少年、少女を貰い受ける
「はあっはあっ! くそっ、逃げ場がないじゃないかよ!!」
ネオは荒い呼吸と共に廃墟区域を未だに走り回っていた。
家を飛び出てからすぐにでもこの区域を出ようと全速力で走っていたが、どうやら連中はあらかじめ外に何人もの部下を待機させていた様で、行く先々にあの忌々しい黒スーツの女が待ち構えているのだ。そして今は背後から数人の黒スーツ共が追いかけてきている。
「チキショー! この場所から逃がさないつもりかよ!!」
後ろから追いかけて来る連中を気にしながら走り続けるネオ。
足には自信がある彼女、後ろから追いかけて来る連中との距離をドンドンと離していく。しかし行く先々に連中たちが待ち構えており、休む間もなく走り続けて体力も随分と消耗し始めている。しかも裸足で外に出て走っているので足の裏も相当傷つき踏み込むたびに痛みが走る。
「いつっ、いつまで走り続ければいいんだよ!」
苦痛と疲労で顔を歪ませながら振り返るネオ。
後ろを見ると自分を追いかけて来ていたスーツ連中の姿が見えなくなっており、何とか撒く事に成功したので一度足を止めるネオ。
「はあ…はあ…んん…」
過呼吸気味の呼吸を何とか平常の物へと落ち着かせようと息を整え始めるネオ。
そのままその場に座り込むネオであるが、追手を撒けたにも関わらず彼女の表情は未だに緊迫した面持ちであった。
確かに追手は撒けたが、未だにこの区域から出る事が出来ていないのが現状だ。しかも正確な場所は分からないが恐らく自分はこの区域の中心地帯の付近に居ると思われる。つまりは袋のネズミ状態という訳だ。
「くそ~、足の裏もズタズタだ」
擦り傷だらけで血まみれの足裏を眺めながら呟くネオ。
「……どこかに逃げ道は無いもんかな。ここに居てもすぐに見つかるぞ」
もう少し休んで居たいが、余りこの場に留まり続けるといずれ見つかるだろう。相手は多くの人数で自分1人を今も捜索し続けている。流石にこれだけの規模の人海戦術をいつまでもかわし続ける事は不可能だ。すでにもう息も上がっているのだから次に黒スーツに見つかったら振り切れる自信もない。
「一旦どこかに身を隠すか。体力を温存しときたい」
そう言ってまずは手近にありそうな廃墟を探そうとするが、彼女が立ち上がった瞬間に背後から気配を感じ振り返る。
後ろを振り返ると黒スーツ達が自分を見つけたようでこちらへと無言で走って来ていた。
「くそっ!」
逃げようとするネオであるが、前方からも黒スーツ達が現れて挟み込まれてしまう。
何とか逃げ道を探そうとするが、ついに捕まってしまうネオ。そのまま頭を掴まれ地面へと押し倒されてしまう。
「ぐうっ! テメ離せ!!」
バタバタと足をばたつかせるが全く振りほどけない。
何とか必死にもがき続けるが抜け出せず、他の黒スーツが何やら薬品を染み込ませたハンカチを取り出す。
「やめろ!離せよぉぉぉ!!!」
いよいよ不味いと思い恐怖から目の端に涙を浮かばせながら叫ぶネオであるが、黒スーツは一片の慈悲も見せずハンカチを口元まで持って行き彼女の意識を奪おうとする。
だがその時、ハンカチを持っていた女性が何者かによって蹴り飛ばされ、大きく吹き飛んだ。
「キャアッ!?」
今まで無言を貫いていた黒スーツも突然の衝撃にさすがに声を漏らす。
仲間が吹き飛ばされ、ネオを取り押さえていた黒スーツの拘束が弱まり、その隙を付いてネオが逃げ出す。
ネオに逃げられハッとする黒スーツであるが、それよりも仲間を蹴り飛ばした乱入者にまずは目を向ける。
「よお、あんなセコいコソ泥1人に寄ってたかってみっともなくねぇか?」
そこに居たのは朱い髪の少年であった。
突如乱入して来た人物が男であった事に周りの黒スーツ達は声こそ出しはしないが明らかに戸惑った表情を浮かべていた。なにしろ世界で数少ない男が自分達の前に現れたのだから。そして驚いていたのはスーツ連中だけでなくネオの方もであった。
