1:殺し屋は養女になる。
本日二話目。
『殺し屋』、谷口 夜白は今、日本の警察に保護されていた。
両親が逮捕されたので、夜白は留置という形で保護されているのだ。
「はぁ――暇」
警察の某施設にある小さな部屋で、夜白は布団の上に寝転がりながら溜息を吐いた。
がらんどうとした部屋の中には質素な布団と木製の机、設置された個室には和式トイレがある。逆に考えれば、それくらいしか物が無いと言える。
警戒はされていても、配慮はされているのだろう。14歳の乙女である夜白は、他の囚人達とは遠く、離れた別室に留置されていた。
することと言えば一日三回の食事に、排泄行為と水分補給。そして二、三日に一回のカウンセリングだ。
言ってしまうと、それ以外は暇を持て余していた。
「筋トレしてなかったら絶対太ってた」
平気で人を殺してきた夜白も結局は乙女。そうなるとやはり、一番気にするのは体型である。特にお腹回り。
そんな悩みを抱えている夜白に、若いおまわりさん(女)が気を使って体重計を貸してくれたりと、夜白は以外にも不自由ない牢獄生活を送っていた。ちなみにそのおまわりさん(女)は、谷口美咲という。
――しかし、そんな生活も今日で最後である。
かちゃん、と不意に鉄の扉が開かれる。部屋に入って来たのは、黒髪を後ろで結んだ若い女性――いつぞやの体重計をくれた谷口である。
ついでながら言うと、谷口は結構美人さんだったりする。
「夜白ちゃん、出発しますよー」
「はい」
夜白は軽い返事を返して立ち上がり、谷口の元へととてとてと歩いて行った。
谷口はにっこりと微笑んで、夜白の長い白髪を右手でわしゃわしゃと撫でる。夜白は目を細めて、谷口の左手をきゅっと握った。実際、気持ちよかった。
「あーっ、夜白ちゃん可愛い! どうしてこんな人懐っこい子が!」
「あまり騒がないでください――おかーさん」
「可愛いー!」
「はぁ……」
――そう、夜白は谷口の養女になるのだ。
苗字が『谷口』なのもその為である。元々の苗字は異なるのだが。
谷口――改め養母は、勢いあまって夜白を抱きしめた。夜白は反射的に部屋の外を見てしまい、そこに一人の若い男性が立っているのが視界に入った。
首からぶら下がっている名札には、『斎藤和樹』と姓名が書かれている。
その様子を眺めていた男性――斎藤は、ピクピクと頬を引きつらせていた。
「おかーさん……後ろ」
「えっ」
「谷口ぃ、ここでやるなと何度言ったら分かるんだ?」
「しゅ、主任!? あわわわわわわっ」
養母は慌てて振り返り、斎藤を見た瞬間に青ざめた。夜白はその様子をどこか嬉しそうに眺めていた。どうやら、斎藤は主任らしい。つまり養母の上司に当たるわけである。
斎藤はやれやれと肩をすくめてから溜息を吐き、くどくどと説教を始めた。
「谷口、その子の養親になるんだからもうちょいしっかりやれ。けじめをつけろ――いいか?」
「はいぃっ!」
こくこくと頷く養母を見て、斎藤が再度溜息を吐く。養母はいつもこうなのだろうか。だとしたら格好悪い――と夜白のテンションは少し下がった。著しく下がらなかったのだ。ましな方だろう。
斎藤は視線を養母から夜白に移し、やや引きつったままだった表情を緩ませた。
「なんだかんだ言ってこいつは良い奴だ。少し頼りないかもしれんが――まぁ、よろしく頼む」
「了解……斎藤さん、おかーさんの事が好きなん――」
「ストップ! ていうか何故知っている?」
「分かりやすい。アタックしないの?」
「――ッ!」
目を泳がせて狼狽える斎藤を横目に、夜白は養母の手を引いた。おっさんだったら気持ち悪くて吐きそうになるところだが、斎藤は若くてそこそこイケメンの類に入るのでセーフだ。
斎藤はごほん、と咳ばらいをして、夜白の思考を遮った。
「さ、さて、そろそろ行こうか。谷口には有給が二日出ている。その間で親睦を深めるなり必要なものを揃えたりしてくれ」
「了解であります!」
「返事は『はい』だ」
「はいっ」
まるで漫才のようなやり取りとする二人を見て、夜白はくすりと笑みを漏らした。
夜白の笑顔が伝染したのか、やがて二人の表情も穏やかなものになっていた。
「あぁ――」
斎藤がふと思い出したように声を漏らす。
「夜白が生活に慣れたら学校に行ってもらうぞ。それまで家で勉強もしてもらうからな」
「主任、大丈夫なん――」
「わかった」
谷口が怪訝そうな顔をする前に、夜白は即座に承諾した。横から心配そうな視線が突き刺さるが、夜白は関係あるまいとそれを受け流した。
――とまぁ、こうして『殺し屋』は養女となった。