少年、温泉を満喫しようとしたが先客が居た
依頼を完了させたファスト達一同はアクシデントもあったとの事で今日1日はこの村に滞在する事となった。
あの後、目覚めたファストにフリーネが抱き着こうとし、それをブレーが力づくで止めて激しい言い争いになったりと一悶着あったりしたが……。
何にしろ、ファストの体には特別異常も見つからなかったので皆安堵した。
そして今はもう日も沈み、辺りは暗闇に包まれていた。
静寂に包まれた闇の中、ファストは今何をしているかと言うと――――
「ふぅ~~……生き返る……」
真っ白な湯気が辺り一面に立ち上り、温かなお湯の中に浸かり今日1日の疲労を癒している最中であった。
つまりはこの村の温泉に浸かっていた。
「この村に滞在したのは正解だったかもな……」
自分のせいで村に滞在する事となったのは仲間達に申し訳なく思うが、このように疲れを存分に取れるのであれば悪い気はしない。
「しかしこの村に温泉が湧いていたとはな。以前赴いた時には日帰りだったから気付かなかったな」
村から少し離れた場所に造られている温泉小屋、脱衣所など必要最低限の設備のみの簡素な造りではあるがメインの温泉は面積が大きく、大人数で入浴できるようになっている。だが、そんな広い温泉に現在入浴しているのはファストただ1人であった。
本来であればこの村の住人も頻繁にこの温泉を利用しているのだが、ファストが入浴しているこの時間帯は誰一人としてこの付近には人は居ない。その理由は2人の強力な門番の存在が関係していた。
温泉小屋の付近には2人の女性が立ちはだかり見張りについていた。
「良いなサクラ、ファストの入浴が終わるまで一切警戒を解くなよ!!」
「勿論です!! 誰一人としてここは通しません!!」
ファストの見張りについている2人は当然の如くサクラとブレーの2人であった。彼が温泉の存在を知り入浴したいと頼み込んだ時、周辺に居た村の女性の目つきが明らかに変わっていた。それはさながら飢えた獣の様な捕食者の目つきであった。当然傍にいたサクラとブレーがその変化を見過ごす事などなく、彼が入浴する時間帯を見計らって警備に着いたのだ。
とてつもない威圧感を放ち温泉小屋に立ちはだかる2人に付近まで来ていた村の女性達はスゴスゴと退散して行った。
しかし、その圧力にも屈しない者はやはり一人は居るもので……。
「そこを通してもらうわよ!!」
「やはり来たか……」
「想定通りですけどね……」
2人の迫力に気圧されずに現れたのは、今回のファスト達が依頼を受けた元凶であり、そして岩の魔法の使い手であるフリーネ・ゴームであった。その背後には複数体のゴーレムまで用意されている。
「2人共、そこを通してもらうわよ!」
「出来ない相談だな。温泉に浸かりたいのであればもう少し時間を空けてから改めて来い」
「それじゃ意味ないのよ! 今、この瞬間に温泉に入らなければならない!! 彼と共に混浴を成し遂げるためには!!!」
大声で破廉恥な事を恥ずかしげも無く叫ぶフリーネ。
そんな彼女の叫びにブレーは大剣を構えて叫び返した。
「お前のような者からヤツを守る為にこうして私たちがこの場に居ると知れ! この破廉恥女がッ!!」
「何よ! 一緒にお風呂位いいじゃない!!」
「良くありません! 仲間としてやましい考えを持つ人を無防備なファストに近づける訳にはいかないんです!!」
サクラも炎の槍を造り出し構え、ここは通さないと意思表示を示す。しかしその程度ではフリーネは止まらない!
