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8.

8.


 少女は見慣れた景色の中にいた。

 陽の当たる道の上。空は青い。家の前だ。


 背にかかる母親の声を無視して、首元に手をやる少女。


 一瞬前まで、エミーナに首を絞められていた。

 いまは、なんともない。


 痛くも苦しくもない。まるで死んだあとのようだったが、わたしは呼吸をしていた。


「……危機一髪だったわね。金色のマッチがなかったなら、どうなっていたか」


 少女はすぐさま行動に移った。

 大通りを避けて路地裏に歩を進める。それは自然な行動だった。


「どこで失敗したのかしら。エミーナがトーナを見つけられなかったこと? 共同墓地の廃ビルで、シーナかリリーに売ってドンズラするべきだったの?」


 シーナ、と口に出して思い出す。頭から血を流していた彼女の姿。

 さっきまで一緒にご飯を食べていた相手を殺す選択肢を持つリリー。

 そして、マッチのためなら私を殺めることさえ厭わないエミーナ。


 関わらないのが一番なのだろうが、金払いのことを考えるなら彼女たちを避けることはできない。


「わたしは選ばないといけない。彼女たちをお客にするか、彼女たちを商品にするか」


 どちらにするかはわからない。


 だが、十二月三十一日は長い。


「とりあえず、同情で買ってくれる人たちを巡りますか。おへんろおへんろ、お高いマッチは如何ですか、っと」



 金髪くるくるカールの十歳の少女。

 その名前を誰も知らない、マッチ売りの少女でもなくなった女の子は、暗い路地を踵を鳴らして歩く。


「金色マッチがある限り、わたしは世界に抗い続けてやるわ。目指すは全てのマッチを最高値で売ることよ」





 少女は三百五十クローネを持って、煙草屋に向かった。

 鉄扉を抜けて、開口一番に挨拶をした。


「邪魔するで! 銀ピアスのあんちゃん。マッチは如何?」

「は! タバコ屋にマッチを売りに来るとはいい度胸だ。運が良かったな嬢ちゃん。俺がマッチを切らすバカでなけりゃあ、そんな高いマッチは買わなかったぜ」


 笑いながら、銀ピアスをつけるカリオストロはマッチを買った。


「ねえ、あなたは夢を見れた?」

「夢? ……あ? こいつは魔法のマッチか。デップの野郎も胡散臭い商品を売るようになったもんだ。あのトーナとかいうイカれた女とくっついてからは余計にだ」

「トーナ!?」


 少女は、予想もしていなかった名前がカリオストロから出たことによって、声が出てしまった。

 それを失策だと語るかのように、あからさまに銀ピアスは少女を訝しんだ。

 

