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三.災難と転機


不安、

不信感、

疑心暗鬼、

焦りと恐怖、

それら全てが、

線路上を走る電車のモーター音に支配された。


「公安警察ってどういうこと…?

なんでそんなことになってる!?」


「それを知る前に、まずあなたの正体を聞きたいものね。」


その低身長な女性はズンズンと僕の方に歩いてきて、また栞さん同等に鼻と鼻がぶつかるくらいの距離まで近づいて、耳元でこう言った。


「圭一君。」


この人なんだ…!?何者なんだ??

どうやったらこんな短時間で体が入れ替わった事実を言い当てれるんだ?

もしかしたら何か知ってるのか!?


「なぁ!この現象が何なのか知ってるのか!?」


「大体はね。でも知らないことの方が多いわ。」


「教えてくれ!!何なんだよこれは!?」


「その前に、あなたは末木潤?それとも木通圭一?」


「末木潤て誰だ…?」


「ということは、やっぱり木通圭一の方ね。」


末木潤…?


潤ってまさか…、


この体の持ち主であり、栞さんの彼氏であり、殺人鬼…。

そんな苗字だったのか。


「私は公安調査官の一人。嗣永というものよ。そして唯一あなたの正体を知ってる人。」


その嗣永さんという人は、胸ポケットから調査官手帳を取り出した。

手帳に埋め込まれた金色の紋章が鈍く光る。


「公安警察!?そんな格好のあなたが!?」


「…失礼ね、これは私服よ?」


「公安警察にしてはあまりにも目立ちすぎなような…」


「うるさいわね。こういう派手なファッションが好きなのよ!そんなことよりまずあなたの件よ!」


どうやら僕を捕まえてどうこうするつもりはないらしい。

この人から話を聞いたら何かわかるかもしれない。


「立ち話もなんだし、寒いから私の車の中で話しましょ。」


「車の中…?」


「そうよ。正直殺人鬼の姿してるあなたとこうやってのんびり話してること自体危険なことなの。もし見つかったら免職どころじゃすまないわ。」


確かに……。

僕が殺人鬼の潤の姿をしてることをちょくちょく忘れてしまう。

まだ夢か何かと思えるくらいだ。


「それじゃ行きましょ。」


僕は公安警察の一人である彼女、嗣永さんの後を追った。

徒歩二分程の距離に赤いポルシェが停めてあった。


「これが…嗣永さんの車…?」


「そうよ。助手席座って。」


僕は言われるがままに右の助手席に座った。


「圭一君、タバコ大丈夫?」


「え?大丈夫ですけど…、嗣永さんタバコ吸われるんですか?」


「えぇ、これがやめられなくってね。」


「正直最初僕と同い年かそれ以下だと思ってました…。」


「あなたちょこちょこ失礼なこと言うわね…。私はもう今年で二十四よ。」


とても二十四には見えないんだが…。


「それとこの先の人生、人を見た目で判断してはダメよ。」


嗣永さんはタバコを左手の薬指と中指で摘んで口に入れた。

スゥーっと白い煙が車内を包み込んだ。


「見た目…ですか。」


「そう。人は見かけによらないっていうでしょ。笑顔が絶えないすごく優しそうな人に見えても、実はそいつは物凄く黒い裏の顔を持ってたりする。

二重人格とかそういうレベルじゃない、全くの別人がね。」


嗣永さんはハンドルにもたれかかり、タバコを勢いよく吸い、そして吐く。


「私はそういう人間を何人も見てきたわ。」


「僕は、人殺しじゃない…。」


「わかってるわ。私はあなたをその類の別人とは思ってない。圭一君は本当の別人よ。」


「だったら公安に言って今すぐ保護を中止してあいつをここへ連れてきてください!あれは僕じゃない!僕の体の皮を被った人殺しだ!!」


「待ちなさい。あなたは今非常に不安定で危険な立ち位置にいるのよ?もっと自分の立場を理解して!」


「……はい。」


「今公安の人に圭一君と潤君の体は入れ替わったんですって言って一体何割の人間が信じると思う?ゼロよ。私も勘付いてその考えを話したけど誰も信じてはくれなかったわ。

人間は科学的な証明がないと信じれない生き物なの。」


「僕がなんとか説得します!」


「圭一君。今のあなたの姿には説得力の欠片もないのよ。

それに今その格好で公安に行けば間違いなく捕らえられて連続無差別殺傷事件の主格犯として逮捕、最終的には死刑になるわ。」



連続無差別殺傷事件?主格犯…?



