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9:ドラゴンもどきと裏迷宮

いつもより二時間ほど遅れてすいません。

いや、別に18時と決めている訳ではないのだけれども。

 変化は、24層の最奥で訪れた。


 階段の代わりにある巨大な扉。見るからにボスがいると確信させる、威圧感溢れる雰囲気を醸し出している。

 24層までも大した変化はなく、宝箱一つ見つける事すらなかった。

 そんな夜白がここで身を引くわけがない。無論、何が出ようと討伐するつもりだ。


「……れっつごー」


 ヒヤリと冷たい重厚な扉を押し開け、夜白は部屋の中に入った。


 部屋は、今まで以上に暗かった。一応、壁に設置されたランプに光は灯っているが、部屋が無駄に広いせいで全体に行き届いていない。

 部屋は円状に広がっており、周囲を囲んでいるのは今までと同じ、ごつごつした壁だ。


「――ッ」


 咄嗟に右へ飛び退いた直後、真っ赤な炎の奔流が夜白のいた地面を焦がした。初見殺しである。

 心臓が止まるかと思った。そう思いながら、炎の飛来した方向に目を凝らす。


「グルル……」


 夜白を睨んでいるのは、硬そうな鱗に包まれた細っこい竜。頭上には『ワイバーン』の文字とレベル、3本のHPバーが浮かんでいる。ブレスを放ってきたのは確実にコイツである。

 レベルは25。この階層と同じ数値だった。


「――すぅ」


 夜白は気配を消して『ワイバーン』の背後に駆ける。『ワイバーン』は間抜けな鳴き声を漏らし、きょろきょろと夜白を探し始めた。


「『スラッシュ』」


 細くてトカゲの様な尻尾を短剣で切り裂こうとするが、鱗に邪魔されて刃が食い込まない。


「……む」


 夜白は鱗の上で短剣を滑らせ、『ワイバーン』の下へ潜り込んで腹に突き立てた。そろそろ新しい武器が欲しいものである。


「グルァッ」


 『ワイバーン』がもがき苦しむのに気を張りながら、腹から首へと切り裂いていく。


「『スラッシュ』」


 今度こそ。

 首の半分ほどまで刺さった短剣を切り上げ、HPバーが一本削られるのを確認して短剣を素早く引き抜く。


「――ん、やれる」


 このペースだったら、なんとか削り切れそうだ。


 ふぅ、と止めていた息を吐き、夜白は再度息を止めた。

 もがき暴れる『ワイバーン』の脚が飛んできたのを身を翻して回避し、続けざまに首に狙いを定めて短剣を振り上げる。


「『スラッシュ』」


 夜白は、上段の構えから勢いよく短剣を振り下ろす。手のひらに伝わっていた肉を裂く感触は、いつのまにか宙を斬るものに変わっていた。


 ズドン、と大きな音を立てて、『ワイバーン』の首が地面に落ちる。首を完全に切断した、という合図だった。

 『ワイバーン』本体の力が抜けていくのを見て、夜白は即座にその場から飛び退く。

 次の瞬間、首から先の無くなった『ワイバーン』は、静かに地面に崩れ落ちた。


「――ふぅ」


 『ワンバーン』の体が黒い粒子を伴いながら消えていくのを見ながら、夜白は小さく息を吐いた。

 前後から扉の開く音が聞こえるのと同時に、脳内にファンファーレの音が鳴り響く。


「……ん」


 戦闘終了後は、いつぞやの『セイントウルフ』戦と似たような状況だった。


 『ワイバーン』の消失した後には、勿論宝箱が残されている。ゲームとはいえど、こうして巨大な生物が虚空に消えていくのは壮観だ、と夜白は思う。

 夜白は少し期待を膨らませながら宝箱を開けて、首を傾げることとなった。


『ドラゴンスレイヤー(片手剣):STR+150【対ドラゴン】』


「なんでドラゴン?」


 ワイバーンはドラゴンもどきであって、ドラゴンではない。そんなドラゴンもどきから『ドラゴンスレイヤー』なるものがドロップするのだろうか。ゲームの知識に乏しい夜白には、あまり理解できない。