「な、アイツは!?」
拘束から脱出できそのまま逃げ出そうとしていたネオであるが、乱入して来た人物を見て思わず足を止めてしまう。自分の窮地を救ってくれた人物はなんと昨日出会った少年であったのだから。
「何でお前がここに居んだよ!」
ネオが突如として現れたフォルスへと呼びかけると、彼は黒スーツ達から視線を向けたまま彼女の問に答える。
「此処に来た理由は1つだ」
フォルスは黒スーツ達に殺気を叩き付けながら牽制し、ネオへ向かって言った。
「お前を貰いに来たんだよ」
「………ハアッ!?」
目の前の少年の言葉を理解するまでにおおよそ数秒かかった後、ようやく彼の言葉の意味を理解して思わず大きな声を出してしまう。
「なななななな、何をほざいてんだこの変態ヤロー!!」
顔を真っ赤にして腕をグルグルと振り回し混乱の極みに陥るネオであるが、そんな彼女とは裏腹にフォルスは淡々とした様子のまま言葉を続ける。
「お前…もしも俺が貰わなきゃコイツ等に捕まって大方どこぞの金持ちの奴隷として売りにでも出されると俺は思うがな」
「…っ!」
「もしくは臓器売買辺りの商品と言った感じかぁ?」
「うぐっ!」
フォルスは笑い声を混ぜ込みながら言うが、当の本人たるネオはフォルスの例え話を聞き顔を青くして唸る。
「偶然にも人身売買の現場を見かけてな、中年のババアと女が何やらこの廃墟区域で話していたぜ」
「……そうか」
分かっていた事であるが、自分の母親はやはり自分を売り飛ばした事実を改めて聴かされネオの気持ちは沈む。自分を道具としてしか見ていなかった相手とはいえ、それでも自分を産んだ親には違いないのだ。その親に売られた事実を改めて思い知らされ、気づけばネオの眼の端には涙が浮かんでいた。ソレを目の前の少年には見られたくなくすぐに拭う。
「はっ、泣くほどショックだったか?」
「ぐっ、ウルセ―!!」
振り向いていないにも関わらず涙を流している事がバレて叫んでごまかそうとするネオ。その勢いのまま、先程の彼の言葉の真意を問いただし始める。
「それで私を貰いに来たってどういう意味だよ!? 何でお前まで私を狙ってんだよ!!」
「お前を捕まえようとしているコイツ等の商売はどう考えても正規のモンじゃねえだろ? なら俺がお前をここでかっさらってもコイツ等にはどうしようもねえだろ」
「それはそうだけど、てっ、だからどうしてお前が私を貰う事になんだ!?」
一瞬成程などと思ってしまったが、冷静に整理すればフォルスが自分を貰う理由にはならない事に気付き指摘する。そんな彼女の指摘に対し、フォルスはあっけらかんと言った。
「いやぁ、なんつーかよぉ……パシリ的なモンが欲しいなぁって思ってよ」
「なんじゃそりゃ!?」
想像以上に下らない理由で自分を横取りしようとしているフォルスにネオは思わず腕をビシッと突き出してリアクションを取ってしまう。
「そんな下らん理由で私は助けられたのかよ!?」
「じゃあ今選べよ。俺のパシリとして生きるか、それともこの連中に当初の予定通り捕まるか」
「そ…それは……」
パシリとしてこき使われるのは屈辱的ではあるが、正直な所、連中に捕まり売り飛ばされるよりは遥かにマシであった。しかしパシリになれと言われれば素直に頷きづらい物なのだ。
しばし唸りながら考えるネオであったが、腹は決まった様でフォルスへと1つだけ確認を取った。
「…なんかヤラシイ事を無理やり強要させんなよ」
「しねーよ」
顔を赤くして変に手は出さない事を約束させるネオ。
元々そんな行為を強いる気は無かったフォルスは即決で何もしないと返答する。
「……分かった、パシリになってやるよ。だから助けてくれ」
ネオが助けを求めると、フォルスは言質を取れて満足そうな表情をし、マナを手の平へと集約して大きな鎌を作り上げ構える。
「契約成立だな。ならとっとと終わらせるか」
そう言うとフォルスは不気味な笑みを浮かべるのであった。




