ブリーフ探偵の暗躍
探偵活劇風のギャグです。
本格的な推理劇はあまり期待しないでください。
「《ホモさん》はコイツダァッ!」
隊長はそう言って、アベヒロシの等身大フィギュアを叩き壊した。
このフィギュアは隊長の私物である。
それも、それ相応の出費の下に入手した代物であるらしい。
それをいとも容易く粉砕したとなれば、彼の怒りがどれほど激しいものであるのか、想像に難くない。
また、フィギュアの素材は可塑性を維持した硬化ベークライトである。
とても人間の力だけで粉砕できる代物ではない。
しかし、隊長はこれを容易く粉砕した。
もはや隊長は、身も心も《人ならざるもの》に変貌していたのだ。
○ ○ ○
彼らはUMA探検隊。
世界中の秘境に分け入って、未確認生物を探索するのが彼らのお仕事である。
彼らの任務は、命の保証がされない、危険極まるものだ。
時には他の隊員に、自分の命を丸ごと預けなければならない様な場面にも直面する。
リポDのCMみたいなのがリアルな日常である、
といえば、ある程度想像しやすいだろう。
それゆえ、隊員同士の信頼関係がなにより重視されていた。
《隊員の命は隊員が守る》
それが彼らの規範であり、矜持であり、生命線でもあった。
しかし、そんな生命線を脅かす噂が、隊の中で蔓延し始めた。
それが、《ホモさん》の噂である。
○ ○ ○
事の発端は1週間ほど前に遡る。
じめじめと蒸し暑い夜のことだった。
中堅隊員小野寺のブリーフが紛失したのだ。
たかがブリーフと侮るなかれ。
UMA探検隊にとって、ブリーフは非常に重要な装備なのである。
心身の極限状態にあっては、下着の付け心地すらも、命の行く末を左右する重要なファクターとなる。
ブリーフ装着時の安定感と機動性は、他の下着には代えられないものがあり、必然的に、隊員たちの下着は白色ブリーフで統一されることとなった。
これは規範による強制の結果ではない。
ひとえに、優秀な隊員たちによる、合理的で洗練された判断の集積。
いわば、理念と実践と経験が導き出した、戦略上の最適解。
それが、彼らの白色ブリーフなのであった。
隊員たちは各々3枚のブリーフを所持している。
この3枚と言う数量もまた、他の装備品との均衡を吟味した最適解である。
いかに便利な白色ブリーフであれど、秘境でのサバイバルに持参できる枚数は限られているのだ。
そういうわけで、隊員たちは3枚のブリーフを大切に使い回していた。
このブリーフ使用サイクルを、《命のローテーション》と呼ぶ者がいる。
それ程までに、ブリーフはUMA探検隊にとって重要なものであったといえた。
そんなブリーフが紛失したとなれば、それだけで一大事である。
冷静沈着で知られる小野寺も、さすがにこの時ばかりは取り乱していた。
かくして、一時は《命のローテーション》が危ぶまれた小野寺であったが、結論から言うと、紛失から約20分後には彼のブリーフは見つかった。
とりあえず、一件落着はしたのである。
しかし、めでたしめでたし、とはならなかった。
問題はもっと別の所のあったのだ。
○ ○ ○
小野寺のブリーフが紛失した場所は、簡易浴場の脱衣所に設置された洗濯籠である。
そして、ブリーフが発見されのは、同じ洗濯籠であった。
通常の思考に照らせば、《小野寺の単なる勘違いであった》、というのがもっとも受け入れやすい結論だろう。
事実、ブリーフが見つかった直後には「俺の勘違いだったかも」と、小野寺自身が供述していた。
しかし、その結論には致命的な瑕疵があった。
それに気付いたのもまた、小野寺自身であった。
「洗濯されている……だと?」
そう。
ブリーフは既に洗濯されていたのである。
折角洗ったブリーフを、汚れたブリーフだらけの洗濯籠に放り込むなんてことは、普通しない。
また、通常の衛生観念の持主であれば、洗濯済みブリーフと未洗濯ブリーフを取り違えたりもしないだろう。
潔癖症の小野寺ならばなおのことだ。
となると――
これはすなわち――
《洗濯籠の中から小野寺のブリーフだけを一旦暴き出し、更にそれを洗濯したうえで洗濯籠に戻した者》
が存在することを意味する。
気になるのは犯人の目的だ。
こっそり洗濯すること自体が目的だったのか、あるいはこっそり洗濯せざるを得ない様な用途に用いたのか……
ともあれ、いずれにせよ、他人の使用済みブリーフを持ち出すなんて言うのは変態の所業である。
しかも隊員には男性しかいない。
