少女、実の姉の変化に驚く
まだお客の少ない酒場、そんな人気が少なく静かな空間がソードの放ったセリフでさらに静寂へと包まれる事となった。ブレーとサクラは呆然とした表情をし、クルスは未だ瞼を閉じ、移籍を提案されたファストは戸惑いを表情に表し、そしてソードは妖しげな笑みを浮かべている。
数秒間の静寂が訪れ、最初に我に返ったのはブレーであった。
「いきなり何を言い出すんだお前は! 仮にも同じギルド内の人間が居合わせている前で言うことか!!」
「そ、そうです! ファストはアゲルタムのギルドメンバーですよ!」
ブレーに続いて正気を取り戻したサクラも血相を変えてサードに噛みついて行く。
サクラとしてもまさかファストがヘッドハンティングされる事態になるとは思っていなかったので自分の想像以上に大きな声を出してしまう。
騒ぎ立てる2人の癇癪をうるさそうにしながらソードは耳を手で閉じ音を遮断する。
「急にボリューム上げて叫ばないでよもぉ。うるさいわねぇ~」
「これが叫ばずにいられるか! あろうことか私を連れ戻すだけでは飽き足らずファストを勧誘しようなどとッ!」
「…ふ~ん。そちらのサクラさんはともかくアナタまでそんな反応を取るなんて意外ね」
正直ここでブレーが熱り立つとは思っておらず内心では驚くソード。まさか一番最初に声を荒げるのが自分の姉だったとは……。
そもそも彼女は今の世の男どもに対して抱いているのは嫌悪感くらいなものだと思っていた。世界から男性が減少した事で世の繁栄のため男は重宝されるようになり、そしてまた甘やかされた世の男どもも世界からヨイショされその優しさに依存して腑抜けた生命体となり果てた。
そこまで考えると彼女の頭の中にはクリスタル王国で自分の性別を鼻にかけて図に乗っていたひとりの男が浮かび上がる。
「(まあ私もああいう豚の紛い物みたいな男は死んだ方が良いと思うけど。いやもう死んでいるか)」
聞いた話ではあの男は王国に戻る道中に襲撃を受けて何者かに殺害されたらしい。その話を聞いた時はざまぁないと思わず笑いながら言った記憶がある。
そんなことを考えているとブレーの喧しい声がソードの鼓膜を揺らした。
「おい聞いているのか! とにかくお前のギルドにこの男を移籍させるなど私が許さん!!」
「その通りです! 彼は私たちの大事な仲間なんですから!」
対面上の2人が半ば身を乗り出しながら止め処無く否定的な言葉を投げ続ける。そのあまりの苛烈さにヘッドハンティングされている調本人のファストも勢いに押されここまで口をはさむことが出来ずにいる。
戸惑いを見せるファストを差し置きソードが2人を宥めるように口を開く。
「どうどう。二人とも少し落ち着いてちょうだいな。ほら、あそこの店員さんもこちらに怯えて近づけないでいるじゃない」
そう言いながらソードは自分たちの座っている席から少し後方部分に目配せをする。彼女の目線へ視線を移動させるとそこには場の雰囲気に気圧されこちらの様子を窺い近づけないでいる若い女性店員が立っていた。
こちらへ怯え近づけないでいる店員にファストが軽く頭を下げながら声をかける。
「すまないな。気にせず飲み物を置いてくれ」
ファストが優し気な声色でそう言うと女性店員は少し赤くなりながら注文を出したソードの前へとドリンクを置く。
「お、お待たせしました。ごゆっくり…」
男性であるファストに近づけたのは嬉しかったがそれ以上に剣難な雰囲気の方が大きく、そそくさと席を離れていく店員。
立ち去る店員の後ろ姿を見てソードが対面に居る2人に非難めいた目を向ける。
「ほら、二人が騒いでいるからあの娘も迷惑していたじゃない。もしこの店に私たち以外のお客さんがいたらどんな目で見られるかしらねぇ?」
「うぐ…」
「うう~…」
不満はあるが言い分は間違ってはいないので口を紡ぐしかない二人。
黙り込んだ姉に対しソードは少しからかうかの様な口調で話しかける。
「それにしても…随分と彼に対してお熱なのね。もしかして惚れているのかしら?」
冗談のつもりでそう言ったソードであったが、そんな彼女の質問に対してブレーは迷うことなく即答した。
「ああそうだ。私もサクラもコイツに惚れている。それの何が悪い?」
「……え?」
てっきり否定的な言葉が出てくると思っていたソードであったのだが、まさかの肯定の返答が返ってきたので思わず固まってしまう。
しかしフリーズしたソードとは対照的にサクラとファストはブレーの発言に慌て始める。
「ちょッ、ちょっとブレーさん!?」
「ん、何だサクラ? お前もすでにファストに告白しているじゃないか」
「そう言う問題ではないだろ!! そんな事を馬鹿正直に答えるヤツがいるか!!」
まさかの巻き込まれ事態に慌てふためく2人とは対照的にブレーは至って平然とした表情をしている。自分たちとは違い落ち着いた様子の彼女を見てファストは頭を痛める。
ブレーのこの表情…俺たちがなぜ騒いでいるか理解していないな……。
実の妹相手とは言え出会ったばかりの相手にそんな馬鹿正直に好きと答えるなど普通は羞恥心からできるはずもない。
