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女性の数が9割以上の世界に俺は降り立ち、イロイロと苦労する  作者: 銀色の侍
第十二章 クリスタル王国からの使者
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少女、少年との距離を縮める


 アゲルタムの町から離れた人気のない訓練場。

 周囲が岩場で囲まれ魔法の訓練などでよく利用されているこの場所、そこでは二人の男女がぶつかり合っていた。


 その片割れ、女性騎士は大きな大剣を掲げながら対戦相手である少年へと突っ込んでいく。


 「ずああああああああああッ!!」


 とてつもない大きな怒号、というよりももはや咆哮と言った方がいいだろうか。その声は戦っている眼前の少年の鼓膜を震わせ、さらには少女の放つ鬼気迫るほどの気迫から発せられる闘気はこの戦いを見物しているギャラリーにまでプレッシャーを感じさせていた。


 遠巻きに試合を観戦しているサクラが二人の勝負を観戦しながらひとり呟く。


 「ブ、ブレーさん気合入っているなぁ…」


 まるで正真正銘、敵を目の前にしたかのような果敢極まる様子に少し怖さすら感じるサクラ。

 同じく隣で座りやすそうな岩を椅子にて共に勝負を見守っているクルスも少しブレーの迫力に押されているようでいつもより表情に戸惑いが表されている。


 「(突然ブレーさんがファストに勝負を挑んだ時は違和感を感じてはいたけど…いざ勝負に入るとその違和感が明白と言うか顕著に表れだしている気が……)」


 ブレーが自分の腕前を見てもらうべくファストに勝負を挑むことはこれまでにも何度もあった。だが、ソレはあくまで自分の腕前を見てもらう一種の訓練の域での戦いなのだ。しかし今、眼前で繰り広げられている勝負はいつもの戦いとはどこか異なる。


 上手くは表現できないのだが、まるで子供の憂さ晴らしのような感じがするとでも言えばいいのだろうか? 自分よりも戦いの中を生き抜いてきたブレーに対しこの評価の仕方は少し不敬であるかもしれないが……。


 サクラがひとりそう考えていると一際激しい金属音が轟いてきた。

 目線を音源の方へと向けるとファストとブレーが互いの獲物をぶつけ合って静止していた。いや、正確に言えば静止ではなく僅かだが両者の腕が震え、鍔競り合いをしており、互いの獲物が中央でブルブルと震えている。

 

 「ぐ…ぐぐ…ぐぅ!」


 「……」


 両者が自分の持つ武器を強引に力で押し続けているがこの拮抗状態はけして対等ではなかった。その理由は二人の表情の違いを見れば明白である。ブレーは歯を食いしばり額から一筋の汗を流し全力を注いでいる事が一目見てわかる形相であるが、対してファストは余裕とまではいかずとも明らかに余力を感じさせる表情なのだ。

 鍔競り合いと共に火花が散り、ギギギッと言う聴覚に嫌な残響音が周囲に響く。


 「一段とやるようになったなブレー。以前よりもさらに腕力が強くなった事を感じるぞ」


 「ふん、お前に褒めてもらえるのは嬉しいが涼しい顔をしておいて言う事じゃないな…!」

 

 相手が自分の好いている者であるからこそ成長を指摘されれば嬉しくもあるが、コレがもし大して仲が良くない者に言われれば嫌みの様でカチンとくるだろう。


 そのまましばしの間、二人の鍔競り合いの状態が続いていたがここで状況が変わってくる。

 余裕のあるファストは刀に伝える力をさらに増大し、今の鍔競り合いで全力を籠めていたブレーが一歩、また一歩と後退を余儀なくされる。


 「(ぐ…ぐぐ…私も膂力には自信があるが手合わせのたびに思い知らされる! コイツ、どういう筋肉をしているんだと…!!)」


 見た感じでは別段筋肉隆々という風体ではないのだが、目の前の少年の力の底が未だブレーには見えなかった。彼と出会ってから共に修行をこなし、サクラ達と切磋琢磨し自分が強くなれた実感はあるが未だ目標としているファストの背を掴めない。


