5:喫茶店とおっさんと
本日もやってまいりました。
今回は(多分)長めです
「……? やけに視線を感じる気がする」
街に戻ってからというと、プレイヤーの視線がやけに夜白に集中していた。ちなみに夜白は今、噴水のある広場で行き場もなくうろうろしている。
自分より可愛い女の子も(多分)他にもいるのに――そう不思議に思って首に傾げると同時に、特に女性陣から黄色い声が上がった。
「何あれ可愛い!」
「お人形さんみたい。あっ、こっち見た!」
女としての威厳や尊厳といったものは無いのだろうか。同じ女として、見てて少し恥ずかしくなってくる。
周囲の様子をチラチラと確認しながら歩いていると、前方からプレイヤーが一人歩いてくるのが目に入った。強そうなごつい鎧を身に纏い、背中に大剣を背負った、いわゆる中年のおじさんである。
おじさんはまるで娘と接するかのような雰囲気で、夜白に話しかけてきた。
「お嬢ちゃん。よければだが、その白いワンピースについて教えてくれないか?」
「いいよ。私も分かんないけど」
「いいのか!」
おじさんがやったと言わんばかりに声を張った。もう少し静かにしてほしい、と心底溜息を吐く。
ワンピースの胸元でひらひらと顔を煽いでいると、夜白は周囲の男性プレイヤーの視線が卑猥なものになっていることに気付いた。日本にロリコン人口が激増している、と吐き気が催される。
チラリと目の前に目をやると、そこにはやれやれと呆れて肩をすくめるおじさんがいた。完全に娘扱いしているらしい。
「――はぁ、最近の若い娘は……」
「邪魔が多い。静かなとこつれてって」
「あ、あぁ。とりあえず近くの喫茶店でいいか?」
「わかった」
少し項垂れ気味のおじさんは再度溜息を吐いて歩みは始める。
ゲーム内時間にして3分程。二人は広場から少し離れた通りにある、落ち着いた雰囲気を放つ一軒の喫茶店の前で足を止めていた。
「ここ?」
「あぁ、ここのメシはうめぇんだ。おごるぜ」
「いいの?」
おじさんは喫茶店のドアノブに手をかけ、少し間を置いてからしみじみと口を開いた。
「もちろんだ――それにお前さん、俺の娘に似てるんだ」
「そう。その娘さんは?」
おじさんが口ごもるのを見て、これは地雷だったと夜白は息を吐く。
「ごめんなさい。今のは忘れて」
「いや、いいんだ。とりあえず入ろう」
がちゃりと音を立てて店内に入るおじさんに、夜白はついていく。
「いらっしゃいませ」
内装は木のゆったりとした色を基調とした、落ち着いたデザインだった。ウェイトレスは全員女性で数人しかいない。そのため、席も5席と少ない。
客が一人もいない為、仕事は殆ど店長らしき女性プレイヤーが行っているようだ。ちなみに、店長は茶髪を後ろで括った美人なお姉さんである。
夜白が見つめている事に気付いたのか、店長は微笑んで軽く手を振って店の奥――おそらく厨房に消えていった。
「さて――」
手頃な席に向かい合って座り、おじさんは数拍置いてから重い口を開いた。
「好きなものを頼んでいいぞ」
「――紅茶。ダージリンで」
話より注文を優先させるおじさんに対して、夜白はそっけなく答えた。
……筈なのだが、おじさんは反抗期の娘を見るような雰囲気を纏って心配してきた。
「それだけでいいのか? 遠慮しなくていいんだぞ?」
「大丈夫」
「そうだよなぁ。知らないおじさんだもんなぁ……」
おじさんは小さく溜息を吐きながら、ウェイトレスさんに注文を頼んだ。ウェイトレスさんが厨房に消えていった直後、「いよっしゃあぁぁぁぁ!」と店長の声が聞こえた気もするが、夜白はぶんぶんと首を振って否定した。
「それじゃあ、本題に入ろう。そのワンピースについてだが――おっと、自己紹介がまだだったな。」
おじさんはごほんと咳ばらいをし、自慢げな笑みを浮かべた。
「俺は噂の『グランド』、大剣使いだ! よろしく頼むぜ」
「ヤシロ。職業は暗殺者。よろしく」
夜白が無表情で言った直後、双方が沈黙した。「ぽくぽくぽく、ちーん」、と聞こえそうである。
おじさん改めグランドは目をぱちくりとさせ、夜白の反応を窺った。美少女がやるならまだしも、中年のおっさんがやる所業ではない。
「――えっ、反応それだけか? ていうか暗殺者?」
「暗殺者よ」
「あの最弱と言われてる?」
「?」
こくりと首を傾げる夜白につられたのか、グランドが首を傾ける。だからおっさんがやる所業じゃない、と夜白は吐きそうになった。
夜白が一方的にドン引きしていると、ウェイトレスがお盆をもって歩いてきた。お盆の上にはカップが二つ乗せられており、良い香りがしそうな湯気がもくもくとのぼっている。
「あのー、コーヒーと紅茶をお持ちしましたが……」
