第五話 嫌われた神の信仰
噴水広場に向かった。夜中の村は静かで、静かで、逆に不気味だった。
比べてしまう。現代、酒場の街、そんな所なんかまだ暗いだけ。ここが今までいたところと恐ろしさが桁違い。明かりがなくて、音も風が吹く音と鳥がなく音しかない。
噴水広場を民家の角から覗くと、噴水が瀬乃華が思っていた通りの様に民家と民家の間の道を塞がせているかのように中心から退かされていた。
そして、噴水があった部分には地面の中、所謂地下へと繋がる、噴水の方から降りる階段があって、そこから明かりが漏れている。古くなったライトの光のようなオレンジ色の明かり。
そっと二人はそこに近づいた。ゆっくり、足音を立てずに、誰にも気がつかれずに。
「誰です?」
聞き覚えのある声がした。
瀬乃華はなぜ勘付かれたかすぐに疑問に思う。銭子はその理由をすぐに考える。簡単に答えは見つかった。息の音。足音だけに集中して息の音という意識が二人ともなくなっていた。だから銭子はため息を吐いてしまって、気付かれた。
階段から人が上がってくる。
「誰かと思えばお二人ですか。なかなか寝ないので、連れて行くことができないと言っていましたが、まさか来るとは思いませんでした。新米冒険者の癖に」
「サナさん……!」
剣を持っていたサナだった。
その目は虚ろで、真っ直ぐに二人に殺意を向けていて…シルクハットを取っていて、そこには角があった。その角は黒くて、外に伸びてから内側に伸びている。
(悪魔……?それは違う、翼がない。それに、あの虚ろな目……)
瀬乃華はとにかく、今のサナはどうなっているのかを考えた。
「ここで終わらせます」
剣を構えた。クナイを構えた。お祓い棒を構えた。
まずサナが瀬乃華に向けて走る。それをしっかりと凝視すると瀬乃華にバリアを張り、強化。そして瀬乃華はクナイを投げてから、鎖鎌を回した。だがサナは共に攻撃を防いだ。代わりに攻撃は出来ずに終わる。もう一度と斬りかかる。瀬乃華は攻撃を回避、そしてどさくさに紛れて投げたクナイを取りに行った。
サナは攻撃を外して、反射的に銭子へ標的を変えた。
銭子は反応に遅れてバリアも張れずに攻撃を受ける___。
月が見えなくなった。時が止まった。夢の時みたいに。サナの剣はギリギリ当たらずに。シルエットの神が物語の中に降り立った。「この象徴物語を読んでくれてありがとうございます。あと少しで、魔女の信仰の章を終わりにさせていただきます」。その剣をそっと取ってそっと地面に置き、そしてサナの頭をそっと触る。それだけやって、降り立ったシルエットの神は物語の中から出て行った。
「あっ!」
サナは崩れ落ちるように倒れる。その瞬間、数秒だけ村中から騒ぎの声がした。驚きの声がした。何が起こったのかわからずに、二人は周囲を見てから顔を合わせ、倒れたサナの方を向いた。
「ご……め……んな……さい……ごめ……ん……なさい……ごめんな……さい」
彼女は必死に謝っている。二人にはその意味が理解できずに、哀れんで彼女を見ているだけ。
そして彼女は謝りながらも、地下へと繋がる階段を、力弱く指差した。二人は察する。ここに行けと。
でも二人にはなぜ指差したのかわからない。
「行こう、銭子ちゃん」
「わかった、瀬乃華ちゃん」
二人は手を繋いで倒れているサナに背を向けて階段へと歩く。その階段を下りる。現代のトンネルのように数メートルの間を空けてランタンが壁に固定されていた。
☆★☆★☆★
階段の距離は長すぎず、短すぎず、そんな長さだった。
下りると扉があり、その扉はただの石の扉。
「せーの」の掛け声で扉を開ける。
その中にあったのは、一言で言い表せばキリスト教の聖堂。
一番前には台があって、そして飾られた一枚の写真。
その写真を眺めるように一人の少年が立ちはだかっている。その少年がいてもわかる。その写真は、まさに。
「全く、物語というのはかなりの強者ですね。本当にその通りになってしまいました」
少年はこちらに振り替える。その少年はまさに、見間違えることもない。
黒犬だ。
黒犬は神父のような格好をしていた。ただ、服などの白色が全て黒色に変わっている。
「……黒ミサなのかってんですよ。それにその写真、完全に、アレイスター・クロウリーですよ」
「そうですね。ある意味黒ミサかもしれませんね」
訳がわからずおどおどしている銭子に対して、瀬乃華はキレる数秒前という顔をしながら話しかける。
