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女性の数が9割以上の世界に俺は降り立ち、イロイロと苦労する  作者: 銀色の侍
第十二章 クリスタル王国からの使者
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少年、看板息子の様子を見に出かける


 ブレーからの衝撃的な行為からその翌日、ファストは一人でギルドの掲示板を眺めて仕事を厳選している所であった。普段とは違い、彼の隣にはいつものメンバーは誰も存在しなかった。

 いつも一緒に仕事をしているサクラ達はそれぞれが別の依頼を引き受けて依頼場所へと出発しており、今はこのアゲルタムの町には居ないのだ。それぞれが長期間にわたる任務でしばしの間1人なのだが、今回はファストにとってはその方が良かったかもしれない。


 ――まさか昨日、ブレーがあのような行為に出るとは思わなかった。


 掲示板に貼られている依頼書を眺めながら昨日のブレーとの接吻を思い出してしまい、少し恥ずかしさで顔を若干だが赤く染める。

 大胆な行動力と行為をこれまでも近くでとってきたブレーの姿は何度か見ていたがまさか唇を奪われるとは思いもしなかった。


 ファストの観点からすれば男が女の唇を奪う方がよくあるとは思うが、この世界の男女比率から考えれば女が男の唇を奪う方が一般的なのかもしれない。

 

 兎にも角にもあのような事があった後なので、何となくブレーとは直接顔を合わせづらかった自分としては、今は一人の方が自分のとっては気持ちを落ち着かせる余裕が出来て都合がよかった。

 そんな事を考えながら掲示板に張り付けられている依頼書の1つを手に取り内容を確認する。


 「この依頼はどうかな…。いや、だがもう少し難易度の高い依頼は……ん?」


 掲示板に注目していたファストであるが背後からいくつもの視線を感じて首だけ振り返ってギルド内を見渡す。

 ファストが振り返ると彼と視線の合った女性たちの眼が一斉に鋭く光り輝きだす。

 

 ――じ~~~~~~~っ………


 いつもはブレーと言うこのギルド屈指の実力者が睨みを利かせているため近づけない彼女達であるが、今日はその睨みを利かせる彼女が居ないため皆が彼と距離を近づけたいと思っているのだ。だが、このギルドに居る大半の女性が同じ考えのため互いに牽制してファストに声をかけるタイミングを窺っているのだ。


 「(う~む、少し居づらいな。これ以上ギルドに留まっていると面倒ごとに巻き込まれそうだ)」


 この町に来たばかりのころとは違い今のファストにはそれなりの蓄えもあり、すぐにでも生活費を稼がなくてはならないほど切羽詰まっているわけでもないので、今回はもみくちゃにされる前にギルドを出ることにするファスト。

 速足気味で彼が外に出るとギルドの中からは残念そうな女性達の声が聞こえてくる。その声を聞いてやはりすぐにギルドを出て正解だったと思った。


 声をかけられる前にギルドを出た事にホッとするも、やはり男性希少なこの世界ではファストは目立つため外に出ても視線は決して途切れない。歩いているとやはりこの町の女性の視線を嫌でも感じてしまう。

 この町に来たばかりの頃に比べればマシなのかもしれないが、それでも未だに男性たる自分は注目を浴びてしまう事に疲れてしまう。


 「……あいつは大丈夫かな?」


 周囲から向けられる視線を煩わしく思っているとふと一人の少年の事を考えだすファスト。注目を浴びる男性はこの町には自分の他のもう一人存在する。とある飲食店で働いている自分よりも幼い少年の事が頭に浮かび上がる。


 「久しぶりに様子でも見に行くか」


 そう言うとファストは数少ない同性が働いている飲食店へと足を運んで行った。




 ◆◆◆

 


 

 ギルドを出てからしばし歩くと目的の飲食店、安腹亭へとたどり着いたファストは店の入り口付近の様子を見て思わずため息を漏らしてしまう。


 「また随分と並んでいるな。店の中に入るのに苦労しそうだな」


 ファストの視線の先には安腹亭の入り口前で数人の女性が並んで順番を待っていた。

 まだ昼にもなっていない早い時間帯から店前でお客が並んでいる事を考えるとかなりあの飲食店が人気を持っていることが容易に想像できるが、並んでいる客も店内に居る客も恐らく一番の目当てはこの店の料理ではないだろう。

 いや、勿論この店の料理はファストも食べたことがあるので、料理のクオリティはとても高く純粋に料理を楽しもうと言う理由もあるのだろうが一番はソコではない。


 昼前から入り口で客が待つほどの一番の理由は間違いなくこの店で働いている〝看板息子〟にあるのだろう。


 ここで安腹亭の前で並べばあそこで先に並んでいる女性客達と面倒になりそうなので遠巻きに店の様子を窺うファスト。



 ◆◆◆



 まだ昼食には早い時間帯であるにもかかわらず安腹亭の店の中はお客でいっぱいであった。全ての席にはお客が座っており、そのほとんどのお客が何度もこの店で食事をしに来ているリピーターである。

 そんなリピータの女性客たちは厨房を何度も往復して料理を運んできて来る一人の少年に目を奪われていた。


 「こちらご注文の当店限定〝死屍累々激辛カレーライス〟です。できたばかりでお熱く、そして何より通常のカレーに使っている香辛料とは異なりこちらには〝ゲキトウガラシ〟が使われていますので食べきれないと判断した場合はご無理をせずに」


