ブリーフ探偵の絶命
「アベヒロシを性的な目で見ちゃダメ! アタタタタタタタタタタタタタ!!!!!」
隊長の凄まじい百列拳によって、人形はあっという間に原形をとどめないベークライト片と化してしまった。
――なんたる破壊力。
――とても太刀打ちできる相手ではない。
――逃走するのが賢明!
そう判断した小野寺であった。
しかし、それは叶わなかった。
彼は数十名のUMA探検隊員に取り囲まれていたのである。
その状況から、瞬時に小野寺は悟った。
――自分はハメられたのだ。
――変態的ホモの濡れ衣を着せられたのだ。
――他ならぬ、隊長の策略によって。
「フリィィイイズ!」
一人の隊員が叫ぶ。
「武器を捨てて投降しろ、変態的ホモ。従わなければ、攻撃する」
小野寺は彼の言葉に大人しく従うことにした。
手にした牛蒡を地面に放り、隠し持ったコンバット鰹節(モース硬度9.8)をズボンの裾からパージする。
状況は最悪。
しかし小野寺は慌てなかった。
彼は既に、勝機を見出していたのである。
「もう、やめにしませんか? 隊長……」
小野寺は言った。
「それはこっちのセリフだ。どうやら貴様、秘密裏に他の隊員たちの私物を漁っていたらしいな。あまつさえ、ワシの私物まで探っていたとはな……。おまけにアベヒロシに性的関心を寄せるとは、何たる破廉恥! 《ホモさん》の噂は、全て貴様の自作自演という事だったらしいな!」
隊長は勝ち誇ったように述べ上げる。
その口角は、不敵な微笑に歪んでいた。
しかし、小野寺の口角もまた、深い微笑を、己が顔面に刻み込んでいたのであった。
ニィ……。
「『それはこっちのセリフだ』って言いました?」
小野寺は半笑いで言った。
「ああ、言ったとも」
「それこそこっちのセリフですよ……隊長」
小野寺はそういうと、ヤクをキメたパーリーピーポーよろしく、
「Fuuuuuu!」
と、絶叫とも哄笑ともつかない声を上げたのであった。
小野寺の豹変ぶりを見て、他の隊員たちも身構える。
「何が可笑しい? 気でも狂ったか!」
「いやいや。隊長があまりにも綺麗に墓穴を掘ってくれたので、つい……Fu……FuFu……」
「ええい! どうでもええわい! ひっ捕らえろ!」
隊長がそう宣言し、隊員たちが小野寺を捕縛する。
あっという間に、小野寺は爪先から頭のてっぺんまでロープでぐるぐる巻きにされてしまった。
隊長は小野寺を木に吊るし、満足げな表情でその姿を見上げると、
「はい、今日の仕事おしまい!」
と宣言し、隊員たちに休養を取るよう促したのであった。
隊員達が各々のテントに戻りかけたその時、
「ちょっと待ってください」
と言って挙手する者があった。
小野寺の盟友、小林隊員である。
「小野寺が何か言い掛けていたように思うのですが」
「規律を乱す者の戯言に耳を貸す必要は無い」
「しかし、こうやって皆が一堂に会しているのですし、彼に与えるペナルティの公正さを担保する上でも、今この場で言い分を聞いておくのが賢明だと思うのですが、いかがでしょうか?」
そう言われては、隊長として、部下の箴言を退けるわけには行かない。
「よかろう。ただし一言だけだ。一言だけ話させたら、すぐさま口を再びロープで塞げ。これ以上隊の規律を乱されてはかなわんからな」
「承知しました」
小林はそう言うと、ミノムシみたいに吊り下げられている小野寺に近付いて行き、口元のロープを緩めてやった。
それにしても、たった《一言》とは……。
……あまりにもシビアな制約を課したものである。
――ひと言。
はたして、小野寺がどんな《一言》を言うのか、探検隊一同が、固唾をのんで見守った。
