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14:養女生活2日目

一日空いてしまいました。すいませんでした。


……言ってしまうと、まだつまらないです。

 チュンチュン、と小鳥のさえずりが鼓膜を刺激する。


「ん……」


 猛烈な眠気に襲われながらも、薄っすらと瞼を開ける。

 まず最初に感じたのは、寒さだった。

 身に纏っているのは下着と白のネグリジェだけ。昨晩ログアウトをした後そのまま寝落ちしてしまったのか、毛布や掛け布団は掛かっていなかった。どうりで寒いわけだ。


「ふあぁ……」


 日光に目を焼かれるような錯覚に陥りながら、夜白は上体を起こして伸びをする。


「ん……ごはん」


 手の甲で瞼を擦りながら、無意識の内に呟く。夜白の本能がひたすらに訴えるもの。それは空腹だった。

 悲しい事に、部屋の外の物音は聞こえなかった。養母はまだ起きていないようである。

枕元に投げ捨ててある置時計の長針は、5の数字をさしていた。


「……まだ5時」


 しかし、二度寝する気にはなれなかった。

 気怠い体に鞭を打って夜白は地に降り立つ。軽い立ちくらみにふらふらしながら、部屋の扉を静かに開けた。

 朝日が出たばかりなのか、廊下はまだ薄暗い。


「ふぁ……」


 再発した欠伸に慌てて口元を押えながら、夜白は洗面所へと向かう。

 洗顔をするだけでも十分に眠気が収まる。ちなみに夜白は冷水派だ。


「ぷはぁ」


 部屋に戻って昨日買ってもらったエプロンを着用し、夜白は台所へと向かう。朝食を作って驚かせてやるのだ。

 冷蔵庫や棚を開いては閉じ、何を作ろうかしばらく迷ったのだが――


「……やっぱりおーそどっくすが一番」


 ということで結局、朝のメニューは白米と味噌汁にした。




 時刻は朝7時。そろそろ養母が起きる頃合いかと考えていると突然、ドタドタと足音が鳴り響いた。

 足音はとてつもない速さで接近し、リビングの扉の前で止まったかと思いきや、勢いよくその扉が開かれた。


「ああぁぁぁぁッ! 寝坊したああぁぁぁッ!」

「五月蠅い」


 非常に騒がしい起床である。夜白を見習ってほしい。


「ご飯ごはっ……あああッ!」


 荒ぶる養母は夜白の手作り料理に気付いたのか、目を真ん丸にした後床に膝をつく。

 そのまま硬直する養母をしばらく眺めていると、やがて変化は訪れた。


「うわああぁんっ! やしろちゃんがあああっ! ごひゃんつくってくれてるの!」

「……まさかの幼児退行?」

「びえええぇぇっ! やしろちゃああんっ!」

「ふぇ?」


 ひしっ。

 抱き着かれた。


「やしろぢゃああん!」


 他人に抱き着かれたことが最近までなかった夜白はしばらく、フリーズしてしまう。

 夜白が正気を取り戻した時に目の前にあったのは、養母のぐしゃぐしゃになった顔面。それでもなお美人だと思えるのは、養母の特権だろう。

 素直に羨ましい。そして鬱陶しい。夜白も同じく美人であるのだが、本人はそれに気付かずに嫉妬していた。

 しばらくもがいたりと試行錯誤してみたが、鍛えられた筋肉によって阻止されてしまう。面倒くさい。最早手段は選んでいられない。


「……えい」


 夜白はいつまでたっても引っ付いたままの養母の頭に、拳を落とした。



   *   *   *   *   *



「恥ずかしいいぃぃぃっ……ていうか酷いよ夜白ちゃん」


 頭を両手でさすりながら、養母が上目遣いで見つめてくる。というか、なぜ親が娘に上目遣いをしているのかが不思議である。


「……自業自得」


 温めなおした朝食を口に運びながら、一連の事の運びを思い返してみる。

 あれから夜白は泣き止まない養母を引きはがして洗面所に強制連行し、お湯を溜めた洗面器に顔面から突っ込ませた後、着替えさせようと部屋に閉じ込めた。

 しばらく経って鳴き声が止んだかと思えば、今度はぶつぶつと復唱される「恥ずかしい」ラッシュ。夜白も思わず壁ドンならぬ、ドアドンをしてしまった。


「結構せいせいした」

「……聞かなかったことにする。あ、そーだ」


 がくりとうなだれていた養母がポンと手を叩く。

 養母は夜白を見据え、高らかに宣言した。


「夜白ちゃん――お勉強しましょう!」

「……」

「やらねばいかぬこともあるのよ!」

「……はぁ」


 夜白は思わずため息を吐いた。別に勉強が嫌なのでない。


「おかーさん、中学校のならもう入ってる」


