少女、敗北を思い返す
ブレーとの決闘に勝利してギルドに無事加入したファスト。
そして今日はその激闘から翌日の朝、彼はギルドの掲示板に貼られている依頼書を順に眺めていた。今日からいよいよ本格的に活動を開始し始めるファスト。だがまずは生活費を稼いでおく必要があるだろう。今の宿屋ヒールに宿泊している宿泊費すら自分はサクラから借りている状態なのだ。
「ファスト、決まった?」
掲示板の前で唸っているファストにサクラが隣へとやって来た。
中々依頼が決まらず様子を見に来たのだ。今日はファストの初の依頼という事もあってこのギルドで依頼達成の経験が何度もあるサクラが付き添う事となっているのだ。
もちろん、彼女はファストの強さを知ってはいるのだが、依頼書の中には単独で受けるべきではない高難易度の依頼もある為、やはり不安が付きまとってしまうのだ。
依頼の難易度は全部で星一つから星五つまでの五段階があり、星の数が多い程に高難易度の依頼だと考えればいい。サクラは事前にファストには初日という事もあって比較的簡単な物にしておいた方がいいと一応忠告はしているのだが、掲示板に貼られている依頼書にはある問題が起きていた。
「サクラ、この掲示板に貼られている依頼書、星が三つから五つまでの物しかないんだが・・・」
「えっ! あ、ほんとだ・・・」
ファストが中々依頼を決められなかった理由はこれだ。
運の悪い、いやタイミングが悪い事に掲示板に貼られていた星一つ、二つの依頼はすでに他の者達が受けている最中であり、現在掲示板に残っている依頼は最低でも星が三つの物であるのだ。
「うーん、最低で星三つの依頼かぁ・・・」
「星の数的に中堅の依頼、といったところか?」
ファストが数ある依頼書の内の一枚を指さしながらサクラにその難易度に難しさを質問する。
「う~ん、星三つはそうだね、ファストの実力は知っているけど三人くらいは人手が欲しいかなぁ」
「三人か、俺とサクラにあと一人・・・」
そう言いながらファストは掲示板に貼られている依頼書の一枚を手に取った。
「とりあえず、この依頼を受けてみないか?」
ファストが選んだ依頼書は『遺跡に住み着くゴーレム達の撃退!』と、書かれている依頼書。星の数は三つである。
「うーん、一番低い依頼でも星が三つだからね。でも、やっぱりあと一人、人手が欲しいかな」
「そうだな・・・」
サクラの言葉に賛成しながらギルド内を見渡すファスト。
そして、その中で一人の人物に目をつける。このギルド内に居る者達の実力に関して、入ったばかりのファストには把握しきれている筈も無い。だが、この中で唯一ぶつかり合い、その実力を知っている人物が居る。
目当ての人物の元まで歩いて行くファスト。
「なあ、ちょっといいか?」
彼はそう言って一人、テーブルに頬杖を付いている少女に声を掛けた。
「・・・・・何の用だ?」
その人物は昨日、自分がこのギルド加入を懸けて戦った戦士、ブレー・ウォールであった。
「なるほど、それで私に声を掛けたと?」
「ああ、なにしろ初めての依頼だからな。星三つは基本一人で受けるものじゃないらしいしな・・・」
「ふっ、私は一人で星三つレベルの依頼をこれまでいくつか達成してきたがな」
得意げな表情で自分の戦績を語るブレー。彼女のそのいわゆるドヤ顔に少し口元が緩んで吹き出しそうになるが、なんとかそれを抑えて彼女に共に依頼を受けてくれるように頼んでみる。彼女がこれまで一人で何度も今回と同レベルの依頼を達成して来たのならばとても力強い。
「改めて頼むが、どうだろう。一緒に来てくれないだろうか?」
「・・・・・」
ブレーは腕を組んでファストとサクラの二人を一瞬見た後、目をつむり、そして答えを出す。
「いいだろう、お前の力、再認識させてもらおう」
「よしっ」
ブレーからの共に依頼を受けてくれることを了承してもらいぐっと握りこぶしを作り喜びを小さく表すファスト。
「よ、よろしくお願いしますブレーさん・・・」
少し戸惑いながらも挨拶を交わすサクラ。
そんな彼女に手を振って返すブレー。
「ああ、お前とも組むのは初めてだったな」
基本的ブレーは単独で依頼に出る事が多いため、他の者と一緒に依頼を受けた経験数が少ない。
そして周囲も彼女の強さを知っており、なんとなく気軽に話しかけることが出来なかった。彼女から放たれるオーラというか威圧感というか・・・・・。
だが、そんな彼女に対してファストは特に何かを思う訳でもなく普通に接する。
「それで、俺とサクラは用意でき次第に出発しようと考えているんだが・・・」
「分かった。私も一度戻って準備をして来る。このギルド前の広場にまた集まればいいな」
そう言ってギルドから出て行くブレー。
彼女の離れて行く後ろ姿が見えなくなると、サクラは小さく息を吐いた。
「はあ・・・緊張したぁ」
「サクラ、何をそんなに緊張していたんだ?」
ファストもサクラの様子が少しおかしかったことは察知しており、彼女にその理由を尋ねると、彼女はブレーについて語りだした。
「そのぉ、ブレーさんってなんか苦手というか怖い感じがあるというか・・・」
「まあ、彼女の雰囲気でなんとなくそう思うのも分かる気はするが、そこまで緊張するほどのものか?」
「ファストはあの人に勝てるほど強いからこそ何も感じないんだろうけど・・・」
サクラはそう言って彼女が出て行ったギルドの入口を眺める。
「とりあえず俺達も一度宿に戻って仕度を済ませよう。あまり時間をかけて手間取ってしまえばブレーの機嫌も悪くなりそうだ」
「うっ・・・そうだね、早く行こう」
そう言ってサクラはファストの手を引っ張ってギルドを小走りで出て行った。
サクラがファストと手を繋いでいる光景を眺めていた周囲の者達は羨ましそうな顔でサクラのことを見ていた。
「ああ、あんな大胆に・・・」
「なによぉ、サクラの奴、見せつけてるわけ!」
「いいなぁ~私も無理してでも一緒に行きたいってせがむべきだったかなぁ・・・」
周囲の自分を羨む視線に気付いていたサクラはどこか優越感を微かに感じながらギルドをファストと共に出て行ったのであった。
それから少しの時間が経過し、ギルド前の広場ではブレーが残りの二人の到着を待っていた。
「二人はまだか・・・」
そう言って彼女はギルドの外壁に腰を預ける。
視界に映る広場の光景、ここで自分はあの男に敗北を与え得られた。
「・・・・・」
思い返すあの激闘、最初の段階では正直あの男を見くびっていた、その事は正直に認めよう。だが、その慢心は途中からは捨て去った。自分の全力をもってあの男とぶつかり、そして――――――自分は負けた。
「(勝負に負けた悔しさは・・・もちろんある)」
だが、それだけではなかった。
敗北の苦みを味わいながらも、目の前の男に対する強さに、媚びる様な、自堕落な生き方をしている今の世の男という生き物とはまた違う、もはや別種にすら感じる程の強さに自分はどこか惹かれたのかもしれない。
「ファスト・・・か・・・」
彼女は自分を打ち負かした少年の名前をそっと口にして、広場の光景を眺め続けていた・・・・・。




