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5.

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 付加価値、ねえ……。

 なにがあるかしら、付加価値。


 魔法のマッチは魔法を見られるが、魔法の発動条件がわからない。これを主軸に売るのは難しいだろう。


 四十クローネのマッチ箱に大きな一軒家がついていたら買うに違いない。

 というかわたしが買いたい。


 そんな付加価値が欲しい。


「……煙草、かな」


 蝋燭とマッチをセットにすれば売れるかもしれない。けど、今夜は吹雪になる。吹雪のなかを出歩く人は少ないことは、経験則として知っている。


 なら、昼間からでも売れる物がいい。マッチを必要とするのは喫煙者か放火魔だ。

 放火魔の方が母数が少ないから、喫煙者をターゲットにする。


 ただ問題なのが、放火魔にマッチを売っても無罪だが、少女が煙草を売るのはグレーゾーンを飛び越えている。


 少女は逡巡して目を閉じる。

 開いたとき、少女の目の濁りは増していた。炭素の色味が、徐々に増していく。


「とりあえず煙草を仕入れましょうか」


 少女は陽の当たる公園の噴水から飛び降りた。

 公園から出ていくとき、一度だけ振り返った。


 子供たちが騒ぐ。

 大人が笑う。

 草木でさえも幸せなオーラを放出している。


 なぜだか、もうこの場所には戻ってこられない気がした。


 少女は前を向いて、歩き出す。

 ずっと、ずっと暗い場所への階段を降りていくように。





 煙草を仕入れるルートを、少女は持っていなかった。彼女は普通のマッチ売りの少女だから当然だ。


 けれど、行くべき場所はわかっていた。


 金色のマッチを擦って、やり直す。

 母の小言を受け流して、同情で買ってくれる人たちに五十クローネのマッチを売った。


 夢を見る人たちからせしめたお金を持って、ボロ服の金髪くるくるカールをたずさえた少女は、街の西側にあるスラムの集落までやってきた。


 煙草の買い付けのために。


 点々と建つ家であって家でないようなビニールハウスの集落を抜けて、どこから盗んだ資材がわからない鉄筋細工のお店がぽつぽつと立つ。


 そのうちの一つに、『キセル屋』はある。

 良心的な価格で、一般的な煙草を売る店だと噂に聞いた。


 ちなみに、少女の家はこの街区からほど近く、彼女の父親はこの左隣の店からマッチを購入した。


 マッチ売りの少女は気さくな挨拶で鉄扉を潜り抜けた。


「……じゃ、邪魔するで!」


 開口一番、十歳の少女が目指した気さくな挨拶は首を絞められたカモメのように甲高い声となった。


 だってそうだろう。

 鉄扉の先、様々な紙や葉っぱがガラスカウンターの中にある。その大人のにおいに眩むだけならまだしも、カウンターの向こう側には鉄扉が肌色になっただけの大男が立っていたのだ。


「なんだい子供じゃねえか。邪魔するなら帰ってくれ」

「あいよー……。って、そんなわけにはいかんねん!」


 少女は大男に立ち向かった。大男も、少女を見返す。


「嬢ちゃん、見かけねえ顔だな。だれんとこの娘だ」


 大男は、意外にも少女をすぐに蹴飛ばして追い出すことはなかった。

 彼女の身なりがあまりに貧相で、スラムの育ちであると大男は確信を持ったからだ。


 少女はスラムの育ちではなかったが、逞しさは人一倍あった。




 カウンターの向こう側には、ボサノバシャツのちゃらくさい兄ちゃんが、銀ピアスを揺らしながら振り向いた。

 うつろなまなこで兄ちゃんは言った。


「おい嬢ちゃん。ここは立ち入り禁止だぜ。それとも売りの子かい。だったら右三つ目の店だよ。嬢ちゃん美人だから、脱ぐなら後でおれも立ち寄るぜえ」


 売り、というのが何か瞬時に少女は理解した。

 赤くなる顔を、指の爪を立てて抑える。

 こんな輩に恥ずかしさを見せたら負けだ。


「煙草をたのむわ。三百五十クローネでニ十箱」

「ひゃっひゃっひゃ。お嬢ちゃん、そいつは無理な相談だあ。安い煙草でも五箱だな」

「……胸くらいなら揉ませてあげるけど」


 必死の譲歩だった。なんせ、他に売れるものなどなにもない。


 ――どうしてわたしはここまでするのだろう。


 その考えを遮るように、またあざ笑うように、銀ピアスの兄ちゃんは手を振った。


「ガキには興味ねえよ」


 おまえ!さっき!! はあ!?


 少女は癇癪を身の内に溜め込みながら、とにかく交渉を重ねることにした。


「じゃあ十箱で我慢しといたる。とびきり安いので」

「お嬢ちゃんはフツーの煙草が欲しいんだろ。そりゃあウチにもあるがよお、それにしたって値は張るさ。三百ちょいじゃあ買えやしない」

「安いコートは買えたで」


 年末売れ残り、しかもお店の人に懇願してようやく値下げしてもらったコートだったが。


「そりゃあ商売上手な嬢ちゃんだ。そのカゴのマッチを売ればいい」

「これは一つ四十クローネ」

「たけえよドアホ。んなもん買えるか」

「煙草と交換でええんやで」

「やなこった。……ああ、まった。そのマッチはあれか、隣のデップの奴が打ってる魔法のマッチとやらか」


 銀ピアスの兄ちゃんは、なにかを理解した途端、手で顔を覆って、うめくような声をあげました。


 少女はデップが誰かも、父がどの店で買ったかまで詳細を把握していませんでしたが、銀ピアスの兄ちゃんは少女の返事も待たずに言いました。


「あんのイカレ頭がどうせあんたに売りつけたんだろう。少女趣味のキモ男に巡り合うなんて、嬢ちゃん、災難だったなあ。仕方ねえ、十箱だけ売ってやるよ」

「おおきにな! 銀ピアスの兄ちゃん!」

「俺の名前はカリオストロだ。親父がつけた格好いい名前だろ。気にいってんだ。――ほらよ」


 箱から十箱の最安価グレードの煙草を取り出したカリオストロ。


「ただ、マッチを一箱置いていけ。吸うのに手元がなくて困ってたんだ」

「お安い御用」


 三百五十クローネと、カゴからマッチを一箱、カウンターに載せる。

 もちろん、金色マッチはポケットに入っている。

 渡したマッチ箱は、フツーの魔法のマッチだ。

 マッチのカゴに煙草も入れて店を出ようとする、マッチと煙草売りの少女。


「ねえ、銀ピアスのお兄さん」


 カウンターの向こうでマッチを擦ろうとする直前の銀ピアスが目線をやる。


「それは魔法のマッチなの。あなたには夢が見える?」


 そう言い残して、少女は煙草屋を出た。






 少女が去った後、カリオストロはマッチを擦る。

 その灯された火は煙草を焼く役目さえ担わず、床に落とされて彼の靴に踏まれる。


「……はずれだな」



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