突然、瀬乃華は銭子の手を引いて一歩出る。そして、瀬乃華は一言。
「構えて」
突然カランという音がした。そして突然二人がいた所から炎が燃え上がる。また瀬乃華は銭子の手を強く引っ張り前に押す。さすがに強引過ぎたか銭子は転んでしまう。
瀬乃華は黒犬を見ながら入り口から右方向の壁に走り壁を蹴り椅子の上に立つ。
「いきなり炎の魔法とはどんな趣味してるんですかってんですよ!」
「今時こんな風の不意打ちが流行でしょう。現代人。それに、愚痴を言いたいなら僕にではなく、全ての事の発端である広場で倒れているナイトメアに言ってください」
二人とも一瞬で察することができた。
『依頼主で、二人をこの村に呼んだ騎士を憎め』
あぁ、脳裏にこんな声が響く。
銭子は気にしなかったが、瀬乃華はやっと疑問が晴れたので戦闘に集中するべく気合い入れの深い息を吐く。
あの角はなんなのだろう。ナイトメアの角か。RPGとかでよく嫌われて本当の姿を隠す存在。
瀬乃華は、クナイを捨てた。銭子の近くに向かって、叩きつけるように。そして鎖鎌の、鎖の部分と鎌の持つ部分、それぞれ片手で持って掛け声と共に黒犬の方に走る。
鎌を上げて、黒犬に斬りかかる。でも、黒犬は結界を張って鎌の攻撃を退けた。
「銭子さんが使っているバリアは西洋魔法の結界。僕が張った結界は東洋魔法のバリアです」
黒犬は瀬乃華に対して微笑んだ。嘲笑うかのようなその微笑み。
次に緑色の渦を巻いている強風が、棒のような形になって瀬乃華を吹き飛ばす。
入り口の扉の間を抜け、階段にぶつかって、倒れる。銭子はとっさに横に避けたのでダメージは無かったが、すぐさま倒れた瀬乃華の方に向かった。
「異世界に期待しないほうがいいですよ。HPなんてものはありませんし、MPというものは自分の生気がどれだけ高いかのことですから」
「………だったら、私の夢を最初に壊したお前を倒してやるってんですよ!」
とても荒い声、瀬乃華は完全に怒ている。再び中に入り、堂々と正面に立った。心配になった銭子も中に入る。
「怒りは行動を鈍らせると、ご存知の筈でしょうに」
「煩いってんですよ!お前みたいな奴に怒りを露わにしない方が可笑しいってんですよ!」
「では逆に言ってあげます。あなたはこの村の真実を知らない」
そんな口喧嘩をしている時。
階段を下りる音が聞こえた。黒犬は一瞬驚いた表情をして、再び冷静な表情になる。気になった瀬乃華と銭子は入り口に立って下りてくる人を確認する。
美白。腰まであるロングの黒髪。目は近くなるほど確信できる、赤。白ワンピースを着て赤に和風の模様がある上着を着ている。花柄のサンダル。とても背は高くて、細い身体をしている。そんな女性。
「あら。とても可愛いのね、瀬乃華と銭子って。初めまして、飛鳥魑乃よ。い……黒犬、今度は村なんて作って何をするつもりかしら?」
女性は余裕そうな表情をして青年に話しかける。
「お互い偽名持ちですね。もちろん、我が神の信仰のためです」
魑乃と名乗ったその女性は、黒犬と話を進めていく。もちろん二人に内容は理解できないが。
「実在した災厄の黒魔術士への信仰ねぇ……黒犬、この村を、東洋西洋合同第九十九条の法律、九番目、ブラックミサを行う、で壊させてもらうし、あなたは女なのに神父のフリをして、西洋第九十九条の法律宗教面、神父の免許を取っていないことでも、さらに罰を受けてもらうわ」
延々と話を続けていく魑乃だったが、瀬乃華が少し止めた。
「ま、ままま、待ってください!黒犬さんって女なんですか!?」
銭子は内心ツッコムところそっち!?と思いながらも黙って話を聞いてる。
「えぇ、いつも我が神に近づくためーとか言って男のフリしてるけど。さ、黒犬、早く上に行ってちょうだい。もうすぐ法律取り締まり騎士が来るわ」
唖然としている瀬乃華や銭子を無視して、また魑乃は話をスラスラスラスラ進めていく。
そして話が終わったかと思うと、黒犬を指差して軽い丸を描くと、一瞬で黒犬は五角形の結界に囲まれた。そしてため息を吐きながら階段を上がっていった。
「瀬乃華。悪いわね、私が法律法律って言ってあの子を捕まえちゃって。私ももう少し耐えようかと思ったけど、明らかに負ける未来だったから」
「あっいえいえ、いいんです!」
瀬乃華の言葉が途切れたと同時に銭子も「はい!」と慌てて言った。
「瀬乃華。銭子。どんなに辛くても、解決策を探すのよ」
そう魑乃は言って階段を上がっていった。