となると、犯人は変態的ホモであるという事になる訳だ。
洗濯されたブリーフを手にしたまま、小野寺は隊員に警告した。
「この中に変態的ホモが居る!」
たちまち脱衣所は混乱に陥った。
事態を聞きつけて駆け付けた隊長が、
「次のグループが待ってるからぁ~!」
と、隊員たちに脱衣所からの撤退を促したことによって、なんとかその場の混乱は収まった。
しかし、噂はたちまち隊員中に広まり、彼らは一夜にして疑心暗鬼に陥った。
もはや、信頼関係などあったものではなかった。
○○○
責任を感じた小野寺は、独自調査に乗り出した。
彼の前職はOLの私物収拾を専門とする探偵である。
仕事熱心が祟って、つい収集癖に収拾がつかなくなってしまい、事務所を解雇されたという過去を持つ。
そんな小野寺の探偵としての血が騒いだのだ。
探偵としての経験が活き、小野寺は僅か5日のうちに108名に及ぶ全隊員の私物を精査した。
幸か不幸か変態的ホモを匂わせる証拠はなにも見当たらなかった。
どうやら、彼の気安い仲間の中には、犯人は居なかったらしい。
この事実に小野寺は安堵した。
その反面、深く落ち込んだ。
犯人が見つけられなかったからではない。
逆だ。
ほとんど犯人の目星がついてしまったから、小野寺のテンションは急降下したのだ。
○ ○ ○
ブリーフ紛失事件から7日後の午後、UMA捜索作業をサボりつつ、小野寺は”ある人物”のテントを捜索した。
もう察しの良い人は気付いているかも知れないが、その人物とは隊長である。
隊長はその時、単性生殖UMA”ホモォ”捜索のため、隊を引き連れてジャングルの奥深くに遠征中であった。
だから小野寺は、心おきなく隊長の私物を捜索することが出来たのであった。
しかし、捜索するまでもなく、小野寺は異変を察知した。
「こ……これは……」
小野寺は息をのんだ。
隊長のテント内には、屈強な男性の等身大フィギュアが飾られていたのである。
驚愕しながらも、小野寺は気付く。
そのフィギュアには見覚えがあったのだ。
3年ほど前だっただろうか。
UMA探検隊の新隊員募集キャンペーンが、比較的大規模に展開されたことがあった。
当時、一日隊長と言う名目で、俳優のアベヒロシ氏が宣伝活動を行った。
そのキャンペーンの一環で作られたのが、この等身大アベヒロシ人形である。
当時最新鋭の技術であったD3プリント技術を駆使してつくられた、かなり精巧な代物だ。
精巧なモデリングと実際の衣装・装備によって、かなり迫力のあるフィギュアとなったそれは、当時のUMA探検隊マニアの間で、かなり話題になったものである。
キャンペーン終了後、その人形はチャリティーオークションにかけられて、4300万円の値で落札されたと巷では囁かれていたのであるが……。
「まさか落札者が隊長だったとは」
意外である。
というか、どれだけ稼いでいるのだ、隊長は……などと雑念が小野寺の脳裏をかすめた。
しかし、これだけでは隊長が変態的ホモである証拠にはならない。
ホモでなくてもアベヒロシが好きな男性は居るだろうし、仮に隊長がアベヒロシ好きのホモだったとして、変態であるとは断言できない。
(何かあるはずだ……決定的な証拠が、何か……)
そう思いつつ、小野寺は隊長の私物を捜索した。
だが、他に怪しいモノは見つからなかった。
結局振出しに戻ったのか……と、小野寺が諦めかけたその時であった。
ドゴォンという轟音(何の音かは分からない)と共に、隊長がテント内にエントリーしたのである。
「この中に《ホモさん》が居る!」
登場早々、隊長は雄々しく宣言し、
「フンッ」
と勇ましく鼻息を噴出した。
メリメリメリッッズッジョォォン、
バキャキャキャキャッァァン、
ズッシュゥゥン、
という、俄かには信じがたい破壊音が鳴り響き、あっという間にテント自体が吹き飛ばされる。
「くそっ、なんて肺活量だ!」
おののく小野寺の眼前で、隊長は百烈拳の構えを取った。
隊長の百烈拳は、熊をも殺すというもっぱらの噂である。
直撃すれば、致命傷は避けられない。
反射的に、小野寺も護身用の強化牛蒡をソケットから引き抜いて構えた。
上官に対する反抗は隊中法度で禁じられているが、命の方が大事なのである。
しかし、意外!
隊長は小野寺を攻撃しなかった。
代わりに、
「《ホモさん》はコイツダァ!」
と言って、名探偵よろしく小野寺を睨みつけると、アベヒロシ人形を正拳突きで一撃粉砕したのであった。
かくして、場面は冒頭に回帰する。