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少女、身売りの魔の手から逃走する


 明け方の空、まだ微かに暗いが空は少しづつ青みを帯び始める時間帯。自分の部屋で睡眠を取っていたヨミは目覚めると部屋の窓を開け空を眺める。

 涼し気な風を心地よく思いながらしばし外の景色を眺める。この時間帯ではまだ外に出ている者はおらず、窓から見える街の様子はまだ活動を始めておらず静けさに包まれていた。


 「あのバカ…本当に今何しているのかしら?」


 昨日の夕方からちょくちょくとフォルスの部屋をノックするが反応はなく、昨日彼は結局帰っては来なかった。

 流石に自分が寝静まった頃には帰って来たかと思い彼の部屋へと赴くが、ノックするまでも無く彼が未だに帰ってきていない事が理解できた。もし部屋に居るならばドアの向こうからうるさいイビキが聴こえてくるはずだ。

 今まで自分に何も言わず行方をくらます事は何度もあったが、丸1日自分の前から姿をくらませた事は今回が初めてであった。


 「まったく、どこで何をしているのよフォルス…」


 もしかしたら何かしらの事件にでも巻き込まれているのかと少し不安を感じたが、すぐに彼の実力ならむしろそのような状況を楽しんでいるだろうと思った。


 「……朝食でも食べましょう」







 人の気配が感じない廃墟区域ではネオが目を覚ましていた。

 昨日の夜は早い時間から眠りについていたので目覚めも早かった。もっとも、家に帰ると母親から因縁を付けられない為にすぐに眠りにつく習慣なのだが。故に彼女にとってはいつも通りの朝であるが、その日の目覚めの景色は一ついつもと異なる部分があった。


 「え…?」


 その光景を見て思わずネオの口からは戸惑いの声が漏れてしまう。

 目覚めてネオの視界に入って来たのは自分よりも先に目覚めていた母親の姿であった。いつもは昼頃まで惰眠を貪っている事が当たり前の母が今日は自分よりも先に目覚めているのだ。しかも今の時刻はまだ朝の6時前といった早朝も早朝だ。

 ネオが目覚めた事に母親が気付くと、彼女は自分に朝の挨拶をする。


 「おはようネオ。いい朝ね」 

 「っ! お、おはよう…」


 まさか挨拶をしてくれるとは思いもせずにどもってしまうネオ。

 こんな朝早くの起床に加え、挨拶までして来た母を見てネオの心がざわめき始めていた。明らかにいつもとは様子の違う母の様子に微かな恐怖すら感じつつあるネオを見て母は小さく笑った。


 「何を驚いているのよ。私が早起きするのはそんなに変な事?」

 「…別に…」


 内心ではおかしな事だと思っていたが、口にすればソレが理由で殴られると思い本音は伏せておく。

 

 「……じゃあ私はまた外に繰り出すから」


 ネオはそう言うと日課である盗みへと出掛かけようとすが、ネオが立ち上がると母親がそれを止める。


 「ああいいわ出掛けなくて。今日は1日ゆっくりしていなさい」

 「え?」

 「だから、今日は家でのんびりしていなさい。いつもあなたには苦労を掛けているから休養位は取らせてあげたいのよ」


 この時、ネオの心臓の鼓動音が急速に速く大きくなった。

 いつも自分を娘でなく都合の良い道具として扱っている母が今日は自分に対して気遣いの姿勢を見せている。


 「(な、何だよ。なんで今日はこんなに優しい言葉を掛けて来るんだよ!)」


 今更ながらに親心に目覚めたのか? いや、それだけは絶対にない。自分の親がそんな人の親らしい感性を持ち合わせているなど天地がひっくり返っても在り得ない事だと確信を持てる。

 

 「(…そういや前にも今ほどじゃないが機嫌の良い日があったな)」


 思い返せば過去に一度、今よりは弱いが少し機嫌の良い日があった事を思い出す。詳しい理由は憶えていないが確か母にとって何か得になる出来事があった日である事は憶えている。そう考えると今の母の態度から察するに何か母にとって喜ばしい出来事があったのだろうか。

 

 「(何にしろこれはこれで気持ち悪いな。やっぱ外で過ごそうっと……)」


 何か理由を付けて外出しようとするネオであったが、その時入口の方から戸を開ける音が聴こえて来た。


 「え、何?」


 ネオの気のせいではなく、今間違いなく入口の方から戸を開ける音が聴こえて来た。しかしこんな薄汚れた廃墟におとずれる人間なんて普通は居ない。母も今は家の中に居るのだから誰かが訪ねて来た事になるのだろうが……。


 「来たわね…」


 不思議がるネオをよそに母親は落ち着いた様子で呟く。その小さな呟きを聞いていたネオは母は家におとずれた人物を知っているようなので誰が来たのかを尋ねようとするが、彼女の質問を遮るかの様にドカドカと乱暴気味な足音が複数自分たちの部屋へと向かってくる。

