少年、心に誓う
決闘に勝利をして無事ギルド加入を果たしたファスト。
まるでお祭りの様に騒ぐギルドに居る者達を何とか諌め、一先ず今日のところは宿へと戻る事とする。
だが、ギルドを出てすぐにライティに呼び止められる二人。
「ちょっと待ってもらっていい、二人共」
「あっ・・・」
「ん?」
彼女に呼び止められて足を停止させるファストとサクラ。
サクラと違いライティと面識がないファストは彼女を見て誰なのかをサクラに訪ねる。
「誰だ?」
「ああ、この子はライティ・シャーリー。同じギルドの仲間だよ」
「そうか、今日から俺もこのギルドに入ったファストだ。これからよろしく頼む」
そう言ってファストは友好のしるしとして手を差し出した。
「あっ、どうも・・・」
男性からの握手の申し出に少し照れながらもそれを受け入れファストと握手をするライティ。そんな彼女にサクラは一体何の用かを問う。
「それでライティ、どうかしたの?」
「ああ、それが・・・・・」
ライティは少し躊躇いながらも彼女にそれとなく質問をしようとする。
あなたも私と同じで、宝石から目覚めたここにいるファストさんのマスターなのか・・・と。
だが、この時彼女の中に僅かな欲が生まれ始めた。
「(もしここで私が彼のことを話したら、ファストさんみたくセコンドくんも他の人に言い寄られるのかな・・・)」
先程、ギルドの皆に詰め寄られていたファストの姿を思い返すライティ。その立ち位置がファストからセコンドにすげ変わった場面を想像すると、彼女の中にどす黒い感情が微かに湧きあがる。
「ライティ・・・?」
突然黙り込む彼女を不思議がるサクラ。
「あ、いや・・・あはは、なんでもない」
彼女はサクラから聞こうとしていた質問を胸の内に押し殺した。
そのまま二人の元から離れて行くライティ。そんな彼女のことを不思議そうにサクラは見ていた。
「ライティ?」
結局彼女が何も言わず立ち去って行ったために、サクラの中には疑問だけが残ったのであった。
二人から離れたライティは自分の取った行動に疑問を抱く。
「なにやってるのよ私は・・・」
自分でも我ながら馬鹿な事をしている自覚はあるのだが、しかし、自分のことをマスターと言ってくれたセコンドの姿を思い返すと、彼女の中に彼を独り占めしたいという独占欲が湧いて来る。
「・・・・・」
あと少しくらい、日数が立った後にでも聞けば大丈夫。
無理やり自分にそう言い聞かせ、彼女はすぐに自分の宿泊してる宿へと戻って行った・・・・・。
ライティに呼び止められたその後、二人はようやく自分たちの宿泊している宿、ヒールへと戻って来た。
ちなみにヤイバはこの後に今日は依頼があるという事でそのまま仕事へと向かって行った。
「ただいま~」
サクラが挨拶と共に宿の扉を開いて中に入ると、アーシェが二人に小走りで駆けよって来た。
「お帰りなさい、それでファスト君、どうだった?」
サクラ経由で彼女もまた今日の決闘については聞いていたため、その結果をファストに聞く。
それに対して彼は親指をぐっと立てて自分が勝利したことを彼女へと告げる。
「勝ったよ、これで俺も今日からギルドの一員だ」
「わあ、おめでとう!」
アーシェは両手を重ねて喜びを表す。
そして彼の勝利を祝って軽い祝勝会を提案する。
「今日はファスト君の勝利を祝ってご馳走作らないとね♪」
「そんな・・・別に気を使わなくても」
ファストが盛り上がっているアーシェにそう言っていると、そこへ今度はアクアが走ってやって来た。
「おにいちゃんお帰り~!」
ファストに声を掛けながら彼に笑顔で駆け寄って来たアクア。そんな彼女の頭をポンポンと叩いて自分もまた挨拶を返した。
「ああ、ただいま・・・ヨウカは今はどうしているんだ?」
この場に居ないヨウカの存在について質問をするファスト。
その疑問にアーシェが答えてくれた。
「ヨウカさんなら今は自分の部屋で執筆中だから、今は部屋にはいかない方がいいわ」
「え、執筆中?」
アーシェの口から出た執筆中という単語に少し驚くファストは思わずその単語を繰り返し口にする。
「ええ、彼女、小説家だからね」
意外な職業かもしれない・・・・・。
ヨウカが朝早くに起床しない理由もこれで解かったが。もしかしたら夜遅くまで執筆をしており朝は遅い事も多いのだろう。
「(とりあえずヨウカが何をしている人間なのかは解かったが、アクアは普段は何をしているんだろうか・・・)」
ファストはアクアが自分から遠ざかったタイミングでサクラに聞くことにした。今朝から疑問に思ってい彼女について・・・・・。
「サクラ・・・」
「ん、なーに?」
「アクアってまだ結構幼い子だろう。それがもう宿で一人暮らしをしているのは何故なんだ?」
ファストがアクアが下宿している理由をこっそりと尋ねると、彼女は少しどこか悲痛そうな表情になった。その表情のまま、アクアが自分たちの会話が聞こえない距離に居る事を確認すると、ファストに近づいてその事情を説明してくれた。
そして、その理由は自分が懸念していた様に彼女はつらい事情を抱えているがために、あの年で一人、下宿していたのであった。
「アクアちゃんの両親は・・・お父さんは、というか男性全体は前にも言ったけど行方は分からずで、そしてお母さんは私と同じギルドで働いていたんだけど・・・ある魔獣の討伐依頼に出てから・・・・・」
そこまで言うと彼女は言いよどむ。
「魔獣にやられて亡くなったのか・・・?」
「死体が見つかった訳じゃないけど、恐らくは・・・・・」
「そうか・・・」
「それでね、ここの宿主であるアーシェさんとアクアちゃんのお母さんは付き合いの長い知人らしくて、幼いアクアちゃん一人にしておくわけにはいかないってアーシェさんが引き取って、それで今はこの宿でアーシェさんのお手伝いをして生活しているんだ」
サクラが言い終わると、ファストはどこかやるせない気持ちになりながら、そうか・・・、とだけ告げて地面の一点を眺めていた。
地面にある黒い染みを眺めながら彼は思う。アクアに限らず父親、つまり男性がいなくなったこの世界では彼女の様な境遇に置かれた子は他にも大勢いる筈では・・・と。
「(早くこの世界で何が起きているかを突き止めないとな・・・)」
ファストは内心でそう強く決心をする。
そこへ、アクアが小走りでやって来てファストに今日は何が食べたいのかを聞いてきた。
「今日はおにいちゃんの祝勝会だからね! おにいちゃんは何が食べたい?」
まるで太陽の様な明るい笑顔でそう聞いて来るアクア。そんな彼女のことを見てると思わずファストはこう呟やいてしまった。
「強いな・・・」
「え? 何が?」
思わずこぼれてしまった言葉を聴きとられてしまい、彼は何でもないと適当にはぐらかして彼女の頭をわしゃわしゃと撫でて誤魔化した。
アクアは頭の上に乗せられたファストの手をくすぐったそうにしながらも受け入れている。
「(まずはギルドで仕事をしながら情報収集からだな)」
自分がまずはすべき事を見定めたファスト。
彼は自分の手を小さく握りしめて、必ずこの世界の謎を解き明かそうと改めて心に誓ったのであった。




