少女、混浴の夢が途絶える
遺跡内でファストの記憶を消去した魔女。彼女は遺跡を出たその後、この村を軽く見回っていた。何か面白い物でもないかと軽い好奇心からの行動であった。
姿を消して村を探索していたが特に自分の興味を引くものもなく村を出ようと考えていたが、偶然にもこの村の外れの方に温泉がある事を知った。
温泉があると分かると彼女はせっかくなので温泉に浸かろうと足を運んだ。入浴をしている最中は村の誰かが来るかもとは思っていたが、そこでまさかの人物がやって来た。まさかつい先ほど記憶を消した少年が来るとは魔女も思いもしなかったのだ。
「(まさか彼と混浴するなんてね…)」
せっかくのお風呂で一悶着起きるのは勘弁してほしいと思っていた魔女であるが、突然姿を現した自分のことを最初は警戒していたが、少し距離を詰めるとこの少年は目を逸らし恥ずかしがり始めたのだ。
少し予想外の反応であったが、その反応を見て魔女は……。
「(少しからかってみるのも悪くないかもね♪)」
隣で顔を赤らめて初心な反応を見せる少年に対し、魔女の中に悪戯心が芽生えた。
ゆっくりと1人で温泉に浸かろうと思っていたファストであるが、そんな彼の期待を裏切るかのように自分の隣にはタオル一枚を纏った女性が共に入浴をしている。そんな状況では当然落ち着ける訳も無く、1人だと思っていた時とは違い今のファストは顔を赤らめながら視線を隣の女性から必死に逸らす。
「(くそ…まさか魔法で透明化していた女性が既に温泉に浸かっていたとは……)」
自分が温泉へと浸かるよりも前から隣の女性は姿を隠して入浴をしていたらしい。ならば後から来た自分が1人にしてほしいなどとわがままを言えるわけも無い。いっそのこと自分の方から先に上がろうかと考えていると……。
「うふふ…♪」
「なっ!?」
ファストの口からは驚きの声が漏れる。
隣に居た魔女は自分の腕を掴んで来たのだ。
「逞しい腕…鍛えていらっしゃるのですか?」
「ま…まあ。それなりには……」
「力関係のお仕事をしているのですか?」
「ま、まあそんなところです…(ち、近い!!)」
ファストがギルドに所属している事を分かり切っていながらも、あえて知らぬふりをして質問をする。
しかし魔女の質問の内容はファストの頭の中には入って来ず、顔を真っ赤にして背け続ける。そんな反応に少しゾクゾクする魔女。
「(ここまで初心だとはねぇ…ふふ、少し可愛いわね♪)」
そんな事を考えながらさらに一層距離を詰めると、ますますファストの顔が赤くなりゆでだこの様になる。いちいち想像通りのリアクションを取ってくれるのでどんどんからかうのが面白くなってくる魔女。
「(もう少し過激なサービスでもしようかしら。このタオルなんて取ったら倒れたりして♪)」
そんな事を考えていると、ファストは魔女が掴んでいる手を少し強引に振りほどこうとし、密着している肩と肩を離す。
「あの、そろそろ上がりたいので離してくれませんか?」
「あら、もう少し温まっていけばよろしいじゃないですか。できればまだ貴方とお話がしたいですわ」
「す、すみませんがもうのぼせてきましたので……」
そう言うとファストは魔女の腕を振りほどき、脱衣所へと速足で向かって行った。
その後ろ姿を見て魔女はクスクスと笑う。
「あらあら、意外と気が小さいのね」
もう少し位は遊べるかと思っていたが想像以上にあの少年は小心者であったようだ。
脱衣所へとやって来たファストはすぐに着替え隠を始める。
何とか逃げてはこれたが、あの女性が脱衣所までやってきてもう一度絡まれるのを防ぐ為である。しかし改めてこの世界の女性の積極性に頭を抱えるファスト。
「男が居なくなると女性はあそこまでグイグイと迫れるようになるものなのか?」
思い返せばサクラとブレーの2人とも混浴をした事もあった。大人しそうなサクラでさえ自分と混浴をするくらいだ、やはりこの世界の女性は異性との出会いが無いゆえに少し男性に飢えているのかもしれない……。