 十歳のマッチ売りの少女が、どうして娼婦のトーナを知っているのか。


「なんだ、おまえ、あいつの隠し子か?」


 カウンターから出てきたカリオストロは、出口を塞いで低い声で尋ねた。


 少女はポケットに手を突っ込む。銀ピアスは年齢不詳だが、少女より腕っぷしが強いことは察しがついた。


 なにかあれば、一発であの世まで飛ばされるかもしれない。


 金色マッチの備えをしながら、少女は正直に話した。


「エミーナとわたし、知り合いなの。彼女、トーナに二千クローネ貸してて、早く返して欲しいらしいわ」


 少女にとっては事実だ。やり直したこの世界ではまだ起きていないが。


 ああ、とカリオストロは納得したようで、怖い顔を裏に下げた。

 カリオストロは扉から離れて、傍のソファに身を投げた。


「エミーナってことは、共同墓地の女軍団の一派か。どうだ。リリーの腹はもうでかいか」

「ええ。何か月かまでは知らないけれど」

「だろうな。孕ませた俺らでも忘れちまった」


 少女は一歩、たじろいた。十歳の少女が感じた本能的な危険を、誰が責められようか。


 カリオストロはその機微を見逃さなかった。しっかりと認識をしたうえで、気づかないフリをした。



「エミーナは安っちいグレードの煙草が好きなんだ。これから会うなら、持って行ってくれ」

「あら、煙草屋さんは気前がいいのね」

「年明け前だからな。それと、トーナなら夕暮れまでは街の南側で油を売ってると思うぜ」


 少女は、やはりと思う。

 この人はいい人なのかもしれないと。


 最初に来たときは、デップの店のアホマッチを持ってるなら煙草を安売りすると言い、さっきも五十クローネのマッチを惜しげもなく買ってくれた。


 いまも、こうやって煙草(安いけど)を無料で配っている。

 ああ、でも、無料より怖いものはない、とも言うのだったっけ。


 煙草屋を出る前に、少女は尋ねる。


「あなたは夢を見れた?」

「夢? んなもん野良犬にくれちまったよ」


 すれた銀ピアスの答えは、先を急ぐ少女の耳に届かなかった。





 少女が去ってから、腰がむずむずとする煙草をひと巻き吸い終えてから、カリオストロは立ち上がった。


「さてと、デップに会いに行くか。魔法のマッチの本物はあのガキが持ってるみたいだしな」


 カリオストロは準備をする。

 狩りの、準備を。


「にしても、夢があるかって聞く目じゃねえよなあ。世界の全てを憎むか捨てない限り、そんな光のねえ目はできねえよ。そりゃあ同類の目だぜ、黒い目の嬢ちゃんや」






 少女はマッチの付加価値を考えていた。


 それと同時に、エミーナの収入源について。

 マッチ数箱分のクローネ紙幣を簡単に出せる幽霊のようなエミーナ。

 空きビルや廃ビルに住む妊婦、リリー。


 少女は迷っていた。


 客として扱うべきか、商品にするのか。


 その迷いは、いってしまえば良心だ。

 もう陽の当たる道が眩しいと感じる少女の内側、まだ闇を犯す悪魔がカギを開けていない部屋にとじこもった健気な少女の善なる心。


 少女はお金を欲していた。

 お金を欲する心は、簡単に悪魔に両親の居場所を売り渡した。


「エミーナはあんさんか?」

「……だれ?」


 空きビルの奥、埃を食べていたのか、何もない場所で口を開閉させていた幽霊のような女性。


「うちはマッチ売りの少女。あんさんに魔法のマッチを売りに来ました」

「……そう」

「それと煙草も。これ、カリオストロから」


 カリオストロという言葉に反応したエミーナ。初めて少女を見た。

 少女は渡された煙草を手渡す。


「……マッチを、買った方がいい?」

「買うてくれたら嬉しいですが、エミーナさんの手持金だけでは、このカゴ全てのマッチを買うことはできません」

「……そんなに、要らない」


 嘘こけ。

 お前はこのマッチのためにわたしを殺そうとしたんだ。


 わたしは覚えているんだ。


 そんな憎しみを顔には出さず、営業スマイルで少女はマッチを売る。まあ、素敵。わたしってぱマッチ売りの少女。でも、マッチを売るのはこれが最後よ。



 これからはあなたを売るの。



「このマッチは、魔法のマッチなんや。ためしに一本、欲しいものを願いながら擦ってみ」


 明らかに大義そうに目を反らすエミーナ。

 話が進まないから、少女は背中を押す。


 耳元で、ごにょごにょと何事か囁くのだ。


 囁かれたエミーナは、義眼のように澄んだ目を大きく開いた。


 少女が囁いたのは、前回、彼女が願ったもの。


 欲に溺れたそれも、魔法のマッチであれば実現可能であることを告げた少女。


 幽霊のような女性の肌が紅潮して、マッチを買った。




 彼女は、すぐさま一箱分のマッチを使い果たした。


「マッチを買うわ。全て!」


 と言う。だが、少女は首を振る。

 彼女はお客ではないから。

 彼女は、もう少女の商品としてカウントされていた。


「ねえ、エミーナ。マッチを売るのはいいけれど、でもどうせなら、夢の精度を上げたくはありませんか?」




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