少女、1人の少年に目が眩みつつある
アゲルタムの町には2人の少年が存在する。
1人はギルドに所属し依頼をこなし生活をするファストと言う少年。そしてもう1人はアゲルタムの町にある飲食店、安腹亭に勤めている看板息子のサードと言う少年。1つの町に数少ない男性が2人も生活しているという事はこの世界ではとてつもなく珍しい。
しかし、真実は違う。アゲルタムの町のはもう1人の少年が存在するのだ。
ファスト達が街を出ている頃、ギルド内では女性達が揃ってため息をついてたむろっていた。
「あ~…ファスト君と仕事に行きたいなぁ~…」
「わかるわかる。仲良くなろうにも切っ掛けの一つ位ないと距離を縮める事も出来ないもんねぇ~…」
「その点サクラは上手くやったもんね。あの娘はいつも彼と一緒に仕事に行っているもんねぇ…」
「いや、上手くやったと言うならブレーさんの方でしょ。初対面では対立していたけど今は普通に一緒に仕事に行く仲までに発展してるし…」
初めてファストがこのギルドに入ろうとした際は一悶着を起こしていた筈だが、気がついた時にはファストと行動を共にするまで急接近していた。そんな彼女の事をこのギルド内の大半が羨ましそうに見ていた。しかも厄介な事に最近ではファストに過剰に近づこうとするとブレーが睨みを利かせる事が増えたのだ。ギルドの中でもかなりの手練れであるブレーに睨まれれば大抵の者は委縮してしまう。
「はぁ~…どうしたらファスト君とより親密になれるのかしら……」
「ファスト君もいいけどやはり私はサード君推しね」
1人の少女がため息交じりにそう言うと、隣の席で話していたグループも会話に混ざって来た。
「まだ幼さの残る純粋な男の子、サード君はこの町に舞い降りた天使よ」
「男の子を天使って……まあ気持ちは分かるけど」
サードが安腹亭で働き出し頃、この町のほとんどの若い少女達は足を運んでいる。当然この場に居る皆も足を運びサードの働いている姿をその目に収めようとした。
「出来れば写真を撮りたかったんだけどあそこの店員のガードが固くてさぁ~…」
飲食店にカメラを持って入店した時、入り口でカメラを没収された時の事を思い出す女性。
「あ~あ…私たちにも素敵な出会いが無いかしら……」
そんな事を考えていると、談笑しているグループの中の1人が掲示板前に立って居る1人の少女に注目をする。
「ねえ、あそこに居るのってライティだよね?」
「あっ…本当だ」
男性との出会いについて話し合っていた女性グループは皆、視線を掲示板前に立つ金髪の少女へと移した。
掲示板前に居る少女の名はライティ・シャーリー。このギルドに所属している少女であり、つい今しがた仕事が終わりこのギルドに戻って来たばかりの筈だ。しかし彼女はギルドに戻るとすぐに次に自分が受ける仕事を見繕っていた。その様子を眺めていた女性グループの皆は話題をライティの事へと変える。
「あの娘、なんか最近仕事量が増えてない?」
自分の気のせいかと周りの女性へ訊くが、それが勘違いでないと皆が言う。
「明らかに増えているわよ。私の記憶が確かなら今週でもう3つも依頼を受けていた筈よ。しかも今も仕事を選んでいる最中だし……」
「何であそこまで仕事に熱心な娘になったのかしら? 別に生活が苦しいわけでもないはずでしょうに……」
彼女の言う通り、ライティは別段金に困っている訳ではない。仕事量を増やす以前の彼女でも、それなりに遊ぶ金を持てる程に余裕はあった。にも拘らず、彼女はある日を境に急激に稼ぎに走り始めるようになったのだ。
昔は仕事の合間には自分達とも仲良く談笑をしていたが、今ではそのような事も無くなった。いや、それどころか勘違いなのかもしれないが彼女は自分達と談笑しなくなったどころか、興味すら持たなくなったように思える。
「何か付き合いが悪くなったわよねぇ~…」
グループの女性の1人がライティの事を冷めた目で見ながら呟いた。
