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少年、再び廃墟区域へと赴く


 至る所がボロボロの室内、生活用品も必要最低限の物しか揃っていない空間、廃墟を再利用して2人の親子がその場所で生活を送っていた。

 そのうちの1人である母親は酒瓶に直接口を付けて酒をかっ喰らっていた。


 「んぐ…んぐ…ぷはぁっ」


 口元から零れる酒を袖で拭う母親。

 その近くでは彼女の娘である少女がうずくまっている。


 「いぐぐ……」


 腹部を押さえるネオ、目元には涙が浮かんでおりその顔の頬の部分は赤く腫れていた。

 彼女がこうなった理由は単純、近くで酒を飲んでいる母親に暴行を働かれたからだ。帰って来て目が合った途端に問答無用で殴られた。暴力を振るわれた理由はストレス発散であり、殴られたネオも大した理由で殴って来た訳でない事は理解していた。いつだってそうだから……。

 しかしストレス発散だけならばここまで痛めつけられる事はなかった。その後に彼女の母親は無言で手を差し出して来た。今日の収穫を渡せと言う所作である。つまりは窃盗してきた物を渡せと言って来たのだ。


 「…たくっ、手ぶらでよくもまあ帰って来れたね」


 飲み干して空になった酒瓶を倒れているネオ目掛けて投げつける。

 振りかぶって投げつけた訳ではないとはいえ、そこそこの重量のある瓶がガツンと言う鈍い音を立ててネオの頭部に当たる。


 「いっ…!」


 空瓶の当たった個所を蹲りながら押さえるネオ。

 しかし彼女は何も言わずに貝の様に耐える。ここで何か反論すればさらに痛い思いをする事は明白であり、それは言葉にせずとも態度でもそうだ。以前余りの理不尽さについ反抗的な眼をすると想像を絶する暴力を振るわれた事がある。あの時は呼吸をするだけで体中に激痛が走ったくらいだ。

 

 「(逆らっちゃだめだ。大人しくしていないと……)」


 痛みに耐えながら自分に必死で言い聞かせるネオ。

 何も言わず黙り込んでいる自分の娘に面白くなさそうに鼻を鳴らす母親。


 「ふん…まるで人形みたいに気持ち悪い。何か言い返したらどうなんだい?」


 反応を示さない娘に舌打ち気味で話し掛けるがやはり返事は返ってこない。

 

 「たくっ、気持ち悪い娘だよ…」


 そう言って母親は奥の部屋へと姿を消していく。

 部屋の扉が閉じられ気配が遠ざかって行くのを確認するとネオは痛む体を押さえつつゆっくりと体を起こす。


 「いつつ……何が言い返したら、だよ。そんな事すれば間違いなく殴りかかって来るくせに…」


 口を拭うと血が滲んでいた。殴られた際に唇の端でも切ったのだろう。

 

 「それにしても何か今日は甘かったな。もう少し殴られるモンだと思っていたけど……」


 ネオはいつも今日フォルスにしたようなスリなどを行い、その成果を母親へと献上している。成果が無ければ暴行を働かれ、その上食事も抜きだ。ただまともな量の食事など期待できないのでネオはいつも盗んだ財布からいくらかの金を抜き取り自分の懐へとしまい込んでいる。食事が抜きの時はその抜き取った金で外で食べている。

 そして今日はフォルスに財布をスッた事をがバレたので成果はゼロ。そのせいで殴られはしたがいつもと比べると少し甘いように感じた。こんなにもすぐの体を動かせることが何よりの証拠であった。


 「…この程度で済んだのは良かったけど逆に不安すら感じるぜ。何かこの後に大きな災難でも降りかかるんじゃないだろうな……」


 言いようのない不安を感じながらそう呟くネオ。

 その不安は見事に当たっていた。まさか明日には自分が売りに出されるとは思いもしないだろう。彼女の母親がいつもよりも暴力を控えた理由は明日にはネオが商品として持って行かれるからだ。殴っている最中に余り傷物にしてはいけないと思ったのだ。まあ、今まで散々痛めつけて来たので焼け石に水の様な気もするが……。