 コンコンと指先で頭をつつき、養母の顔色を窺う。

 しかし駄目だった。養母はプルプルと震え、席から立ちあがった。

 養母はバタバタと足音を立てながらダイニングから離れ、リビングのテーブルに投げ捨てられた袋をガサゴソと漁り始める。

 一々探すのが面倒くさくなったのか、養母は袋ごと持ってダイニングへと駆け戻ってきた。


「このテストで100点取れたらゲームOK!」


 そう言って天高く掲げたのは『公立高校過去問題集』。夜白は袋をひったくって無言で中を漁り、シャープペンシルを取り出した。

 きちんと食器を片付けてから過去問を奪い取り、ペラペラと適当に捲る。


「どれ?」

「どれでもいいわよ! とりあえず一教科!」

「ん」


 そのやり取り以降、夜白は無言で答案を記入していく。


 夜白が選んだのは一番不人気な数学。とりあえず暗算をしながら、次々と答えを埋めていく。

 円柱の表面積に、相似な図形の証明。関数や方程式も簡単なものしかなかった。

 所要時間は、たった20分程だった。


「おかーさん、終わった」

「え、もう?」

「二次関数ないの?」

「高校になってからよ?」

「微分積ぶ……」

「……高校の数学Ⅲよ?」

「嘘?」

「中学生で微分とか私死ぬわ」


 驚く程レベルが低かった。


 夜白が唖然とする隣で、養母は着々と採点していく。

 99×99までの暗算は当たり前――そう教えられながら勉強をひたすらやらされてきた夜白にとっては、中学受験などお子様レベルも同然だった。

 またしばらくして、養母は動かしていた手を止めて呆れたように言う。


「……はぁ、全問正解よ。主任に連絡しておくわ」

「ん」


 養母は席を立ち、携帯を持ってダイニングを後にする。

 夜白は何をするでもなく、ぼーっとしながら天井のシミの数を数えようとした――が、驚く程シミが少なかったので断念。

 ほどなくして、養母がニヤニヤと頬を緩ませて戻って来た。


「……どうしたの?」

「主任が来る!」

「隠す気ないの?」

「はっ」

「はぁ……」


 途端に真っ赤に頬を染める養母。夜白は呆れて溜息を吐く。


「……で、もう来るんでしょ?」

「イエッス!」

「おかーさん……身だしなみ整えてきて」

「……すいません」


 養母はしゅんと縮み込み、とぼとぼとダイニングを後にする。足音が聞こえなくなった後、バタバタと激しい音が聞こえたのだが大丈夫なのだろうか。


「……コーヒー入れよ」


 勝手に台所を漁っているが、そこはまあご愛敬だ。

 夜白はドリップポットのお湯を温めながら、冷凍庫から豆を取り出してペーパーフィルターに入れていく。

 フィルターとドリッパーをサーバーにセットし、蒸らしてからお湯を注ぐ。

 カップに注ぎ終える頃には、部屋中にコーヒー独特の香りがもくもくと立ち込めていた。


「ふぅ」


 コーヒーを口に含みながら一息吐いたところでインターホンが鳴る。ドタドタと家中に足音が響き渡り、「しゅにーん!」と養母の歓喜の声が聞こえた。夜白は心の中で犬かと突っ込んだ。

 ほどなくしてガチャリと音が鳴り、人一人が家に入ってくる気配を感じた。

 足音はゆっくりと近づき、ガチャリとドアが開く。ちなみに、養母は斎藤の後ろで縮こまっていた。


「夜白、調子はどうだ?」


 ダイニングに入ってから第一声を発したのは、主任こと斎藤だった。

 以前会った時と異なるのは、警察の制服ではなく私服だという点だ。下はデニムのジーンズで、上は黒のジャケットを羽織っている。中はおそらくTシャツだろう。

 無言でダイニングの椅子を勧め、夜白はコーヒーを出してから席に着く。傍から見たら家族の団欒である。夜白は少し大きすぎるが。


「さて――単刀直入にいこう。谷口から見て夜白の調子はどうだ?」


 斎藤が急に真剣な面持ちになり、話を切り出す。


「可愛いわね」

「真面目に答えろ」


 そう言われ、谷口が夜白の方をちらりと見やる。一応気を使ってくれてるのだ、と夜白は察した。


「構わない。全部話していい」

「そう――じゃ、遠慮なくいくわよ」

「あぁ」


 谷口の周りから柔らかい空気が消え去り、ピリッと緊張が走った。

今書いていますが、次話から話を動かす予定です。

次話は主任と養母、夜白ちゃんでの話し合い。

その次は夜白ちゃんの過去編……はまだ早いから、サリーちゃんの秘密に迫る、ですね。多分。

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