何ともいえない重苦しい空気が立ち込める中、彼は言った。
『アベヒロシのブリーフを探せ』
小野寺がそう言うや否や、隊長は小林を押しのけて、その口を大きな掌で塞いだ。
そして、
「はい! タァァイムアァァップ!」
と宣言すると、小野寺の頸椎に強烈な手刀を浴びせ、彼を失神させた。
本当に《一言》しか喋らせる気が無かったらしい。
隊長はすぐさま近場に居た部下(隊員F)に命令して、小野寺の顔面をロープで厳重に縛り上げさせた。
発言はおろか、呼吸できているのかも怪しい、鬼気迫る顔面緊縛であった。
小林隊員は隊長の反応に訝しいものを感じつつ、小野寺の《一言》に従って、
「みんな、フィギュアの残骸を調査してください」
と命じた。
これを受けて隊長が、
「まて。ワシが直々に捜索する」
と身を乗り出す。
これを小林が、
「隊長の手を煩わせるようなことではありませんよ」
と言って制止した。
小林が隊長を制止しているうちに、捜索に当たった隊員が疑問符を投げかける。
隊員A「ブリーフなんかねぇぞ……。そもそもフィギュアがブリーフなんて穿いているのか?」
隊員B「いいや。あるはずだ。このキャンペーンフィギュアは我々と全く同じ装備を身に纏っているはず……UMA探検隊の象徴たる白ブリーフを穿いていないなんてことはありえない……」
隊員C「ユニフォームにインナー……強化牛蒡にコンバット鰹節……たしかに、俺達と同じ装備だ。しかし、そうなってくると妙だな……どうしてブリーフだけ見当たらないんだ?」
困惑する隊員たちに、小林は次なる指示を出した。
「ひょっとしたら、小野寺が持ち去ったのかもしれないな……。念のため、小野寺の私物も捜索しましょう。ブリーフが適正枚数以上……すなわち3枚以上あれば、小野寺が犯人という事になる」
隊員D「お前に言われるまでも無く、俺と隊員E、Fが確認して来たぜ。だが、小野寺の部屋から見つかった白ブリーフは2枚だけだぜ。アイツが今着用している1枚を含めて合計3枚……過不足なく適正枚数だぜ」
小林はやや逡巡した後、隊長に提案した。
「隊長……大変失礼ながら、隊長のブリーフを拝見させていただいてもよろしいでしょうか……」
全隊員の視線が、小林と隊長に注目する。
しかし、意外にも隊長は余裕の表情で、
「かまわん。好きなだけ調べろ。こうなったら、トコトン潔白を証明してくれ」
と言ったのであった。
隊長は隊員たちの面前で何の躊躇いも無くズボンを脱ぎ、ブリーフを晒した。
「重ね穿き……しているわけじゃないようですね……」
と小林。
「ほうれ(ボロン」
と隊長。
「ワーオ、イッツソーヒュージ……」
と小林。
そんなやり取りを続ける二人をよそに隊員たちは困惑を深めていく。
隊員A「隊長の私物からは2着だけ、白ブリーフが見つかったぜ」
隊員B「ということは二人ともブリーフ枚数に過不足なしか」
隊員C「まいったな。振出しに戻ってしまったぞ」
隊員D「いったい、どうすれば良いんだぜ?」
隊員E「祟りじゃー!」
隊員達にどよめきが広がる中、隊長が意外なことを口走った。
「小野寺に……聞いてみようじゃないか……」
それは、小野寺の発言を制限してきた隊長には似つかわしくない発言である。
小林はその発現の裏に薄ら寒いものを覚えながらも、小野寺の顔のロープを解く。
ロープの下の小野寺の顔色は、殆ど土気色に変色しており、およそ生きているとは思えない状態であった。
小林「小野寺! しっかりしろ!」
隊員D「どうしたんだぜ!?」
小林「し……死んでる」
隊員E「祟りじゃー!」
まさかの小野寺死亡であった。