3:ログイン
クリボッチなのでもう一話
『新世界へようこそ』
目を覚ますと、夜白の手元には半透明のウィンドウが浮かんでいた。
『キャラクタークリエイトを開始します』
男とも女とも似つかない機械的な音声が頭の中に響き、ウィンドウが切り替わる。
夜白は名前の入力欄に『Yashiro』と入力し、次の項目に進んだ。
お次はキャラメイクのようだ。が、変えられるのは髪や、顔立ちと目の色だけらしい。
確かに体格や性別を変えてしまったら、現実に影響が出るかもしれない。妥当なところだろう。
「……現実の外見? 怪しい」
容姿については特に変更することなく、次に進む。
『職業を選択してください。適応職業をサーチ中――完了しました。表示します。』
再度切り替わったウィンドウを見て、夜白は頬を引きつらせた。
「……職業、暗殺者しかない」
『職業選択』なだけあって複数から選ぶはずなのだが、夜白に適応しているのは『暗殺者』だけのようだった。現実の得意不得意が少なからず影響するのだろうか。
「まぁ、いいか」
暗殺者を選択して『完了』に触れる。
最終確認のウィンドウが表示されたので、夜白は躊躇いなく『はい』を選択した。
『キャラクタークリエイトを完了しました。ログインします――』
次の瞬間、夜白は光に包まれた。
チュートリアルや説明的なモノは、一切なかった。
* * * * *
気付いた時には、噴水の前に棒立ちしていた。
周囲に広がるのは中世風の街並み。様々な店や民家の他にも、遠くには巨大な城や、闘技場らしきドーム状の建造物などが建っているのが見える。
夜白が着ているのは、初期装備だと思われる一枚のローブだけだった。靴も飾り気のない、普通のスニーカーだ。
とりあえず「メニュー」と呟いてみると、半透明のウィンドウが一枚、目の前に浮かび上がった。他の人が何も見えない空中に指を滑らせているのを見るに、自分以外には見えないのだろう。
ウィンドウの一番上には現実の現在時刻が表示されており、順に『ステータス』、『インベントリ』、『フレンド』、『パーティ・ギルド』、『その他』、『ログアウト』とある。『その他』にはインターネットや決闘などの動画閲覧、運営への問い合わせとヘルプその他もろもろがある。便利そうな機能も多くある。
動画の撮影・編集・某動画サイトへの投稿機能も備わっていて、アフェリエイトで稼ぐことも可能なようだ。
夜白は体感で一分ほど経ったので、ちらりと時刻を見た。
ゲームの中では時間の流れが違うのか、現実では30秒しか経っていなかった。どうやら、時間の流れは二分の一らしい。二倍の時間を過ごせる故に、インターネットや勉強目的でも十分な利用価値がある。
「ほー」
夜白は興味深そうに唸り、『ステータス』をタップした。
―― Yashiro LV1 ――
職業:暗殺者
HP:25
MP:15
STR:6
DEX:14
VIT:5
INT:5
AGI:20
スキル:暗殺術LV1
「ほー。次は『インベントリ』っと」
続いてインベントリを開いてみたが、中には短剣が一本しか入っていなかった。
「……しょっぱい」
夜白は残念そうにつぶやきながら、とりあえず入っていた短剣を装備して街の中を歩くことにした。如何にも高価そうな鎧を身に纏う屈強な男や、騎士風の女の人などなど。プレイヤーとNPCとが入り混じるその光景は、十分にファンタジー感を醸し出していた。
しばらく歩いたところには巨大な門があり、その両端には鎧を纏った門番らしき男が佇んでいた。
初心者らしき、夜白と似たような装備のプレイヤー達が門の外に出ていくのを見る限り、レベルの低いモンスターがいるのだろう。
「行ってみよ」
そう呟いて、夜白は門の外へ出た。門番は暇そうに突っ立っているだけで、特に何か言ってくることは無いようだ。
街の外には、草原が広がっていた。
草原のあちこちでは、パーティを組んでいるのであろう複数のプレイヤーと、見るからに弱そうな兎のモンスターが戦闘を繰り広げている。
だだっ広い草原の周りには森が広がっており、如何にも兎なんかよりよっぽど強いモンスターが出現しそうな雰囲気を醸し出していた。
「……試しに一匹」
少し離れた位置に佇んでいる兎に標的を絞って、気配を消して近づいていく。この気配の消し方はスキルではなく、現実で身に着けた技術だ。
夜白は腰にぶら下げた短剣をそっと抜き取り、兎の背後に回った。兎の上にHPバーが表示される。兎は『ホワイトラビット』というらしい。
夜白はそれを気にも留めず、短剣を首に押し当てて躊躇なく突き刺した。
「キュッ」、という断末魔を残して、兎が崩れ落ちる。表示されていたHPバーは一瞬で消失し、HPが全損した事を示した。
『レベルアップ:レベルが2に上昇しました。暗殺術スキルがLV2になりました。』
ファンファーレが鳴り響くのと同時に、目の前にウィンドウが表示される。ドロップアイテムは無かった。
「――意外とあっけない」
他のプレイヤー達が奮闘しているのを横目に兎を狩りながら、夜白は森の中へと進んでいった。