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結果的からいえば、マッチ売りの少女が売る魔法のマッチはひとつも売れなかった。
「夢を見れますよ!」
と呼びかけて反応してくれたのは、子どもだけで遊んでいる集団だった。
マッチ売りの少女より年は小さいが身なりのいい子供たちが、少女の周りで騒ぎ立てます。
「ゆめ?」「ゆめ!」ゆめ?」「ゆめ!」
「ええ、そうやで。ほら、このマッチを擦ってみ」
商魂剥き出しの少女は、試供品として金色マッチの入ったマッチ箱――金色ボックスから、赤色マッチを一本を取り出して、男の子に渡しました。
「欲しいものを願いながらマッチを擦るだけで夢が叶うねん」
「あたらしいオペラグラスが欲しい! えい!」
マッチは火を灯した。
そして、男の子だけが目を輝かせて叫んだ。
「うわあ! すごい、新しい金製のオペラグラスだ!」
マッチ売りの少女は、反応できませんでした。
なんせ、オペラグラスが見えないのですから。
男の子の周りの子たちも、「えー」や「見えないよ」などと言う。
そうです。この魔法のマッチは、使った本人にしか見えない夢をつくりだすのでした。
男の子が周りの声に反対しようと腕を振ると、マッチの火が消えてしまいました。
「ああ、消えちゃった」
気を取り戻したマッチ売りの少女は、商才豊かに売り込みを始めました。
「火が消えるまでしか叶えられへんねん。でもな、一箱にはニ十本もマッチが入っているからな。大事に使えば、長く叶えていられるで。キミはいい子?」
「僕はいい子だよ!」
「じゃあ、マッチを長く使えるわね」
柔らかい微笑みを見せるマッチ売りの少女。集まった子たちは、彼女の営業スマイルに魅了されました。
「僕もいいこ!」「僕もだよ。お前は悪い子だろ」「僕だっていい子だよ」
「ありがとうな。みんな、ええ子やなー」
十歳の少女は、カゴのマッチをかざしていいました。
「この魔法のマッチは、一箱四十クローネする。お父さんかお母さんに貰っておいで」
少年たちは顔に亀裂が入ったようでした。
四十クローネ。
大人なら無理のない値段ですが、子供から取るには困難だと、少女もわかっていました。
だから大人たちに貰って来いと言ったのです。
「……わかった。ぼく、頼んでみる!」
オペラグラスの子が颯爽と駆けて行きました。親が近くにいたのでしょうか、公園を分断する柳の木の下で赤ちゃんに絵本を読んでいた女性を連れてきました。
「あらあら、お友達がたくさんねえ」
「お母さん、四十クローネ頂戴!」
「四十クローネも何に使うの。出店のアイスを全部食べるつもり?」
「違うよ。魔法のマッチを買うんだ」
そう会話する二人が、マッチ売りの少女のもとへとやってきました。
見るからに温厚なその母親は、少女を家から追い出した彼女の母とは何もかもが違いました。
少女は眩しい女性から目を反らします。
「あらあら。マッチ売りのお嬢さん、あなたは魔法のマッチを持ってるの?」
「ぎょうさん持っとるで」
女性は柔和な顔つきのまま、「そう」と笑います。まったく信じておらず、子供の嘘につきあってあげていると顔に書いておりました。
「本当なんだよ! 本当にマッチ売りの少女さんは魔法のマッチを持ってるんだ! 四十クローネで買わせておくれよ」
「うーん……。マッチ一箱に四十クローネは出せないわねえ。ねえ、魔法のマッチを見せてくれないかしら」
「どうぞお試しあれ」
マッチ売りの少女は、さっきのオペラグラスの反省を活かします。本人にしかわからないということは、母親にマッチを擦らせないといけない。
少女はまたもや金色ボックスから試供品マッチを取り出して、同じ説明をしながら女性に渡しました。
「欲しいものを願えばいいのね。そうねえ。じゃあ新しいベビーカーかしら――へえ。きれいな火ね」
ところが、マッチを擦っても、女性にはなにも見えませんでした。
「おいおいインチキじゃないのか」「オペラグラスは嘘だったんだな」
と、やんややんやと周りの子が男の子をからかいます。
「本当に僕はオペラグラスを見たんだ!」
少女は考えていました。
わたしはターキーを出した。この男の子はオペラグラスを。でも、女性は何もでなかった。
思いの丈が足りなかった? たしかにわたしのターキーは切実な願いだった。空腹と寒さから一番に欲しいものを出した。少年もオペラグラスを欲しいだろうけれど、ないと死ぬようなものではない。いや、それはわたしの価値観だ。
唐突に思いついた風のベビーカーは、あらわれなかった。
少女は聡い頭を回転させましたが、その本質に気づけませんでした。
「本当にオペラグラスを見たんだ! お姉さん、もう一本だけ貸して」
「あ、ちょっと」
カゴから強引に一箱を取り出した男の子は、マッチをこすりました。
「ほら! やっぱりオペラグラスはあるじゃないか!」
男の子は右手にマッチを持ちながら、左手で何かをつかむ素振りをしました。
「ほら、あそこで散歩している人はいま犬のフンを踏んだ。あそこに白い鳥がいるけれど、一枚は誰かの下着だ!」
目がいい、の一言では表現できないほど遠くの出来事を言い当てていく少年。
少年の母親は空恐ろしい気持ちになりました。
息子が変なマッチを擦っておかしなことを言いだしたのです。年が明けるまであと数時間だというのに! と女性は嘆きました。
「ちょっとあなた!」
癇癪を起こした女性は、マッチ売りの少女に怒鳴りました。
優しい面影はどこにもありませんでした。
「あなた! マッチを売るあなたよ! あのマッチには変なものが混ざっていたんでしょう! だからこんなおかしなことを言い出すのね。すぐに警察に来てもらうわ!」
女性は周りにも聞こえるように、公園中に響きわたる大声で、警察を呼びました。
「おまわりさん! おまわりさん! だれかおまわりさんを呼んで!」
大変だ! マッチ売りの少女は、警察に捕まる自分を想像しました。父も母も、それはそれは怒るでしょう。鬼のように。もしくは鬼をも射殺す化物となって。
ただでさえ怖いのに、これ以上のおっかなさになられたらあの家にはいれません。
少女は青ざめながら、助けてと願いました。
「なにかでろ、なにかでろ!」
少女は金色ボックスから一本のマッチを取り出して、頭を擦りました。
それは、金色のマッチ棒でした。
「………………え」
見たことのある景色の前で立ち竦むマッチ売りの少女。
そこは、少女の家の前でした。
「これ、アンタ。まだ行ってないのかい! そのマッチを全部売るまで帰ってくるんじゃないよ」
母親の怒号を背に、少女はカゴを見ます。
そこには山盛りのマッチがあります。
テッペンのマッチ箱を開いて、一番下を探すと、金色のマッチ棒がありました。
………………。
「もしかして、わたし、今日を繰り返してる?」
金色のマッチ棒は何も言わず、ただじっと、少女を見つめているかのようでした。