 すさまじい熱気と赤々としたカレールーのかかった危険そうな料理を注文したお客の前に料理を置いて頭を下げる少年。

 彼の幼さとは異なる少し大人びたその仕草に料理を受け取った客も、そして彼を見ている周囲の女性達も見とれてしまう。


 そんな一挙一動でお客たちを魅了する少年、この店の看板息子と呼ばれているサードは再び厨房へと戻り他のお客の料理を取りに行く。

 

 「ああ、行っちゃった」


 「よーし、もうお腹一杯だけどデザートならまだ入る。もう一度注文して接客してもらうわ!」


 もうすでに満腹なお客が大勢なのだが、料理を注文して彼と少しでも長く接したいがために無理に注文を取ろうとする女性客達。


 完全に空腹を満たす為でなくサードとの触れ合いが目当てである事が目に見えている客達を見て、店内で同じく料理を運んでいるレンゲは呆れ果てる。


 「やれやれ、本当に毎日毎日ご苦労様なことで……」


 この店の看板息子に会いたいがために大勢のリピーターがやって来てはああして欲望をむき出しにした会話を繰り広げている。正直この店で働いている身としてはこの類の会話は聞いていて頭が痛くなる事が多い。


 それに、こういった客達のせいで少しこの店の空気も悪くなるのだ。


 「あっ、サードくぅーん。お冷のお代りちょうだぁい♡」


 レンゲが声の方向に目を向けると、空のコップをかざして離れているサードに大きな猫なで声を出して水のお代りを要求している女性が居た。

 すぐそばに他の店員が居るにも関わらず一番距離が離れているサードに水のお代りを頼んでおり、浅ましい目的が目に見えてわかる。


 「(まったく、もうお腹一杯なら早く帰ればいいのに。水をお代りしてでも長居したいのかなぁ)」


 客商売であるがために口には出さず、あくまで心の中で悪態を吐くレンゲ。

 あのようにもう用もないのにダラダラと店に残られ続ける事は正直迷惑でしかない。何より皆がサードに接客を求めているので彼の苦労はこの店でもしかしたら一番かもしれない。


 ――しかし、こういったしつこい客に対してはこの店の従業員達は黙ってはいない。


 「おーいサードくぅ…え、なに?」


 お冷のお代りを大声で頼んでいた女性客の席に気が付けば数名の同僚たちが目の前の立っており、皆が一様に険しい表情で立っていた。

 とてつもない迫力にたじろいでいる女性に対し、従業員の1人が話しかける。


 「お客様、申し訳ありませんがまだ並んでいるお客様の方々がおりますので用が無いのであれば退店していただけないでしょうか」


 「なっ、今お代りを頼んでいたでしょう。用が無いわけじゃないわ」


 「見ていた所ですとこれでお客様のお冷のお代り回数は6回目となります。それに近くに私たちが居るにもかかわらず必ずサード君に頼んでいるようですが?」


 「うう…分かったわよ。お会計お願いします…」


 反論をしようとしていた女性客であるが、複数の従業員からの圧力に気おされ諦めて会計を済ませようと席を立つ。

 

 料理を運びながらその様子を見ていたレンゲはまたしても心の内でため息をついた。


 「(また…客も客だけどみんなの態度も露骨なんだよなぁ。サード君が来てから客に対してもああいう威圧的な対応する事が増えたよねぇ…はぁ…)」


 レンゲとは違い、他の皆はサードを守るためにお客相手でもあのように遠慮なく威圧感を与えており、その度に店内の空気が重くなる。


 複数人からの攻撃的な視線を浴びせられ会計を済ませる女性客。

 普通このような態度を取られればもうこの店には足を踏み入れなくなるものなのだが、会計をしながら悪態をつき店を出ようとする女性にサードが営業スマイルで見送りの言葉を投げかける。

 

 「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


 ハキハキとした口調とまぶしい笑顔で出迎えをするサードに今まで膨れていた女性の顔はほころび、だらしなく口角の上がった上機嫌な表情で手を振って答える。


 「はぁ~い。また今度食べに来るわねぇ~♡」


 このように他の従業員から厳しい目で見られ威圧され不機嫌になろうと、彼の笑顔ひとつで機嫌は良くなり結果また来店して同じような展開に陥る。それは今退店して行った女性だけでなく、この店に訪れる半分以上の女性達に当てはまる。


 「毎日毎日いたちごっこもいいところだよ」


 そう言いながら食べ終えたお客様の皿を回収するレンゲ。

 しかし大勢の女性にちょっかいをかけられ続けサードも随分と精神的にたくましくなったようで、今では色目を使ってくる女性達に対してそつなく対応している。


 ――ファストさんに時たまに鍛えられるようになってからなんか逞しくなっちゃったなー……。


 かつての初々しいサードが近頃薄れた事を少し残念に思い、そんな一抹の寂しさを感じていると店の入り口が突然騒がしくなり思わず目を向ける。


 「やれやれ、少しどいてくれないか?」


 そこにはこの町で数少ないサードと同じ男性であるファストが取り囲む女性に困りながら立っていた。




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