少女、マスターと呼ばれ混乱する
「う、うそでしょ……」
サクラは唇を震わせ、目の前にいる存在を見つめる。
そこに居たのは、青い髪に、それと同じく青色を強調した軍服を模したような服装をし、一本の刀を持っている一人の少年が立っていた。そう、少年が立っていたのだ……。
「お、男の…ひ…と……?」
サクラは目をごしごしと擦り、もう一度、目の前で立っている存在を再確認する。
しかし、そこにはやはり少年が、希少な男性が立っている。
「本物だ…本物の男の子だ……」
サクラが戸惑っていると、少年に魔獣達が一斉に襲い掛かって来た。
「っ!? 危ない、逃げて!!!」
サクラは槍を形成し、魔獣に投擲しようとするが、魔獣が喰らいつこうとするその刹那、少年の体がブレル。
そしていつの間にか少年は魔獣の背後へと移動していた。
それと同時に、親玉の魔獣の首が地面へと落ち、そして転がった。
「速い!!」
サクラが彼のスピードに驚いていると、少年は残りの三体の魔獣へと駆ける。そして彼の姿が再びブレ、一瞬で残り三体の魔獣の首元を刈った。
「(つ、強い……)」
少年は全ての魔獣を刈り終えると、刀についている血を落としサクラへと近づいて来た。
「(えっ、こ、こっち来てるぅぅぅ!?)」
国宝として扱われる男性が自分なんかに迫っている事に、内心で慌てふためくサクラ。
そして、サクラの前で立ち止まると、少年はその場で彼女に対して片膝を付いた。
「マスター、怪我はないか?」
「うぇぇぇぇぇぇ!?」
男性が女性に膝を付く。そのような事、希少な男性が自分にしている事が信じられず、その場でサクラは目を回した。しかしすぐに我に返り、サクラは少年に膝を付いているこの状態を止めようとする。
「あああああ、あの、お、男の人がそんな恐れ多い事を私なんかに!?」
「ん? ああ、そういえばこの世界はそうだったな…」
そう言って彼は立ち上がり、サクラに自己紹介を始める。
「俺の名はファストだ。よろしく頼む、マスター」
「マ、マスター!?」
マスター…つまりは主人。
男の人が自分を主人として見ている。その事実に彼女の混乱はさらに激しさを増した。
「ちょちょちょッ! ちょっと待ってください!! あ、あのぉ、私、何が何だか!?」
「そうだな…まずは話しておく必要があるな」
そう言うとファストは混乱気味の少女に自分の素性について語り始めた。
「えっと…つまりあなたは神の手によってこの世界に召喚された存在だと…」
「ああ、この世界には複数の卵、つまり俺達を封じ込めたあの石が落とされたんだ。そしてその使命はこの世界の男性の減少の真実を解き明かす事」
「真実って…この世界から男の人が減ったのには理由があるんですか?」
サクラがそう聞くと、ファストは頷き肯定する。
「ああ、もしもこれが自然現象であれば俺の様な存在は介入しない。しかし、何者かに引き起こされた現象ならば少し調査するべきと判断して俺達が送り込まれた。余りにも不可思議な、それも人為的に起こされたであろう事象なら、直接は無理だが俺の様な使いを産み出し送り込めるんだ」
「な、なんだかスケールの大きな話ですね……」
「まあな。もっとも、これが人為的に起こされたとは断言できないんだが……」
そしてサクラはもっとも気になっている事をファストに質問する。
「あの、それで…どうして私がマスターなんですか?」
「ああ、俺達が卵…つまりはあの石から目覚めるには一定量の力、この世界ではマナ…だったか? それを注がれることで目覚める様に創られたんだ。俺はお前のマナをきっかけに目覚めることが出来たからな、だからマスター…という事だ」
「そ、そんな、マスターだなんて恐れ多すぎます!!」
