2:購入
夜白は現在、養母と共に街路を歩いていた。
夜白のシミの一つもない肌の白さを、腰まで伸びた銀髪と真っ白なワンピースが引き立てている。その双眸は、あたかもルビーのように紅く輝いていた。
日傘の陰に隠れてはいるものの、道行く人がアルビノの特徴を持つ夜白に目を引かれるのは当然の事だった。
写真をぱしゃぱしゃと撮られる程に美しい容貌をしているが、養母が何故か警官の制服を着たまま歩いているので写真を撮る者は一人も現れなかった。養母と斎藤曰く、夜白に危害が及ぶのを防ぐためだそうだ。
一応、パトロールも兼ねているようだが。
「夜白ちゃん、次はどこ行きたい?」
「どこって言われても……」
ショッピングセンターだけで十分だというのに、衣服店で養母に着せ替え人形にされていた夜白は疲れ果てていた。今すぐにでも帰りたい気分である。
夜白が逡巡していると、養母の腹から可愛らしい音が響いた。
「うっ……よし夜白ちゃん、ご飯に行きましょう!」
「……そうする」
「何食べたい?」
「野菜」
養母はその言葉を聞いて、「うっ」とうめき声を漏らした。
養母がぶつぶつと独り言を呟き始めるのを見て、夜白は首を傾げた。
「やっぱり夜白ちゃんが痩せてるのは野菜のおかげなのね……そうですよ……私は肉食ですよ……だから主任に振り向いてもらえないんですよ……」
「おかーさーん?」
「何でもないない。で、どこにする夜白ちゃん?」
夜白は「やっぱり両想いだった」、と内心呟きながら、徒歩五分程の所に位置するレストランを指定した。
養母は夜白の手をぎゅっと握り、早速歩み始めた。
「よし、出発進行! レッツレストラン!」
やたらと力の強い養母に引きずられそうになり、夜白は慌てて脚を動かし始めた。
――が、ビル一棟分歩いたところで歩みを止めた。
「ん? どうしたの?」
養母が心配そうに顔を覗き込むのを気にもせず、夜白はじっ、と某家電量販店の窓に外張りされたポスターを見つめる。
「世界初! 完全没入型VRMMORPG! ニュー・リアル・ワールド」
「これ……欲しいの?」
「――うん。やりたい」
「うぅ……高い……」
そのお値段、三万円程である。よっぽどの金持ちでなければ貯めないと買えないレベルであるが、今までの家庭用ゲーム機と同じ程である。
オーバーテクノロジーを用いているであろう新世代のゲーム機としては、破格の値段だ。
お値段を凝視しながら悩む養母を見て、夜白はぽつりとつぶやいた。
「お金なら、ある」
「えっ?」
「私の口座に入ってる。両親のじゃなくて私のだから、養女になる時に所有権が戻った」
「……じゃあおろしに行きましょうか。なんか申し訳ないけど」
少しげんなりしながら、養母は丁度隣にあったATMに夜白を引き連れていく。
自動ドアが開き、無機質な電子音が鳴り響く室内に足を踏み入れる。丁度皆お昼に出ているところなのか、人はまばらだった。
夜白は適当に選んだATMの前に立ち、キャッシュカードを取り出す。
引き落としを選択して暗証番号を入力し、必要金額に15万と入力して「はい」に触れた。
「ぶっ」
「――?」
入力した際に養母がせき込むのを見て、夜白は首を傾げる。
諭吉さんが一五枚顔を出したのは、ほとんど同時の事だった。
* * * * *
「私が夜白ちゃんに買ってあげようと思ったのに……お金……お金……」
夜白と養母は、とあるファミレスの一隻に座っていた。ちなみに、木製のテーブルの上に料理はまだ無い。注文してから、かれこれ10分である。
二人は銀行で万札をおろした後、異常な速さでゲーム――「ニュー・リアルワールド」を『二台』購入した。大金を持ち歩くのが怖いから、という養母の主張であったのだが。
――閑話休題。
「夜白ちゃん――」
席に向かい合って座っている養母が、言い辛そうに口を開く。
夜白は何を聞かれるのだろう、と覚悟を決めた。
「――ぶっちゃけ、いくら入ってるの?」
「忘れた」
その質問は予想の斜め上だった。
対して、夜白の返答はそっけなかった。まぁ、覚えていないのは事実であるのだが。
夜白はそれでは返答として不足だろうと思い、続けて口を開いた。
「多分、桁は億単位」
「ブッ、ゴフッゴフッ!」
丁度氷水を飲んでいた養母が激しくむせた。
収まるまで三分程、席には咳の音だけが響いた。
「勉強道具も買った。服も買った。食料も買った。よし、ご飯食べたら帰ろう、おかーさん」
「ははーん、早くそれやりたいのね。以外に子供っぽいところあるじゃない」
「娘と一緒にゲームがやりたいと土下座でせがんできた母親は――いずこへ?」
「すいませんでした」
* * * * *
昼食を終えた夜白は帰宅してすぐに、用意されていたベッドに寝転がっていた。
「――ふぅ」
養母はまだ『ニュー・リアル・ワールド』――略してNRW、あるいは『ニューリワ』を始めないようなので、夜白はお先にやってしまおう、と箱を開封した。
だらしない姿勢のままごそごそと中身を漁り、シーツの上にぼとぼとと落としていく。
中身はヘッドギアにコンセント、そして一枚の紙だけだった。
仰向けになり、紙を広げる。
「コンセントと本体を繋ぎ、本体の電源ボタンで起動してください。」
説明はそれだけだった。
夜白はコンセントを繋ぎ、説明書通りに電源を入れる。
夜白の意識は、ゆっくりと落ちていった。