実際に隣に座っているサクラは顔を両手で覆い顔から火が出る思いであった。
一方で姉の発言に対してソードは驚きのあまり小さく口を開けてしまい、みっともなく思いすぐさまに口を閉じる。
「(まさかあのブレーが〝男〟に『好き』とハッキリ言うなんてね……)」
自分の隣に座っているファストを横目で見ながら驚きを押し隠すソード。
確かに私の隣で騒いでいるこの男は守られているだけの置物同然の男どもとは違うことは分かる。だけど今の世の男の生き方に心底嫌気を感じていたブレーがあろうことか男を好きになっているとは思いもしなかった。もっと言うなら男などを仲間として見ている事にすら正直驚いていたのだ。
「随分とこの町に来てから変わった様ね…」
それはブレーに言ったわけでなく思わず口からこぼれた言葉であった。そんな彼女のつぶやきは目の前で騒いでいる彼等の耳には届いてはいなかった。
「ふぅ~…。ねえ、そろそろ話を再開していいかしら?」
息を整え自分を置き去りに騒ぐ4人、いや1人は未だに眠っているので3人に話を再開していいかを問うソード。
内輪で騒いでいたファストとサクラも彼女の横やりで一旦落ち着きを取り戻すと思いきや、二人が静かになったと思ったら再びブレーが噛み付いていく。
「とにかくコイツの移籍は認めん! 私たちだけでなくギルドの者達だって頷くものか!」
「まあそりゃそうかしらねぇ。希少な男をみすみす手放したくはないとこの町全体が思っているのでしょう?」
手元のコップを掴むとストローに口をつけドリンクを飲むソード。
ストローを通しグラスの中のドリンクがソードの口に入っていきのどを通過していく。
「ちゅ~…ぷはっ。実は彼がウチのギルドに移籍するよう勧誘して来いってギルドと言うより王国からの要求なのよね」
ドリンクを飲みながらソードがそう言うとファストが眉をひそめた。
「王国から勧誘するよう言われた? 何故だ?」
最初はソード個人が気まぐれ、もしくはブレーに対してあてつけのつもりで誘ってきたものだと思っていたが、彼女の意志ではなくクリスタル王国からの要求であった事が明らかになり詳細を求める。
ファストの質問に対しソードは何食わぬ顔で重大な事実を告げる。
「私たちの王国に居たひとりの男が死んじゃったのよ。だから国は代わりを求めてきた。理由はただそれだけよ」
ストローをくわえながらあっけらかんと言い放つソードに対して他の三人は思わず驚愕のあまり息をのんだ。今の世の男女比率から考えて男がたった1人死んだだけでも相当の事態なのだ。それをまるでありがちな事件を語るかのような口調で話すので事の重大さを認識することに数瞬遅れる。
先に口を開いたのはこの中で唯一の男性であるファストであった。
「随分と中々の大事をすっと話すんだな。しかしクリスタル王国に住んでいる男と言えばたしか……」
「男の名はデーブ・ピッブ。噂によれば貴方とも面識があるとのことだけど」
ファストが名乗るよりも先に死んだ男の名を口にするソード。その名を聞きブレーとサクラが反応した。
「デーブ・ピッブってたしか……」
サクラが男の名を呟きながら隣の席で寝ているクルスを見る。
穏やかそうな表情で眠り続けるクルス。しかし自分たちと出会う前までの彼女は〝とある男〟の奴隷としての生活を強いられていた。その男こそが今話題に挙がったデーブ・ピッブなのだ。
思い返されるのはボロボロの衣服にあざだらけのクルスの姿。生気を感じない虚ろな瞳をしていた凄惨な彼女の姿を思い出すとサクラの表情が歪み、ブレーは怒りを思い出し舌打ちをする。
そんな感情が揺さぶられている二人に対し冷静にソードから話の続きを聞くファスト。
「死んだ…と言ってはいるがその原因は何だ? あの男は性格は最低ではあるが希少な存在であったんだろう? 王国内で殺害されたわけではないんだろう」
「ええ。あの男が死んでほくそ笑んでいる女性はケッコー居るけど王国内での犯行ではないわ」
どうやらあのデーブとやらは王国内でも相当嫌われていたようだ。いくら数少ない男性とは言え、あれだけ横暴な性格をしていればやはり受け入れられないのは当たり前だろう。
「イトスギとやらの町に赴いていたらしくてね、その帰りの道中で殺されたみたいよ」
自分の暮らしている王国の重要人物が死んだ事に関してあまり興味なさげに話すソード。
適当に話すソードに対しデーブを襲った人物に心当たりのあるファスト達はあるギルドの名を呟いた。
「……闇ギルド――ビィトゥレェィアル」
静かに響き渡るひとつの闇ギルドの名、ビィトゥレェィアルの仕業ではないかと推測するファスト達。イトスギの墓地での戦闘、そしてクチナシと名乗るファストの命を狙って来た襲撃者。さらにはこのアゲルタムにすら訪れた死人達。
何かと因縁のあるその組織について3人がそれぞれ考えを巡らせているとソードが溜息交じりに衝撃的な言葉を放った。
「その闇ギルドなんだけど…実はその内の1人がクリスタル王国にスパイとして侵入していたのよね」
先程のデーブの死亡報告の時とは違い少し重い雰囲気を纏わせながらソードはグラスの中の残り少ないドリンクを飲みほした。




