少女、予想外の事態に物理的に燃え上がる
サクラとブレーの2人に連行に近い形で再び10分前まで居た温泉小屋へと戻って来ていたファスト。
小屋に入り脱衣所に着くとブレーはファストが目の前に居る事も気にせず堂々と服を脱ぎ始めたので、思わず吹き出してしまうファストであった。
脱衣所でそのような一悶着などあった後、温泉に3人で浸かるファスト達なのだが……。
「ふ、2人共。少し離れてくれないか……」
「別にこれくらいは普通だろう?」
「う、うん。フツーだよ」
それなりに広い温泉だが3人は並んで入浴していた。真ん中にファストが座っており、その両隣にはサクラとブレーがファストを挟むようにして座っている。
「(く…コレは逃げられない!)」
異性に挟まれ思う様に温泉内でも身動きが取れないファスト。
しかもブレーに至ってはタオルを頭に乗せている。つまり異性が隣に座っているにも関わらず体にはタオルを纏っていないのだ。サクラはまだ体をタオルで覆っているのでマシではあるが、ブレーの方には視線を向けることが出来ない状態であった。
サクラはやはり恥ずかしいのか温泉に入ってからはあまり話し掛けてこない。だが、ブレーは何も変わらずいつも通り話し掛けて来る。
「それで最近では魔法の方の腕も上達してきた気がしてな、今度もう一度手合わせを頼めるか?」
「ん…あ、ああ。それは構わないぞ」
受け答えはきちんとするが目を合わせず会話をしていた事が癪にさわったのか、ブレーは俯きがちのファストの顔を覗き込んで来た。
「おい聞いているのか?」
「ちゃ、ちゃんと聞いている」
出来る限り首から下の方は見ない様に努めるファスト。
ブレーの様子を窺っていたサクラは内心で彼女の積極さに感心していた。
「(凄いなブレーさん。あそこまで堂々と出来るなんて…)」
ファストとそれなりに長い時間行動を共にしていたサクラも彼に対してそれなりに耐性が付き、今では気絶する事は無くなったが、流石に裸を見せられる程の度胸は付いていない。しかし客観的に見れば異性と混浴など普通の女性からは考えられない事なのだが。いや、この世界の女性陣の観点からすればそこまでおかしなことではないのかもしれないのだが……。
「さて、そろそろ背中を流してもらうとするか」
そう言うとブレーは立ち上がり温泉から出る。ちなみに彼女が立ち上がる際、ファストは目を閉じて視界を完全にゼロにしていた。
姿見の前まで移動し、木製の小さなイスに座るとブレーは未だ温泉に入っているファストへと呼びかける。
「おいファスト、早く背中を流さんか。そのためにお前も来たんだろう?」
「……正確にはお前とサクラが連れて来たんだろうが」
お湯から出る前に腰のタオルが剥がれぬ様しっかりと押さえると、温泉を出てブレーの元まで歩いて行く。
「そらタオルだ」
頭に乗せていたタオルを手渡して来るブレー。
その際にコチラに体を向けるがファストは彼女が振り向いた瞬間には眼を閉じていた。そんな彼の姿にブレーは小さくため息を吐く。
「本当にお前はこういう場面では気が小さいな。普段はあんなにも頼もしい存在だと言うのに……」
「う、うるさい。いいから前を向け」
タオルを受け取り強引に前を向かせるファスト。視線はあくまでブレーの背中のみに集中し、彼女の前の姿見には視線を移さない様にする。
タオルに石鹸をつけ一応は女相手なので力加減を考えて背中をこする。
「(…ん? これは……)」
恥ずかしがっていたファストであるが、よく見るとブレーの背中には小さな傷跡がいくつかついていた。以前にも彼女と一緒に入浴した経験はあるが、その時はここまで彼女の肌を近くで見ていた訳ではないのでこの様な傷跡には気付かなかった。
「(そこそこ多くの傷跡が見えるな……)」
ブレーの背中には細かく薄い傷跡がいくつか確認できた。しかしこの距離でなければ気付かない程の傷跡なのでそこまで目立つわけでもない。
ファストが突然無言になったので不思議そうに思っていたブレーであるが、その理由を察して話し掛ける。
「ひどい背中だろう? 戦士として戦っていたおかげでこの様だ」
自傷気味な感じでそう言うブレーであるが、そんな彼女に対してファストは首を小さく横に振って答える。
「そんな事はないさ。とても力強さを感じる綺麗な背中だ。この背に付いている傷の数だけお前は戦い続け、色々と多くの者を守って来たんだろう」
いくら世界の大半が女性であるとは言え、ファストの観点から見れば女性がここまで自身の傷などかえりみずに戦う姿は純粋に美しいと思える。事実、ブレーのこの背を見て彼は素直な感想が口から出た。