仕事を受ける量が増え、そして今まで親しくしていた者達との関わり合いもメッキリ減ったライティ。
しかし彼女におとずれた変化はそれだけではない。
「そう言えばあの娘、私たちとは付き合いが悪くなったけど代わりに最近仲良くしている〝女の子〟がいたわね」
「ああ、最近ギルドに入ったあの娘。確か…セコンドとか呼ばれていたわね」
掲示板の前で次に受ける仕事を予約しておこうかと吟味するライティ。
ギルド内の依頼は急を要する物は不可能だが、期限に余裕のある類の仕事は予約しておくことが可能だ。ただし、予約を入れてから3日以内に依頼を受理しなければ自動的に予約は解除される。
「(次はこの依頼…星1つの依頼だけどそれなりに報酬は出るわね)」
ライティは依頼を決めると、受付へと依頼書を持って行き予約を取る。
「この依頼を
私の名前で予約しておいて」
「……ライティさん、少し依頼を取り過ぎじゃありませんか?」
「別に依頼を多く受ける事はギルドのルールに違反している事じゃないと思うのだけど…」
「それはそうですが…少し無理をし過ぎているのでは? いくら難度の低い依頼ばかりとは言え……」
「心配しなくても自分の体調位は管理出来ているわ。とにかくこの依頼を予約お願いね」
受付嬢の忠告に聞く耳を持たず、依頼書を置いてその場から立ち去るライティ。そのままギルドをすぐに出て行こうとする。そこへ話していたグループ女性の1人がライティへ声を掛ける。
「おーいライティ、少し話さない?」
「ごめん、仕事で疲れてるから……」
迷うことなく即答で断りを入れていくライティ。その際、彼女は話し掛けた女性を見向きすらしていなかった。そのままギルドを出て行ったそんな彼女に対して声を掛けた女性が不満そうな顔をする。
「見たあの態度? 愛想笑いすら、というかこっちを見る事すらなく出て行ってさぁ……」
「確かにあんまりいい感じしないよね~」
ライティの我関せずの様な態度に不満を口にする女性達。
その中の1人が面白くなさそうに言った。
「どうせあのセコンドとかいう娘と遊ぶんでしょ。最近はあの娘に夢中だものねあの娘…」
最近のライティは新たにギルドに入ったセコンドと呼ばれる少女と一緒に行動している現場をよく見る。今は傍に居ないようだが、基本ライティは彼女と一緒に居る現場が目撃される。そして自分達に興味を持たなくなった事とは裏腹にあのセコンドと言う少女にはいつも笑顔で接しているのだ。
「……あの娘、普通に男の子に興味あったと思うんだけど……」
周りの眼から見てライティがセコンドに正直、仲間以上の感情を抱いている事は表情から察せられた。
しかし、以前の彼女は普通に異性に興味を持っていたと思うのだが……。
ギルドを出てからライティが向かった場所は自分が生活をしている宿屋である。次の仕事の予約も取った後、すぐに宿へと寄り道をせずに戻る。これがここ最近の彼女の行動パターンであった。
同年代の少女達は合間に集まっては買い物などして遊んだり、スイーツでも食べに行ったりしているのだろうが今のライティにはそんな行動を起こす気など微塵もありはしなかった。何故なら同じ〝女性同士〟で集まるよりも宿には帰りを待ってくれている〝少年〟が居るのだから……。
速足で宿へと帰宅しようと急ぐライティ。別段時間が無いわけでも待ち合わせをしている訳でもないが、宿で自分の帰りを待つ彼の事を考えるとのんびりと歩を進める事など出来なかった。
ギルドから歩いて十分程度かかる距離を半分の五分で帰宅したライティ。宿に入るとすぐに自分の借りている部屋へと行き、勢いよく扉を開ける。
「…あ~おかえり~。マスター…」
「はい、ただいまセコンド♪」
同じ部屋で共同生活を送る少年セコンドが、帰って来たライティにのんびりとした口調で帰宅の挨拶をする。それに対しライティは頬を染めながらだらしのない表情で返事を返した。