 勢いよく音を立てながらボロボロのドアが開けられ、そこには複数の女性が居た。全員が黒を強調するスーツの様な服を身に纏い、いかにも怪しげな連中がネオに視線を集中する。

 

 「な…なんだよお前ら」


 突然侵入して来た連中に後ずさりながらネオが何者なのかを聞くと、黒スーツの女性達を押し分け奥から1人の若い女性が現れた。

 その女性は昨日の取引を密談していた女性であった。


 「ふふ…元気な娘ね。コレならたしかに中々良い値になりそう♡」

 

 自分を見ながら小さく舌なめずりする女を気味悪がり、恐怖を消す様に大きな声出すネオ。


 「いきなり人んちに土足で入って来て訳の分からない事ばかり言うな! どこの誰だよお前ら!?」

 「土足で失礼した事は謝るわ。でも…ふふ、こんなあばら家を裸足で踏み込んだら足の方が汚れそうだけど?」

 

 小馬鹿にしたような物言いでクスクスと笑う女。その後ろに控えているスーツ連中は釣られて笑う事は無く、感情の感じさせない無言の態度を貫いている。

 戸惑っていると、今まで無言であった母が取引相手の女性へと声を掛ける。


 「さあ、約束の報酬を頂戴。即払いの筈だったわよ!」


 今まで無言であった態度とは裏腹に興奮気味で取引相手の女性へと詰め寄る母親。間近に迫って来た興奮気味の母親にうっとおしそうな表情をしながら大きめの袋を渡す。

 袋を受け取った彼女は中身を確認すると嬉しそうな表情へと変わった。


 「凄いわ! これだけあればもう安心して生きていけるわ!!」


 袋の中は提示していた金額よりもさらに少し奮発されており、その中から1枚の金貨を取り出し眺める。

 未だ状況が吞み込めていないネオは視線を右往左往しつつ混乱していると、そんな彼女を哀れそうな目で見ながら取引相手の女性は嗤った。


 「どうやらまだ理解が及んでいないようだから教えてあげる。もうあなたは私たちの〝物〟になったという事よ」

 「は…はぁ?」

 「まだ分からない? それならもう少しかみ砕いて説明を……。私はあなたのお母さんにお金を払ってあなたを買い取ったという事、お分かり?」


 女の言葉を聞いてネオの血の気が一気に引いて行く。

 信じられないと言った表情でゆっくりと自分の母親を見つめるネオであるが、母はネオの視線など気付かず袋に納まっている大量の金貨に酔いしれていた。


 「は…はは。あはは……」


 ようやく完全に状況を理解出来たネオは無意識に笑い声を漏らしていた。

 つまり自分は母の生活を潤わせる為に身売りされたという事だ。その証拠にもう母…あの女は自分のことを見てなどいない。それは既に自分が娘ではなくなったからだ。

 余りにも悲惨過ぎる自分の運命に脱力していると、取引女は部下たちに命令を出す。


 「さて、確保しなさい」


 短く最低限の命令を受けた部下たちはネオへとゆっくり近付いて行く。

 しかし身柄を押さえられる直前、我に返ったネオは自分の腕を掴もうとした目の前の相手の下顎に鋭い蹴りを放ち相手を蹴り上げる。そして他の者達が一瞬硬直した隙を見逃さずに窓の方へと全力で走った。


 「ダラァッ!!」


 勢いを付けたま窓目掛けて飛び蹴りの要領で窓を破壊して外へと脱出するネオ。元々が破損状態だったために簡単に窓は砕け、スムーズに外へと飛び出す事が出来た。

 

 「(早く逃げろ! 捕まれば私の人生は終わりだ!!)」


 今の自分の生活も底辺であるが、あの連中に捕まれば自分の人生は本当に終わる。

 突然の身売りされた自身の境遇に絶望していたが、今はこの状況から逃げ切る事が何よりも優先すべき事であった。

 ネオはまずは人の多い場所を目指そうと思い、廃墟区域から脱出を図り走り続けた。




 ネオに逃げられた取引女は壊された窓を眺めながら冷静に部下たちへと指示を出す。


 「全員すぐに後を追いなさい。外にも部下を配置しているとはいえ万一にもこの区域から逃げられたら厄介だわ」


 自分達の上司である女の命を聞きスーツ連中は勢いよくネオが破壊した窓から外へと飛び出していく。

 残ったリーダーの女は未だ金貨を眺めている母親に伝えるべき要点だけ告げる。


 「あの娘はこちらで確保するわ。代金は渡したし、もうこれで取引は成立で良いわね?」

 「勿論よ。お金さえ手に入ればもうあの娘に用はないわ。捕まえた後は煮るなり焼くなり好きにしていいわ」


 もはや売り飛ばした娘に興味はなく、手の中にある重みを感じる金貨だけしか母親の眼には映っていなかった。そんな母親を冷めた目で見ながら女は廃墟を出る。

 部下たちとは違い入口から出て来た女は今逃げ回っているネオに向けてこう言い放つ。


 「鬼ごっこスタート♡ 捕まれば人として終わりだから全力で逃げ回ってね♡」




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