とても美味である。
そのまま飲み進めていくサードであったが、この時、彼は余り飲み物の味を味わうことが出来なかった。 というのも、自分が飲んでいる最中、彼女たちはずっと自分を見ているのだ。
「・・・・・」
飲みづらく思いながらも、コップの中の液体を減らしていくサードであったが・・・・・。
「・・・・・?」
突然、瞼が重くなり始めるサード。
「あえ・・・? なんらぁ?」
頭がフラフラし、呂律がうまく回ってくれない。そこに加えて、強烈な眠気が突如として襲い掛かって来る。
「(寝む・・・い・・・)」
襲い掛かって来る睡魔になんとか抗おうとするサード。
「ふふ・・・・」
そんな自分の姿を見ていた彼女たちが突然笑い始める。
「・・・・・!」
不意に笑い始めた彼女たちを不思議に思い二人の顔を見るサード。
そして、彼女たちの表情を見てサードは思わず息を吞んでしまった。
「「ふふふ・・・・・」」
今まで向けていた笑みとは明らかに質の違う、とても醜悪な笑みを彼女たちはしていたのだ。
その顔を目にしてすぐ、サードの意識は闇の中へと沈んで行った・・・・・。