 ――だがたとえ未だ彼の背はつかめずとも、過去の自分より今の自分が成長していることは確かだ。


 「ぐぐぐっ、ハアッ!!」


 「ぬぐっ!?」


 押し込まれつつあったブレーであるが、彼女は大剣にマナで変換した雷を流しファストの身体に電気を巡らせる。

 流石に体に雷を当てられればファストも今までの様な涼しい顔を維持はできずに僅かに表情が歪んだ。


 ――そう、僅かに苦しませる事しか出来ない。


 「(やはりこの程度では一瞬ひるませるしか効果はないか。しかし、その一瞬の隙が命取り!!)」


 自身の魔法では大した効果を与えることが出来ない事は自覚していたブレーは、魔法で倒すのではなく、魔法で一瞬の隙を作る事をはじめから前提に考えており自分の雷が大して効かない事にショックは受けず、隙が出来た一瞬を狙いファストの腹部に蹴りを入れる。


 「いまだぁッ!! スキありだぞファストッ!!」


 「ぐおっ!」


 マナで強化したブレーの蹴りがファストの腹部を打ち抜いた。


 その鈍く、そしてとても人体を叩いたと思えない打撃音は観戦しているサクラたちの耳にも響き思わず耳をふさぐ二人。


 ブレーの蹴りを受けたファストは僅かに空気を吐き出しながら後方へと弾き飛ばされてしまう。


 「はあああああッ!!!」


 怒号と共に追撃の一手をかけるブレー。

 弾き飛ばされたファストは体制を整え地面を強く蹴って勢いを殺し踏み止まる。

 勢いを殺してすぐに前を見るとすでに雷を大剣に纏わせたブレーが眼前で剣を掲げ今にも振り下ろそうとしていた。


 「もらったぞッ!!」


 頭上に掲げている獲物を何の躊躇いもなくファストの脳天目掛けて振り下ろすブレー。仮にも敵同士の戦闘ではなく手合わせであるにも関わらず容赦のない攻撃ではあるが、雷を纏いし凶器を振り下ろされているファストを見ても観戦しているサクラとクルスは特に焦りはしない。それは剣を振り下ろしているブレーも同様だ。


 ――この程度でファストがやられるわけがない。


 実際に手合わせをしているブレーも、そして観戦しているサクラとクルスも全員が満場一致で内心そう思っている。

 自分たちとは桁が外れているその力を目の当たりにしているブレーはだからこそ手合わせでも全力で剣を振るう。


 「さあどうするファスト!! このまま潰されるか!!」


 大剣を振り下ろしながらブレーはそう言いつつも、そんなはずが無いと頭で理解し彼の次の動作を予測する。


 ――おそらく私の剣を弾き、そして剣を弾かれた衝撃で無防備になった腹部辺りに攻撃でもくるか!?


 そんな事を考えている中でも大剣を振り下ろし続け、その刃が彼の頭上から数ミリ程に迫ったその瞬間――ファストの姿が消えた。


 「消えっ!?」


 目の前で姿が消えたファストに驚きながら標的が居なくなった地面目掛けてそのまま剣を振り下ろしきるブレー。

 雷を纏った大剣は、ドゴンッと大きな音を立てながら周囲に激しい砂ぼこりを巻き上げる。


 巻きあがる土煙は周囲を覆い隠し観戦者であるサクラたちには二人の姿が完全に見えなくなる。


 それは土煙の中心地に居るブレーも同じであった。自分で巻き起こした土煙のせいで完全にファストの姿を見失っていた。


 「ぐっ…ぺっぺっ…くそっ」


 口の中に入った砂利を吐き出しながら急いで視界の悪い土煙の中から飛び出すブレー。

 蔓延する土煙の中から飛び出したブレーは大剣を大きく振りかぶり、漂っている地面の土や砂を空中で振りかぶった大剣の風圧で吹き飛ばした。舞い上がっていた土煙は吹き飛び視界が回復したが……。