 というかそもそも、夜白は片手剣を使えないのだが。


 『ドラゴンスレイヤー』をインベントリに収納した夜白は、丁度片手剣を使っているミサミサにあげようと思いながら部屋の奥に進む。

 開いた扉の奥には、すっかり見慣れてしまった階段が広がっている。が、一つだけ異なる点があった。


「――穴?」


 下へと続く階段とは正反対の位置――上方向にぽっかりと、人ひとりがギリギリ通れるくらいの穴が開いていたのだ。AGIの高い夜白が跳躍したならば、ギリギリ届く高さにある。


「お宝の予感?」


 期待に胸を躍らせて、穴の中に跳び込む。

 穴の中には暗い、ちょっとした小部屋が広がっていた。

 目がだんだん慣れてきて、部屋の様子が見えてくる。


「……やった」


 今までとは違う、真っ黒な艶のある壁。強敵の出そうな雰囲気に、夜白のテンションは上がっていく。

 夜白は期待を込めて短剣を軽く握りながら、部屋の外を覗き見た。

 真っ暗な廊下。どこか気品の漂う回廊にはいくつも穴が開ている。おそらく、夜白が今いる小部屋と同じものだろう。お宝の匂いに笑みを隠せない。


「れっつごー」


 モンスターが潜んでいないのを確認し、向かいの部屋を覗き見る。

 宝箱が無くたっていい。モンスターとの戦闘もまた楽しみなのだ。しかし。


 何もなかった。


 宝箱も、モンスターも。何もなかった。


「……次」


 なぜだ。いや、たまたまだろう。と自分の中で自問自答をする。こんな時に誰か隣にいたら談笑し合えるというのに、悲しい事に夜白は一人だった。ボッチである。

 不満を堪えて隣の部屋も覗いてみるが、やはり何もなかった。


「うぅ……」


 「次こそは……次こそは……」、とパチンカスのような愚かな思考と化しながら次々と部屋の中をのぞいていったが、どう頑張ろうと何もなかった。何も出なかった。


「……ん。これはきた」


 結局、何も見つけられぬまま最奥の部屋に辿り着いてしまったが、今の夜白に不満はない。目の前にお目当ての物があるからだ。

 宝箱ではない。抽象的な絵が彫られた、漆黒の両開きの大扉。先程の『ワイバーン』戦で見たものと似た、俗に言うボス部屋だ。


「――よし」


 胸中でグッドサインを作りながら、念には念を込めて気配を消し、巨大な扉にそっと手を添える。

 錆びた鉄扉を開けるような、耳障りな音を立てながらゆっくりと開く扉の奥に、巨大な影がぬっと現れた。


「?」


 ボス部屋の中は、異様な程に静かで、真っ暗だった。隠れるのに打ってつけだ。

 夜白は先手必勝だ、と短剣を構えた。


 ――その刹那。


「ッ!」


 咄嗟に横に飛び退くのとほぼ同時に、夜白の頬を斬撃が霞める。警戒レベルを上げながら、夜白は前方に注視する。


 暗闇に紛れるように浮遊する影。それは、『死神』としか形容のしようがなかった。

 ぼろぼろのローブを身に纏い、凶悪なフォルムをした大鎌を携えた『死神』は、カタカタと顔の骨を震わせた。


『グリムリーパー LV75』


 願ってもない強敵に、夜白のテンションは極限まで上がっていた。

 五本のHPバーを頭上に浮かばせた死神――『グリムリーパー』に目を向けながら、夜白は唇の端を吊り上げる。


「くすっ、期待して――いい、よね?」


 口調の変わった夜白に合わせて、『グリムリーパー』もニヤリ、と笑みを浮かべた気がした。

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