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デンマーク最後の日。と、言ったらウソになってしまう。今日は今年最後の日。でも、気分的には人生最後の日みたいなものね。
そんなアンニュイな台詞を吐くのは、マッチ売りの少女。
朝の公園は幸せな人でにぎわっていた。多くの子どもは、大人と一緒にボールを投げたり蹴ったりしている。
年明け前のおめでたい日に、公園でひとりぼっちの少女はひとりしかいない。
公園の噴水に腰かけたマッチ売りの少女は、膝を立てて頬杖をつき、自問自答していた。
自信が置かれている状況について確認するために。
わたしは十二月三十一日にマッチを売っていたわ。
カゴに山盛りのマッチを、わたしの商才で売り飛ばしてやったわ。それでも高いマッチを買う人は多くなくて、たくさん余ってしまったけれど。
これは事実のはず。
逆三角形の口ヒゲおじさんがマッチを買ってくれなかったことも、今は晴れているが夜には吹雪くことも、かじかんだ手も靴の中の泥雪も、覚えている。
マッチ売りの少女はカゴの中をちらと見やる。
「これ、魔法のマッチなのよね」
焼き立てターキーの味。舌をサーフィンする油。歯の間に挟まったもも肉。それらが消えたときの物悲しい喪失感……。
少女は全てを鮮明に覚えていた。
「とりあえず、魔法のマッチなのか調べてみないと。ただ夢を見ていた可能性も捨てきれないし。そんなにボケた覚えもないけどなあ。まだ十歳なのよ、わたし」
もし夢を見ていただけなら、公園で油を売っていないでマッチを売りにいかないと。
少女の周りは公園で遊ぶ人たちでいっぱいだ。夢を見せるマッチが本物だと知れれば奪われるかもしれない。
マッチ売りの少女は周囲を用心深く観察した。噴水の前の往来が少なくなったのを見計らって、水面の近くでマッチを擦った。
「わ、ホンモノ」
マッチ売りの少女は声を出してしまった。
だが、それくらいに驚いたのだ。
水面には金髪くるくるカールの十歳の少女と燃えるマッチ。そして、噴水の中にターキーが現れた。
少女は噴水にマッチを投げた。ターキーも消えた。
「やっぱりこれは魔法のマッチだった。こんなものが世の中にあるなんて。お金持ちはきっとこのマッチをたくさん持っているからお金持ちなんでしょうね」
マッチの箱を開いた少女。一本つかったから、この箱の中には十九本が残っている。
その十九本のなかに、不思議なマッチを見つけました。
「ん? ひとつだけ光っているものがあるわ」
一番下に埋もれていたそれを取り出す。
頭が赤ではなく金色のマッチがあった。
魔法のマッチの見た目はどれも普通のマッチと変わらない赤色だが、この金色のマッチだけは異様な雰囲気を醸し出していた。
「どうしてこのマッチだけ色が違うのかしら。もしかしてアタリ? 駄菓子屋に持っていけばもう一箱とか」
カゴの中の他のマッチ箱を開いてみる。他のマッチ箱にはなかった。
「やっぱりアタリだわ。ヒット! でも、どこに持っていけばいいのかしら。魔法のマッチを買ったのはお父さんだから」
それに、とマッチ売りの少女は思う。
教えてしまえば父は魔法のマッチを独り占めするだろう。そして、わたしには別の普通のマッチを売らせるようとする。
四十クローネのマッチなんて売れるわけもないが、たかだか数クローネのマッチだってそうたくさん売れるわけがないのだから。
マッチを売り切るまで帰ってくるなとは、宣告であった。最後通牒だ。
マッチ売りの少女は、売れないマッチを売り続ける限り、今日死ぬ運命なのだ。
「なんとか回避できないかしら、このバッドエンド」
回避する条件は、すべてのマッチを売ること。
とはいっても、妙案が浮かぶわけもない。
できることと言えば、マッチを擦ってひと時の幸せな夢に浸ることだけだ。
「とりあえず、アタリは置いておきましょう」
マッチ売りの少女は金色マッチが入った箱をポケットにしまった。
「夢を売り物にすれば、四十クローネは高くないかもしれない」
マッチ売りの少女の純粋無垢だった瞳に、マッチ一本分の炭素がまじる。