「ん、ごめんなさい。おじさんが女の子みたいなことするから」
「頼むからやめてくれ!」
「え、あ……そうですか」
「もう大丈夫。ありがとう」
ドン引きしているのを必死に表情に出さないように、と頑張るウェイトレスさんを後押しし、夜白は本題に引き戻そうと考える。
夜白はインベントリを開き、『聖狼の衣』の文字をタップした。
「えっと、『聖狼の衣』――ユニーク装備? でVITがプラス30、AGIがプラス60って書いてる」
「ユニークだと!?」
グランドが勢いあまって席から飛び跳ねた。ウェイトレスさんたちも夜白と共に怪訝な視線をグランドに向けており、その一方で厨房からは店長が目を光らせて飛び出してきた。
「グランド、うるさい」
「うっ、すまん」
顔を赤くして再度席に着いたグランドは、目を閉じてうなりながら何かを考え込んでいた。
グランドはゆっくり目を開き、夜白の紅い瞳を見つめた。
「スキルは、何がついている?」
「スキル――って何?」
「え、そこからか?」
困った表情のグランドを見て夜白が首を傾げた直後、テーブルが勢いよくバン、と叩かれる。
ビクリと驚いて視線を上げると、そこにはやや興奮気味な店長の顔があった。
「スキルは技能や能力と言った意味で、このゲームでは攻撃したり魔法を撃ったり、回復したり色々するときに発動する技の事よ!」
「どうやるの?」
「――基本的には技名を言うだけだ」
今度は頬を引きつらせたグランドが口を挟んだ。その目は信じられないものを見た、という驚愕の色に染められている。
夜白が半信半疑で『暗殺術スキル』をタップすると、いくつか技名らしきものが表示された。
「こんなのあったんだ」
『気配隠蔽』や『忍び足』、短剣スキルのスラッシュ等、そう少なくない数のスキルが表示されるのを、夜白は興味津々で眺め始めた。
完全に自分の世界に入ってしまった夜白に聞こえるか、聞こえないかくらいの声量で、店長とグランドがひそひそと話しを始める。
「スキルなしでユニーク装備? ちょっとそこのおっさん、この娘ヤバいんじゃない?」
「おっさんじゃねぇ、グランドだ。まぁ、お嬢ちゃんは異常かもしれんな」
一通りスキルを見終わった夜白は、グランド――ではなく店長に向けて、疑問を口にした。
「――それで、なんで暗殺者が弱いの?」
「それはな――」
「それはね、『気配隠蔽』や『忍び足』を使っても不可視化が出来なくて、全然暗殺が出来ないからなの。それに、基本的に暗殺者はVITに振ったりしないから、すぐにやられちゃうのよ」
話し始めた所で店長がすらすらと説明してしまい、グランドは不満そうにぶーぶーと唇を尖らせる。ちなみに、この時点で夜白の吐き気は最高潮に達した。
「うっ」
それは店長も同じだったようで、後ろを向いて口元を抑えた。
「それじゃあ、スキルは説明にあるかっこのやつ?」
「あぁ、そうだ」
夜白は再度インベントリを開き、『聖狼の衣』をタップした。
「それなら【破壊不可】と、【身軽】って書いてある」
「うおっ、完全にユニークだな」
「それで、どこで手に入れたの?」
「『セイントウルフ』ってモンスター倒したら出てきた」
『セイントウルフ』。その名前を出した瞬間、二人は凍り付いたかのように沈黙した。
目は見開かれ、口はあんぐりと開けられ。夜白の無表情が歪むほどの変顔だった。
「……ちなみに、どうやって倒したの?」
「首を二回刺した」
「それだけ?」
「それだけ」
深く溜息を吐く二人を見て、夜白は再度首を傾げた。
このゲーム、難しいなぁと一人思案に暮れていると、グランドが一つ提案をしてきた。
「はぁ。礼の一つとして、このゲームについて教えてあげようと思うんだが、どうだ?」
「よろしく。でも今日は一旦ログアウトする」
夜白はメニューを開き、時刻を確認する。17時半、丁度いい時間だ。
「じゃあフレンドに――って駄目か」
「いいよ」
「だよなぁ、流石に知らないおじさんと――え?」
「いいよ」
「お、おぅ。じゃあ送るぞ。分かるか?」
「大丈夫」
グランドが手元を操作すると、ピコンと電子音が鳴ってウィンドウが出現する。
『グランドからフレンド申請が届いています。承認しますか?』
夜白は躊躇うことなく『はい』を選択し、グランドの方へと向き直った。
「あっ、私も私も」
店長も続けて手元を操作した直後、夜白の頭の中に電子音が響く。
『アクアからフレンド申請が届いています。承認しますか?』
夜白は『はい』に触れ、こくりと頷いた。
「……それじゃあ。また今度」
「後でインするのか。俺も多分いるぜ」
「私もいるわね」
「そう、ならまた後で」
夜白はメニューを開き、『ログアウト』をタップする。
次の瞬間、夜白は白い光に包まれた。