25:夜白の答え
急展開です。
……急すぎるかもしれません。すいません。
――予選、第四戦目。
『Winner:Nyar』
夜白達のブロックとは異なり、ナイアは高レベルの相手と当たっている筈なのだが、それを一瞬で撃破していた。そう、あの不気味な術で、である。
夜白が『不気味な術』、と称するのには理由がある。
「……まただ」
「ん? ヤシロちゃん、どうしたの?」
「ナイアと戦ったプレイヤー、戻ってきてない」
例外はある。不戦勝となった、対しゅにん戦だ。
「……何ですって?」
一連の事情をなんとなく理解しているからなのか、アクアがピクリと眉をひそめた。ナイアと同じく、アクアとグランドも着々と勝ち進んでいる。当然、夜白もであるが。
「兎も角明日の本選――次ナイアと当たるのはアクア」
「……そうね」
「嫌な予感がする。棄権した方がいい」
ガタリと椅子から立ち上がり、夜白はアクアを見据える。
「無差別――では、ないわよね」
「……ん。しゅにんも入ってた」
「心当たりは?」
「ある」
しゅにんが含まれていた――という点もだが、ナイアの対戦相手には共通点がある。
――警官なのだ。
どこか見覚えのあるプレイヤー。それは夜白が以前フジヤマの依頼を受けた際に、書類に記載されていたターゲット。
夜白のターゲットではなかった為詳しくは知らないが、『警官』だという覚えはある。
そしてしゅにん――斎藤が言っていた、警官の行方不明及び、殺害事件。
「……繋がった」
夜白が一人呟くと、アクアとグランドが心配そうな表情を浮かべた。
「私は――関わらないほうが、いいわよね」
「俺もか?」
「……そう、だと思う」
次戦がアクアなのだとしたら、既に手遅れなのかもしれない。グランドも、勝ち進むことを前提にトーナメントが組まれていたのだとしたら、アクアの次に当たる。
そして数人のトッププレイヤーを経て、最後に夜白だ。
「……まさか」
――手遅れ。その言葉で気付く。
このゲームをプレイしている最中は、現実の五感が完全に遮断される。どういった原理なのかは不明ではあるが、それによって一つの可能性が出てくる。
流石に脳を焼き切る等といった装置は付けれないと思うが、プレイ中にプレイヤーを暗殺する事は可能、なのだ。
「……ヤシロちゃん?」
もし、それが狙いなのだとしたら。
「ごめんなさい、落ちる」
「どうしんだ嬢ちゃん、何があるか分かんねぇんだ、事情くらい――」
グランドの静止を無視して、夜白はメニューウィンドウを開く。
「『ログアウト』」
心の中で申し訳なく思いながら、夜白は『ログアウト』の文字へと触れた。
数秒後、現実の自室のベッドの上で夜白は目を覚ます。ログアウトが出来ない――と言った事態は、起きないようだった。
窓の外はもう薄暗くなっており、お化け……ではなく、暗殺者が出ないか少し心配になってしまう。否、暗殺者がいるのなら、夜白の命は既になくなっている事になるのだが。
「まだ、大丈夫」
血や硝煙の匂いは、一切しない。養母も無事。
そういえば、養母をログアウトさせるのを忘れていた。最も、サリーの見張り役として必要だとは思うが。
斎藤は――外出しているようだ。仕事が入った、と言っていた件だろうか。養母が仕事をサボるのは意外だったが。
「どうしよう、か」
斎藤の行き先は知らないが、今一番危険な状態なのは斎藤だろう。
助けに行くか、否か。
「……行こうか」
結論は、是。
まだ死ぬと確定したわけではないが、母の思い人を見捨てるなど夜白には出来ない。それに、個人的にも恩がある。
――得物は、無い。
もし戦闘があるのなら、素手で戦う事になってしまう。流石に夜白でも、素手で銃を持った成人男性を相手するのは厳しいものだ。
