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少年、魔女と対話する


 目の前のゴーレムを破壊しようとしていたファストの背後から聞こえて来た女性の声、それはともに遺跡にやって来たサクラ達のものではなかった。

 謎の声の主を確認すべく、勢いよく振り返るファスト。

 

 振り返りそこに居たのは、紫色の長髪をした、黒いドレスを身に纏った女性であった。その頭には黒く大きな帽子も相まって、その出で立ちはまるで魔女である。


 「驚かせてしまいましたね」


 突如として現れたその女性は、ふわりと柔らかい微笑みをファストへと向けた。

 とても慈愛に溢れるその笑みは、見た者を虜にするほど美しい笑顔であった。同じ女性がその微笑みを向けられても思わず見とれる程に……。

 だが、ファストはその笑顔に引き込まれることはなかった。むしろその逆、女性の笑みを見てまず最初に感じたのは胡散臭さであった。


 「あら、随分と怖いお顔をしていますわね。そんなに警戒しなくても大丈夫ですわ」

 「突然背後から声を掛けられると誰でも警戒するさ。ましてやお前の様な怪しげな女ならば尚更だ」

 「ひどい言われ様ですわ。私が貴方に何をしたと?」

 「ならまずは聞かせてもらおうか。こんな遺跡で何をしているのか……」


 肉体をマナで強化し、臨戦態勢を取るファスト。

 無断でこの遺跡に居る事はもちろん、目の前で倒れているゴーレムを見ても驚きもしない事から、このゴーレムを機能不全に陥らせたのは目の前の女である事が容易に判断できる。

 警戒を見せるファストに比べ、目の前の魔女は相変わらず落ち着いた様子であった。


 「私がここに居る理由は単純明快。貴方にお会いしたかったからですわ」

 「……俺に?」

 「ええ、貴方に。出来れば二人でお話ししたかったので、そちらのお人形さんには少し眠ってもらったという事」


 ファストの背後で転がるゴーレムを見ながらそう返答する魔女。

 

 「今回は本当にお話だけ。それ以上の事は何もしない事をお約束しますわ」

 「……俺と一体全体何を話したいと言うんだ?」

 「ほんの世間話を少々。しかしお互い立ったままでは話ずらいので……」


 そう言うと魔女は自分とファストの合間の地面を盛り上がらせ、岩でできた机と、対面に座れるように椅子を造り出した。

 

 「お話は座ってしましょう」


 そう言うと魔女は自分の造り出した椅子に腰かける。

 しばしその場から動かなかったファストであるが、彼もゆっくりと警戒をしながら椅子へと腰を下ろした。

 互いに顔を向き合わせながら、2人は警戒と微笑みと対照的な表情を相手へと向けている。


 「それで、話しとは何だ?」

 「そう急かさないで下さいな」


 魔女はそう言うと、ファストに指を向けて言った。


 「この世界に存在する数少ない男性ファストさん。貴方は今の世をどう思うかしら?」

 「今の世…?」

 「ええ、本当に直感で良いので答えてくれないかしら?」

 

 突然の脈絡のない話題に訝しむファスト。

 そんな彼とは裏腹に魔女は相も変わらず笑みを浮かべてこちらを見ている。


 「だんまりせずに答えて下さいな」

 「……」


 無言を貫いていたファストであるが、目の前の魔女から放たれる謎の圧力に耐えきれなかったのか、この状況を納得している訳ではないが質問に答える。


 「…そうだな。一言でいうなら〝異常〟と言える気がするが……」

 「あら、どうしてかしら?」

 「今の世界の男女比率を見れば一目瞭然だろう。男がほとんど消え、世界の大半は女性で埋め尽くされている」


 ファストがそう言うと、今まで笑みを浮かべていた目の前の魔女はわざとらしく驚きを表情に表した。


 「貴方の言う通りこの世界は男性が突如消失し、男女の比率も9対1と極端なものへと変わり果ててしまいましたわ。それ故に残りの男性達は〝男〟と言うだけで重宝されるようになり、大きな国の庇護下に置かれている男性も珍しくはありません。故に今の世の男性方は傲慢な方が多く、自身を選ばれた存在だなどと思い上がる者達ばかり……」