「ならば力ずくで乗り越えるまで!! さあゴーレム達、あそこの邪魔な2人を抑えなさい!! その隙に私は温泉に突入するわ!!」
「させるか! サクラ、ゴーレムは私が抑える! お前はあの馬鹿の進行を何としても防げ!!」
「分かりました!!」
フリーネの命令を受けて行動を開始するゴーレム達。
迫り来るゴーレムの集団にブレーは大剣を構えて突撃して行く。その背後からサクラが援護しつつこちらへと向かうフリーネの相手を努める。
「そこをどきなさいサクラ! 怪我をしたくなければね!!」
「それはこちらのセリフです!! ここだけは何としても死守させてもらいます!!」
サクラの炎の魔法とフリーネの岩の魔法が激しくぶつかり合い、周囲に魔法がぶつかり合った激しい轟音が響き渡る。その音は近くで入浴しているファストの耳にも当然聞こえていた。
のんびりと温泉に浸かっていたファストであるが、突然の大きな衝撃により思わず身構えてしまう。何事かと思ったが、すぐに原因が分かった。
「はあ…誰かが温泉に来たな。それをサクラたちが力づくで止めようとしているのか」
自分が入浴する際、2人が見張りに立つと言い出したのを思い出した。事前に独りで入浴したいという旨は伝えておいたので大丈夫だと思うファストであったが、それに反して2人は必ず村の女性達が攻め入る危険があると真剣な眼差しで言って来たのだ。その迫力に押されそれ以上は不用意な事は言えなかった。
そして彼女達の危惧したとおり、どうやら強引に自分が入浴している温泉へ突入しようとしている者が居る様だ。
「しかし、サクラとブレーを相手にこの温泉まで足を運ぶとは……すごい執念だな」
改めてこの世界の女性の凄さを目の当たりにするファスト。
「しかし男の入浴を覗こうとするとはな。普通は逆だろう……。いや、確かに今の男女比を考えればおかしくはないのかもしれんが……」
まあどちらにしろ卑猥な考えで温泉に浸かろうとすること自体がおかしなことと言えばそうだ。
「……サクラとブレーには感謝しなければな」
もしも彼女達が見張りについていなければここまでのんびりとお湯に浸かれる事も無かっただろう。少し外の騒がしさは気になるが、少なくとも人目をはばからずに温泉を楽しめれるようだ。
「あと少しは温泉を堪能させてもらおうか……!?」
もうしばらくは温泉で体を休めようと考えていたファストであるが、背後から突如として視線を感じた。
「……誰だ?」
そう言いつつゆっくりと後ろを振り返るファスト。
湯気に隠れているがそこには確かに1人の人影が見えた。その人影はゆっくりとこちらに近づいて来て、その姿を露わにした。
「こんにちは、とてもいいお湯ですね♪」
現れたのは紫の長髪に自分よりも年齢が上と思われる大人びた女性であった。腰にはタオルを巻いており、スタイルも抜群の女性である。
「この村に温泉がある事を知れて幸運でしたわ」
「(……いつから居たんだコイツ)」
入浴前は自分1人しかこの温泉には居なかった筈だ。そしてこの温泉に浸かってからも誰かが入って来る気配は感じなかった。それに小屋の前ではサクラとブレーが警護をしている筈だ。その証拠に小屋の前では未だにサクラ達の防衛を行っているであろう戦闘音が聴こえて来る。
外から聴こえて来る音はこの女性にも聞こえていた様で、ファストに外で何か起きているのか質問をしてきた。
「何やら外が騒がしいですね。何かご存じで?」
「え、ああ。な、何だろうな?」
どうやらこの女性は外で起きている出来事を把握していない様だ。となれば自分の仲間が自分のために騒いでいるとは言いづらく言葉を濁す。
「…しかし、貴女は何時からここに?」
「最初からですわ。貴方が入る前から温泉に浸かっていましたわ」
女性のその言葉にファストは訝しむ。
自分は入浴前に誰も居ない事を確認しているのだ。にも拘らず既に彼女が居たとはおかしな話だと思う。するとその謎を明かすように女性の姿が目の前から消えた。
「なっ、消え!?」
ファストが驚いていると、姿が消えていた女性がいつの間にかファストの隣に現れる。
いつの間にか隣に出現した女性に驚くファスト。そんな彼の反応に女性はクスクスと笑った。
「私は透明化の魔法が使えます。その力で温泉に入浴していたのですわ」
「…な、何故そんな真似を?」
「実は私、この温泉を所有している村の住人ではなく旅人でして、無許可でこの温泉を拝借しているのです。その為このような形で入浴をしていたのです」
「そ、そうですか」
「?」
なんだか急にファストの様子が変わり始めた様に見える女性。
自分が彼の隣に近づいてから目を逸らし、顔を赤らめて……。
「……(ああ、そう言う事。ふふ、可愛い部分もあるのね)」
ファストの態度が急に変化した理由を察した女性は怪しげな笑みを浮かべ、少し悪戯が芽生え始める。
「(ちょっと位からかってみようかしら♪)」
隣で顔を赤くし、目を逸らしているこの少年は気付いていない。隣で笑っているこの女性こそが自分の記憶を消した人物であることを。しかし、この状況ではその事に頭が回る余裕は残念ながらなかった。




