6:『母親』
感想・評価・ブクマ等ありがとうございますっ
夜白ちゃんが子供らしさを見せます。
案外伏線が張ってあったり……
知らない天井だ――ということは無い。ログインする前に一度見ている。
上体を起こすと、部屋はすっかり暗闇に包まれていた。自分一人しかいない静かな部屋は先程までの、ゲーム内の喧騒が嘘のように思える。
「んん――っ」
喘ぎ声にも似た妙に色っぽい声を漏らしながら、夜白はシーツの上で大きく伸びをした。
犬のようにぶるりと体を震わせた後、乱れたワンピースを着なおして脚を床におろす。
ドアの隙間からは一筋の光が覗いており、調理をする音がうっすらと聞こえる。養母が夕食を作っているのだろう。
少し食事の事を意識しただけだったのだが、夜白のお腹はくぅ、と空腹を訴えてきた。
「……ごはん」
まどろむ意識を制して立ち上がると、貧血なのか目の前がブラックアウトしていく。倒れそうになったがなんとか踏ん張り、貧血が収まるまで1分程待った。
ようやく歩けるようになった足に鞭打ってなんとかドアを開き、短い廊下へと脱出する。
ふらふらと階段を降りた先にあるリビングのドアを一気に開くと、LEDの光が夜白を襲った。
眩んだ目をごしごしと擦りながら、夜白はおぼつかない足取りで室内に入った。
「――おはよう?」
「おはよー夜白ちゃん。ゲームどうだった?」
「……面白かった」
リビングの中心には座り心地のよさそうなソファが置かれており、その正面には大き目のテレビが設置されている。間に置かれた四角いテーブルの上には、色々な店のビニール袋が無造作に放置されている。
リビングの奥――台所側には長方形のダイニングテーブルがあり、台所から出てきた養母が食器を並べていた。
「今夜、私もやろうかなー? 夜白ちゃん一緒にやろ?」
フライパンを片手に嬉しそうに鼻歌を歌う養母を見て、夜白の表情筋は自然と緩まっていた。
夜白は少し俯いた後、
「……うん」
とだけ返事をした。
当然、レアなデレシーンを眼前にした養母が耐えきれる筈も無く、そのまま夜白を抱きしめる。
「あぁ、夜白ちゃん可愛すぎる」
「――親ばか」
「むすっとした夜白ちゃんも可愛い件」
しばらく夜白をもふもふと堪能した養母は、早速意気込んで調理を再開する。
養母が気合を入れて料理するのを見た夜白の脚は、自然と台所へと動いていた。
夜白は養母のエプロンの裾をつまみ、ぽつりとつぶやいた。
「……手伝う」
「ぶふぉっ」
今にも鼻血を吹き出しそうな養母を横目に、夜白は茶碗に炊き立ての白米をよそっていく。
今日の夕食は白米とサラダ、そしてハンバーグ。オーソドックスなメニューだ。
夜白は次々と料理を盛り付け、ダイニングテーブルへと運んでいく。NRWの感覚が抜けていないのか、足音は一切しない。無意識とは恐ろしいものである。
まぁ、それに全く気付かない養母も大概であるのだが。
透明のガラスコップに水を注ぎ終え、二人は木製の椅子に腰かけた。
「いただきます」
「いただきまーす」
養母がとんでもない勢いで料理を平らげていくのを眺めながら、夜白はハンバーグを口に含んだ。
美味しかった。養母の実力はプロの料理人だろう、と感嘆する。
ぽたり、と雫が落ちるのを見て、ハンバーグの肉汁を溢したのかと少し恥ずかしくなった。
「――あ、れ?」
否、違った。口元は全くと言っていいほど汚れていなかった。
養母が異変に気付き、慌てふためき始める。
「どうしたの夜白ちゃんっ、不味かった!?」
「ちが――おいし、くて――」
雫が頬を伝って、ワンピースに点を作っていく。涙だった。
夜白は『訓練』の教えの通りに涙を止めようとするが、無駄に終わった。
――なんで?
原因不明の涙に、夜白は何とも言い知れぬ不安感を募らせる。
――こんな顔、見られたくない。そう思った。
両手で顔を覆った直後、夜白は不意にぎゅ、と抱きしめられた。
「ぁ――」
あたかも、ダムが決壊したかのように。
とめどなくあふれる涙が、養母のエプロンを汚していくのを申し訳なく思いながら。
夜白は母の腕の中で一切嗚咽を漏らすことなく、ひたすら静かに泣き続けた。
* * * * *
「さっきは、その、ごめんなさい」
すっかり冷めきってしまった食事を終えた夜白は、養母に頭を下げた。
本当に、申し訳ないと思っていた。
養母のエプロンを汚した挙句、せっかくのご飯まで冷ませてしまった。
もったいないと思い、夜白はしゅんと顔を俯かせた。
そんな様子に気付いたのか、養母はそっと夜白の頭に手を置く。
――あったかい。
人に憎悪や嫌悪といった悪感情を向けられることはあっても、優しさといった感情を向けられるのは、初めてのことだった。
「夜白ちゃんは悪くないわ」
「……ありがとう」
空気の読める優しいお姉さんだと、そう感じた。
「それが母親ってもんよ」
夜白の思考を読んだのか、養母は当然のことだと言い放つ。
母親。一瞬、『前の』母親を思い浮かべてぶんぶんと首を振った。
養母は複雑な表情を浮かべた後、どこかぎこちない笑顔を浮かべた。
「さっ、お湯は入ってるからお風呂入ってきなさいな」
「――うん。そうする」
「いってらっしゃーい。私はゲームのこと調べてるわー」
先程までシリアスな雰囲気だったのに、ころりと空気が変わった。素直に尊敬できる技術だ。
養母に後押しされながら夜白は部屋に着替えを取りに行き、風呂場へと向かって行った。
号泣といえば。
こ"の"よ"の"な"か"を"、か"え"た"い"!