 「……」

 「ですが、貴方はそんな者達とは明らかに異なる人種。この世界の現状を見て異常と言える事が何よりの証拠……」


 魔女の言う通り、今の世の男性達は大半が自惚れを増長させていると言えるだろう。国や多くの女性達に持ち上げられ、男と言う性を理由に傲慢な考えを持ち生きている者も多い。

 実際、過去にファストはそう言う類の愚かな男を見ている。


 「……ねえ、もしも男性でなく女性の数が減少していたとしたらどうなっていたと思うかしら?」 

 「女性が減少していたら?」

 「そう。女性が大勢消え、重宝される世界であれば果たして女性は変わる事がなかったと思えますか?」

 「さあな、仮定の話をいくらしても意味がないだろう。実際に女性が大勢消えなければ分からん」


 ファストがそう言うと、魔女はゆっくりと首を振った。

 

 「いいえ、もしも男性でなく女性が消失した世界だとしても、結局は同じ事象が観察できただけでしょう。人間は多くの他者から特別視されると、自身の存在価値を見誤る生き物ですわ」

 「随分とハッキリ言うじゃないか。そんな世界を見たわけでもないだろう?」

 「ええ、確かに見たわけではありませんわ。しかし、性別以前に人間の根の部分は同じ……」


 そう言うと魔女は怪しげな光を纏った瞳でファストの事を射抜く。

 

 「誰も彼もが貴方の様に異常となり果てた世界で冷静に自分を見つめることは出来ない。全ての人間がそのように振る舞えるのであれば今の世界で残った男性の方々は貴方と同じ考えをお持ちの筈。違いますか?」

 「人間なんて十人十色だろ。逆にこの世界で残った男が全て俺と同じ考えの方が異常と思えるが?」

 「いえ、十人十色…ではありませんわ。先程も言った通り根は同じ」


 そう言うと魔女は何もなかった岩の机の上にティーカップを2つ、突如として用意した。そのカップの中には温かな湯気を出す紅茶が注がれている。

 手前のカップを手に取り、紅茶を啜る魔女。


 「人間と言う生き物はほとんどが醜く度し難い。全ての人が貴方の様な生き者ならば私のこの考えも随分と変わっていたでしょうに……」

 

 カップをテーブルに置くと、魔女は天を仰いでため息を零した。

 

 「あら、紅茶が冷めてしまいますわよ」

 「悪いな、さすがにすんなり口をつけにくい。しかしお前は随分と人間が嫌いなんだな」

 「…ええ、確かに人間は嫌いですわね」

 「そうか――――だからこの世から男を消したのか?」


 ファストが流れる様に放ったその言葉に、魔女は一瞬、本当に一瞬だけ反応を示した。常人ならば見抜けない程の違和感ではあるが、ファストの眼はその変化をしっかりと見抜いていた。

 魔女は空となった自分のカップの中に紅茶を再び発生させ、それをゆっくりと啜る。そんな彼女をファストは鋭い眼光で射抜くが、魔女は特に気にもせず紅茶をたしなむ。


 「中々に面白い発言を…。まるで今の世界を形成した主犯が私であるようなその物言い。何か根拠でもおありなのでしょうか?」

 「別に確証を持って言ったわけではないさ。だが、先程からお前の人間に対する考えを聞かされていると、どうにも今の世を創った元凶が話している様に感じてね……」


 そう言うとファストは席を立ち、腰に備えていた刀を抜き目の前の魔女へと突き付ける。


 「さて、もう茶番はこの辺でいいだろう。そろそろお互い真面目な話をしようか」

 「あら物騒な。そのような野蛮な物を向けられては怖くて足がすくみそうですわ。それに世間話とは言いましたが、それなりに真面目な話をしていたつもりですわ」


 ファストに刀を突きつけられそう言っている魔女だが、その表情からは怯えは一切感じられない。それどころか彼女の瞳にはファストに向け哀れみすら宿っていた。

 手に持っているカップを机に置き、同じく席を立とうとする魔女にファストが警告を挟む。


 「動くな、不用意に動けば先に手を出しかねないぞ」


 刀の切っ先に風を発生させるファスト。

 相手が不審な動きをすれば即座に先制攻撃を繰り出そうと構えている。しかし魔女は余裕の笑みを浮かべたままゆっくりと腰を上げる。

 

 「動くなと言った!!」


 そう言うとファストは刀に纏った風の塊を、切っ先から射出して目の前の魔女へと繰り出した。

 

 

 

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