 「…今日はもうこのまま寝よう。この家で起きていても良い事なんて一つも無いしな…」


 目が合うだけで理不尽な目に合う事なんて当たり前。何もせずに大人しく寝ている事が一番の選択肢である事を理解している彼女はその場で横になり眠りについた……。







 「…まだ帰って来ないわね」


 未だ部屋主の返ってきていないもぬけの空である部屋の前でヨミは小さく呟いた。

 仕事の報酬を受け取った後、そのまま宿に戻ったヨミは自分の部屋で過ごしていた。しばしくつろいでいた後、同じ宿で生活しているフォルスの部屋へと赴くが留守。大方外で遊んでいるのだろうとその時は大して気にも留めなかったが……。


 「もうそろそろ外も暗くなり始めるころだと言うのに…」


 窓の外を眺めながらヨミは呟く。

 仕事が終わった頃はまだ外は日の光で明るく照らされていたが、時刻も夕方となって行き空も夕暮れを示す様に赤く染まり始めていた。この分だとあと一時間もしない内に外は暗闇で覆われてしまうだろう


 「何処で油を売っているのかしら。ウチの馬鹿は……」


 未だ部屋主の帰って来ない空き部屋を見つめながらため息を吐くヨミであった。







 その頃フォルスは人気の多い賑わった場所で寂しく食事を取っていた。

 ネオが生活している廃墟の区域を出た後、彼は仕事終わりにおとずれていた屋台のある区域へと訪れて軽い軽食を取っていた。


 「げふぅ~~……」


 周りに居る女性客の事などお構いなしに軽いゲップをする。

 周囲の女性達は遠目でフォルスを見て何やら黄色い声を出している。普段はこの様な周りの騒ぎ声にイライラとするのだが今日は周りの喧騒が彼の耳には届いてこなかった。


 彼の頭の中には今日出会ったネオの事が思い浮かべられていた。


 「………」


 別段自分があの娘を助ける理由も道理もない。それどころかあの娘は自分の財布を盗もうとした相手だ。そんな人間が人身売買の獲物として狙われたところで自分には関係の無い出来事だ。だから先程聞いたこの件に首を突っ込まずとも自分の今後には何も影響はない。


 にもかかわらず彼の胸の内はざわめき続け、いつまでも彼の心が落ち着くことが無かった。


 「はあ…」


 溜息と共に席を立ち、そのまま代金を置いて行くフォルス。

 後ろの方で店の女性が「お釣りお釣り!」と焦り気味の声が聞こえてくるがそのまま店を出る。


 「…もう真っ暗闇じゃねぇか」


 いつの間にか外は闇に包まれていた。

 彼はしばし暗い空を眺めた後、自分の住んでいる宿を目指して歩き始めるのであった。




 自分の宿を目指して歩いていた筈のフォルスであるが、彼は気が付けばあの廃墟へと赴いていた。

 

 「なぁにやってんだろうな俺は?」


 最初は自分の宿を間違いなく目指して歩いていた筈であった。にも拘らず途中から彼の脚はこの荒れ果てた廃墟区域へと赴いていた。

 空は完全に黒く染まり、廃墟の不気味さがより際立つ。普通の人間なら中々に不気味だと感じるのだろうが、フォルスは特にそんな印象を感じる事は無くズンズンと奥へ奥へと歩いて行く。


 そうして彼はネオが住み着いている修繕廃墟の前までやって来た。


 「……たくよぉ、俺もどうかしてるぜ」


 そう言いながら彼はしばし目先の廃墟を眺めると、その場を後にした。

 そのまま彼は近くにある別の廃墟へと入って行くと、荒れ果てた部屋を眺める。マナで視力を強化して近くにあった長椅子の上で横になる。

 

 「……明日の朝にはあのスリ女は売り飛ばされるってか。どうせ商品として下らねえ理由で買われ、下らねえ用途で使われんだろうな」


 売り飛ばされたその後のネオの境遇は大体想像がつく。

 今後のネオの人生を想像していると、フォルスは小さく笑った。


 「下らねえ理由で売り飛ばされる奴なら俺が貰うってのも悪くねぇな」


 そう言うと彼はそのまま瞼を閉じ、豪快ないびきを立てて眠りについた。




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