自らの傷ついた肌を見てもそれを褒めて来るファストにブレーは少し恥ずかしそうに笑った。
「お前にそう言われると気分が良い。体を張って来た価値があったかもな……」
ファストと出会う前までは男などくだらない生き物と断じて来ていた。
世界から守られ、そのせいで男の魂は腐敗していき、今の世の男はくだらない者達ばかりであった。他の女性達は恋愛などに興味を示し身だしなみを整えたりしており、そんな行為を下らないと感じていたものであった。少なくとも自分には無縁の事であると思っていた。
だがファストに恋を抱いてからは考えも変わり、周りの者達には報告などしてはいないがそれなりに身だしなみも気にしている。その中で背中に着いていた傷は中々に気にしていた箇所であったが、意中の相手はその傷を貶すどころか褒めてくれた。
「(コイツのこういう優しい部分にも惹かれたんだろうな私は…)」
そんな事を考えていると背中を擦っているタオルの動きが止まる。
「お、終わったぞブレー」
そう言ってファストは桶に入れたお湯をアワの立っているブレーの背中へとかけ、アワを洗い流した。
「ありがとう。ふふ…良ければ前の方も頼もうかな?」
「いやっ、そ、それは待て!?」
慌てふためくファストの声を聴きブレーは思わず小さく吹き出した。
「冗談さ。初心なお前の場合鼻から出血多量で命の危機に関わるからな」
カラカラと笑いながらそう言ってブレーは立ち上がり振り返る。それに合わせる様にファストも後ろを向き無防備なブレーの裸体を直視しない様にする。そんな思春期の少年の様な反応に苦笑しながら、温泉に浸かっているサクラへと呼びかける。
「サクラ、次はお前も流してもらえ。意外と気を使って丁寧に洗ってくれるぞコイツ」
そう言ってブレーは隣の鏡台に移り場所を交代する。
すると先程までブレーの座っていた場所に今度はサクラがやって来て座った。流石にブレーとは違い前の方はタオルで隠している。
しかし背面はタオルで覆われていないのでシミ1つない綺麗な肌が露わにされる。
「(ぐ…サクラも少し無防備になり過ぎじゃないか!? もう少し警戒をしたらどうなんだ!?)」
ファストが内心でそんな事を考えていると、それと同じようにサクラも内心ではかなり動揺していた。
「(はわわわわわわ!! わ、私少し大胆に振る舞いすぎじゃない!? 背中丸見え!! いや、背中はいいけどお尻とか!?)」
そもそも自分から背中を流してほしいなどと言っておきながら、今更ながら自分がとんでもないお願いをしている事を自覚した。あの時はブレーの勢いに便乗して冷静な判断力を失っていた事を今更ながら理解した。
バクバクとうるさい自らの心臓音を感じながら眼をグルグルと回すサクラ。そんな彼女の様子を見ているとファストも手を出せなかった。タオルを持ったまま静止していると、もどかしくなったブレーがファストの手を掴んで強引に操作する。
「ほら、早く洗ってやれ」
「お、おい! 前を隠せ、てっ、うわッ!?」
「え? きゃあ!?」
ファストの腕を掴む際、ブレーの裸体がモロに視界に入り思わずファストは慌てふためいてしまう。その時に足を滑らせ、彼はそのままサクラの背中に抱き着くような形で倒れ込んでしまう。
「いつつ…ハッ!?」
「いたた…あ……」
足を滑らせてバランスを崩したファストはサクラと一緒に倒れ込んでしまい、しかも運悪くサクラのタオルは剥がれてしまっていた。
つまり……ファストに自分の全てを見せつけてしまったのだ。
「す、すまんサクラ! わざとでは無いんだ!!」
「う…う…うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ま、待てサク―――」
キャパシティを完全にオーバーしてしまったサクラは体内のマナが暴走し、目の前に居るファスト目掛けて勢いよく炎を放った。
素早くその場から飛び退いたブレーはファストの様子を窺った。
「あつつつつつ!? 落ち着いてくれサクラぁ!!!」
「見ないでぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「あづあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
サクラの炎で再び汗を掻き始めたブレーは無言で温泉へと浸かり汗を流し始める。
目の前で起こる惨状から目を逸らし、小さな声で呟いた。
「はあ…いい湯だなぁ……」
背後から聞こえるファストの絶叫を聞きながら現実から目を逸らすブレーであった。