サクラがそう言うと、ファストは困った様に頭を掻く。
「とりあえず、名前を教えてくれないか?」
「あっ、すいません! わ、私はサクラ・フレイヤっていいましゅ!」
言葉の最後を噛みながら慌てて自己紹介をするサクラ。
そんな彼女に小さく笑みを浮かべ、ファストは彼女の名前を呼ぶ。
「そうか、よろしくなサクラ」
「(はうっ!?)」
内心で思わず声を上げるサクラ。
男性、それも自分と歳も変わらない少年に名前を呼ばれ、彼女の顔は赤く染まる。
「ん、どうした…熱でもあるか?」
そう言ってファストは自分の額をサクラの額に付けて熱を確かめる。
「~~~~!?」
それによって、サクラは顔を真っ赤にしてその場で倒れてしまった。
「う…ん……」
「おっ、起きたな」
「………はっ!」
意識が回復した彼女の隣には、ファストが座ってサクラの事を見守っていた。
その事実に頬を染めながら、すぐさま彼女はファストに謝る。
「ご、ごめんなさい! 見苦しいところを見せてしまって!!」
「別に謝る必要は…まあ少し驚きはしたが」
そう言うとファストは今後についての話を始める。
「それでマスター、とりあえず今後はこの世界の調査をしていきたいが、しかしその前に生きていくうえで仕事に就きたい。マスターは今どうやって生活費を稼いでいるんだ?」
「え、私はギルドで依頼を受けて……」
「そうか、なら俺も一先ずはそうするか」
「え、でもこの世界は男の人なら無理に働かなくても国から援助だって…」
サクラがそう言うと、ファストは首を横に振った。
「そんな府抜けた生き方はごめんだ。それに、ギルドに所属すれば生活費も稼げ、尚且つ男性減少についての情報も得られるかもしれないからな。それとも、ここは男は職にはついてはいけないのか?」
「い、いえ、本人が望むのであれば可能です…」
「なら決まりだ」
そう言うと、ファストはにっと笑みを浮かべる。
「(うっ…ま、まぶしい!)」
彼が自分に向けた笑顔にサクラの胸はドキドキと鼓動音を高める。
それと同時に、顔の熱も上昇していく。
「それでマスター……」
「あ、あの、マスターって呼び方は、その…」
「そうか…この男の数が少ない世界では男が傅くのはおかしいという事か…なら、サクラと名前で呼び続けてもいいか?」
「は、はい! もちろんでしゅ!!」
名前を呼ばれ、再び緊張の余り言葉を噛んでしまうサクラ。
そんな彼女にファストは緊張しすぎだと苦笑をする。
その後、二人はその夜はこの森林で野宿をして過ごしたのだが、自分の隣で男性が眠っているという事実にサクラは緊張の余り中々眠ることが出来なかった。
「(お、男の人が…わ、私の隣で…!!)」
ちらりと横を見ると、整った顔をした少年、ファストが寝息を立てて眠っている。
「うぅぅ~~~……」
サクラはそんな彼の寝顔を見てさらに目が冴えてしまい、結局この夜は一睡もできなかったのであった。
そして翌日の朝、ファストが大きな欠伸をしながら目を覚ますと、すでにサクラが目覚めていた。
「あっ、おはようございます…」
「ああ、おはよ……どうした、隈が酷いぞ」
サクラの目の下にはうっすらと隈が出来ていた。それもそうだろう、一睡もできなかったのだから。
「眠れなかったのか? 目の下に少し隈が……」
「気にしないでも大丈夫です」
「そ、そうか…じゃあ今日はギルドへと案内を頼めるか?」
「はい、もちろんです」
そう返事をするサクラであったが、この時彼女には一つの不安があった。
「(ファストさんがギルドに…と言うより人前に出たら大騒ぎにならないかな……いや絶対になるよね……)」
そんな一抹の不安を感じながらも、二人はギルドへと向かい歩き始めたのであった………。