そんな事を考えているとなにやら聞き覚えのある声が微かだが聴こえて来た。
「そこをどきなさいあなた達!! 私はファスト君と共に混浴したいのよ!!」
「「そんな事を認める訳にはいかない!!」」
聴こえて来たのは防衛を行っているサクラとブレー。そしてフリーネの三人の言い争う怒号であった。
温泉小屋の防衛を分かっていながら誰がやってきたのか考えていたが、予想通りの人物で思わず苦笑するファスト。
たかだか男の裸の為に此処まで必死になれるとは、覗く方も覗きを防ぐ方も魔法を使ってまで対応する姿勢には少し感心すらしてしまう。
「…さっさと小屋を出るか」
自分が温泉から出たと分かればこのバカ騒ぎも収まるだろう。
ファストが小屋で着替えてそんな事を考えている頃、外では3人の女性が激し激戦を繰り広げていた。
「砕け散れッ!! このゴーレム共がァッ!!」
ブレーの振るう大剣は岩でできたゴーレムの体を容易に斬り裂き破壊して行く。しかし数が多く、中々本体であるフリーネを抑えに行けず難儀していた。
あまりの数の多さにブレーは舌打ちをしながら剣を振るう。
「くそッ、改めてだが数が多すぎる。貴様たかだか覗き行為の為だけにどれだけ入念に準備している!!」
「そんなバカでかい剣を持って見張りに立って居たヤツに言われたくないわい!!」
そう言い返しながらサクラを押しのけようと奮戦するフリーネ。しかしサクラの放つ炎の弾丸による豪雨が彼女の進行を許さない。
「もういい加減に諦めてくださいフリーネさん!!」
「それは出来ないわ! 目と鼻の先に男子との混浴があるのに指をくわえて見ている訳にはいかないわ!!」
「恥じらいも無く何を大声で叫んでいるんですか!! 少しは自重してください!!」
「だから魔法で応戦するアンタにも言われたくないわい!!」
何としても温泉へと突入しようとするフリーネであるが、流石現役ギルドに所属している2人の戦士。
フリーネのゴーレムは次々と破壊され、彼女自身もサクラにさっきから押されている。しかもこの2人、恐らく本気を出してすらいないだろう。遺跡内で見た時ほどのマナの高ぶりを感じない事からそう予測できる。つまり本気を出すまでも無く自分の進撃を完全に止めているという事になる。
「だが、それでもやらなきゃいけない時があるッ!!」
しかし大きな実力差を実感させられてもフリーネの瞳は全く死んではおらず、なおも温泉へと歩みを止めようとしない。そんな彼女の強い欲望に呼応するかの如く、ゴーレム達の動きもより激しさを増す。
「くっ、ゴーレム達の攻撃力が上がったぞ!? この破廉恥女の欲望の力で強化でもされたと言うのか!?」
「どんなパワーアップの仕方ですか!?」
思わず大きな声でツッコミを入れてしまうサクラの反応は決して間違ってはいないだろう。
しかし、彼女のそのパワーアップも一瞬で終わりを迎える。
ブレーがゴーレム相手に苦戦をしていると、凄まじい突風が自分の横を通過して行った。そしてその突風は重量のあるゴーレム達を紙切れの様に吹き飛ばした。
「そこまでにしろ3人共。少し騒ぎすぎだ」
声の方に皆が振り向くと、そこには手の平から風を巻き上げて立って居るファストの姿が在った。
温泉を上がり外に出ると予想以上に派手な戦闘をしていたのでさすがに止めに入ったのだ。
「ファ、ファスト君がこの場に居るという事は……もう……」
フリーネが口元を震わせていると、彼女を失意させる一言をファストが放った。
「……もう上がった」
その言葉を聞くと、フリーネはその場で力なく膝を付いた。周辺に居たゴーレム達もまるでそれを真似するかのように身動きを停止する。
そして、天に向かってフリーネは大声で叫んだ。
「一緒に入りたかっあぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
その叫びを聞いていたファストは、どこか少しフリーネを可哀想な物を見るかのような眼で見ていた。