「仕方ない」
諦めるしかない。夜白は寝具からワンピースに着替えて部屋を出る。
――すっかり見慣れたこの家とも、今日でおさらばかもしれない。
この家に居たのは、何日なのだろうか。
――三日。まだ、三日目だ。
「……早いなぁ」
確かに、夜白を取り戻そう――とか、口封じの為に殺害しよう――とか企まれるのは理解できる。標的に逃げられないように、自由になって直ぐに仕掛けることも父と母から教わった。
何も、分かり切っていた事ではないか。
「……これが、普通。私の、常識」
たった三日でも。刑務所での生活でも。平和ボケしてしまった夜白がいる。
「……おかーさん」
養母の部屋の前で、夜白は足を止める。
恋しい。養母の腕の中が。養母の料理が。
――夜白は今まで、愛情と言ったものを知らなかった。
夜白に向けられるのは『兵器』としての、殺すための『道具』としての有用性を問う視線。そして、アブノーマルな『性』の対象としての、品定めするかのような、不快なあの目。
――そして、ターゲットの激しい憎悪。
気付いた時には、夜白の体は動いていた。
養母に買ってもらったノートを破り、ペンを滑らせる。
『おかーさんへ
私はさいとーの所に行きます。多分、戻ってこれないです。
だから、私の事は忘れて、とっととさいとーとくっついてください。
短い間でしたが、養女になれて幸せでした。たのしかったです。
サリーのことは、おかーさんに任せます。
ただし、この件には一切かかわらないでください。
三日間、ありがとうございました。』
「これでいいの、かな」
夜白は、手紙なるものを書いた事がない。勝手が分からないが、こんなものでいいのだと思う。
「ん。さよーなら、おかーさん」
扉と床の間にはさんで筆箱を重し代わりに乗せ、夜白は身を翻す。
これで、いいのだ。これで、良かったのだ。
これで、養母はもう事件にかかわらない。夜白の引き起こした惨劇に、巻き込むことはないのだ。
そう、おそらくだが、夜白が引き起こしたのだ。
養母とアクア、そしてグランドは、夜白がいなかったらこの件には巻き込まれなかった筈なのだ。
――もう、夜白は涙を流さない。
これからする事は、斎藤を救い、アクアとグランド、そしておかーさんを事件から遠ざけること。不器用な夜白には、刺客を殺す事しか出来ない。しかし、それで十分だろう。
玄関――は駄目だ。部屋の窓から出ることにしよう。
日が落ちた窓の外を、ぼうっと眺める。窓を開けると、湿度の高く、冷たい夏の空気が肌を刺激した。いつもは鬱陶しいのに、今は何故か心地よく感じる。
夜白は窓のふちに足を乗せて、屋根の上へと跳躍した。
「……さようなら」
「いってきます」は、もう言えない。
――帰る場所など、無いのだから。
* * * * *
――同時刻。NRW闘技場酒場。
「夜白ちゃん!」
慌てて駆け込んできたミサミサの様子に、何事かとプレイヤー達の視線が集まる。
それに反応するプレイヤー二人――アクアとグランドの元に、ミサミサはすかさず駆け寄った。その表情に浮かぶ焦燥は、事態の深刻さを物語っている。
「グランドさんっ、夜白ちゃんは?」
「嬢ちゃんならなんか焦ってログアウトしやがったが……どうしたんだ?」
グランドの心配そうな視線にミサミサは少し考え込み、やがて、事情を口にした。
「サリエルちゃんが――」
「……まさか」
アクアが唇を噛み、グランドが拳を握る。アクアは兎も角、グランドは今は亡き娘の事を思い返したのかもしれない。
二人の表情に口を噤みそうになりながらも、ミサミサは続けた。
「――突然、消えたの」
もう終わっちゃうと思ったそこのあなたッ
まだ続きますよッ
(未回収の伏線とかが結構残ってます)