 「ど、どこだ? 居ないぞ…」


 土煙が晴れたその場所にはファストの姿はなく、辺りの気配を探りファストの行方を追うブレーであったが、突如として背後に気配を感じる。


 「そこだぁッ!!」


 自分の背後に誰が居るかなど見るまでもなく判然としていたブレーは背後目掛けて大剣を薙ぎ払う。

 風を切る轟音と共に大剣を振っているとは思えない腕振り速度で背後に切りかかったブレーであったが、剣を振り切った背後には数瞬まで感じていた気配が無く、そこには誰もいなかった。


 「(また消えた!? 今の今まで気配を鮮明に感じていたのに!)」


 ブレーが再びファストの行方を追おうと気配を探ると先程と同じく背後に気配を感じたが、その直後首筋に衝撃を感じたと同時に視界が真っ黒に染まった……。




 ◆◆◆




 「……んむ……ハッ!?」


 意識を失い岩に背を預けてしばし眠っていたブレーであったが、意識が戻り勢いよく立ち上がりすぐさま周囲を見渡す。

 目覚めた自分の視線の先ではサクラやクルスが各々魔法をデカい岩へと目掛けて放っていた。いつものように恐らく魔法の特訓でもしているのだろう。


 「…ファストはどこだ?」


 サクラとクルスの特訓している姿は見えるが二人の近くにファストの姿は確認できない。どこに居るのかと周囲を見渡していると真横から探している人物の声が聴こえてきた。


 「起きたか、おはようさん」


 くすりと笑いながら自分に優し気な声をかけるファスト。どうやら今まで倒れていた自分を見てくれていたようだ。


 「……今の手合わせでお前を見失った。お前の速度は私以上だと理解しているがあの動きは速すぎる。一体どうやってあれだけ早く動けた?」


 「目覚めてから最初の言葉がソレか。まあお前らしいが」


 ファストが呆れを含む笑みを浮かべながらそう言いつつ種を明かす。


 「足元、正確には足の裏に魔法で風を起こしその勢いで高速移動していたというわけだ」


 言われれば何でもない、とても短い種明かしであったがブレーはやはりファストが自分よりも遥かに高みに居る事を再認識できた。


 足の裏に風を巻き起こしても風の大きさ、進む方向、力の掛け方、その他もろもろをうまく制御できなければああまで見事に動けないだろう。一歩間違えれば足元の風でひっくり返るような間抜けな姿も想像できる。というより普通はそうなるだろう。


 ――やれやれ、まだまだコイツに追いつくには時間がかかりそうだ。


 そう思いながらブレーは地面に座り直してファストに対して礼を言った。


 「すまなかったなファスト」


 「別に気にするな。仲間を介抱するなど当たり前だろ」


 「いや、そっちではない。この勝負に付き合ってくれたことだ」


 ブレーは少し申し訳なさそうな表情で隣で立っているファストを見上げながら言った。


 「今回の勝負、半分は八つ当たりのようなものだ。ぶつけようのない胸中のしこりをどうにかしたくてな…」

 

 実の妹との再会、そしてその再会から心にできた葛藤など、そう言った感情の捌け口が欲しくファストと勝負した。そして終わってみればその行為がとても子供じみており今更ながら付き合ってくれたファストに申し訳なさを感じたのだ。


 そんな少し暗く沈んだブレーに対しファストは小さく笑った。


 「気にするな。これで少しでもお前が楽になれたらそれでいい」


 「……そうか。ははっ、本当にお前は――いい男だ」


 「何を言って…!?」


 突然勢いよく立ち上がったブレーはそのままファストの唇を奪った。

 完全に想定外の行為によりファストは思わず固まってしまい、彼が硬直から溶ける前に唇を離したブレーは頬を染めつつ満面な笑みを浮かべていた。


 「惚れなおしたぞファスト♪ いずれ必ず振り向かせてやるから覚悟しておけ!」

 

 そう言うと彼女は訓練を続けているサクラとクルスの元へと駆け出していく。

 その後姿を眺めながらファストはただ茫然と立ち尽くしている事しかできなかった。



 

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