「連続とか主格犯って一体どういうことですか!?」


「ここ最近で不可解な殺人事件が起こっているのよ。

半年前に浦鳥美弥子という四十歳の女性が何者かによって刃物で刺殺されている。

その犯人の身元は半年経った今でも全く不明。

そしてその数週間後に半年前に殺された浦鳥美弥子の夫、浦鳥俊明と美羽静という女子高校生の二人が何者かによって焼殺された。

これも半年前に起こった殺人事件の犯人と同一人物ではないかと調査を進めていたが、全くそいつの尻尾すら掴めない。

DNA鑑定も不明、男か女なのかも不明、子供か大人か年寄りかも不明。

こんな何かも不明な事件なんて歴史上類を見ないわ。

悔しいけど、立派な完全犯罪としか言いようがない。」


嗣永さんは吸い終わったタバコを灰皿に捨て、真剣な表情で話を進めた。


「そして私はこの連続無差別殺傷事件の謎を考えに考えた。

その中で一番信じ難い真相に辿り着いた。」


なんてこった……。

もしかしてそいつは本当に……。


「あなたも薄々わかってるんじゃないの?この犯人が犯行に使ったトリックに。」


「目撃者との体の入れ替え…?」


「そう。そうとしか考えられなかった。

私の考えではそいつは、第一の事件の被害者である浦鳥美弥子さんを何らかの理由で殺害し、目撃者である夫、浦鳥俊明さんの体に乗り移った。

そして第二の事件の被害者である美羽静さんを何らかの理由で焼殺し、犯行に及んだ浦鳥俊明さんの体ごと焼いた。

そしてその目撃者がおそらく……。」


「末木潤……。」


「多分ね。そいつはそうやって犯行に及んだ体を消し去り、目撃者に乗り移ることで完全犯罪を可能にした。

なんて公安の連中に言ってももちろん誰にも信じてもらえなかったし、私自体そこまで信じていなかった。

でも今日、それが確信へと変わった。」


「それは今日起こったその連続無差別殺傷事件の第三の事件である、末木潤が何者かを殺害したこと。そしてその目撃者であるこの僕、木通圭一の体に乗り移り、完全犯罪を成功させたってところか……。」


「おかしいと思ったわ。住民からの証言を聞いたら殺人を犯したあなたが、住宅地のど真ん中で五分ほど横たわっていて、目を覚ましたと思ったら血相を変えて走って行ったらしく、それで私が必死になって探し回ってたら、駅前で携帯を掴んでそわそわしているあなたを見つけたってわけ。」


「え!?そんなところから見てたの!?

じゃあまさかさっきあの子が来た時も!?」


「ええ。全部しっかり目に焼き付けたわ。」


最悪だ……。誰もいないと思ってたのに、あんな恥ずかしいところ見られてたなんて……。


「気配を消すなんて、さすが公安ですね……。」


「まぁねぇ。ってそこじゃないわよ!」


頭に嗣永さんのチョップを食らった。


「とにかく私は今、あなたが殺人犯である末木潤ではなく、目撃者である木通圭一だということを一応理解したわ。」


「じゃああいつを突き出してなんとか体を元に戻してくれるよう説得してくれるんですね!?」


「いや、それはできないわ。」


「え!?どうして!!」


「さっきも言ったはずよ。あなたは非常に不安定な立ち位置にいるって。私一人が理解したって何も変わらないわ。

それにあなたは自然の摂理を崩壊させるような現象に巻き込まれたのよ。

その原因と、この連続無差別殺傷事件の真犯人の正体を突き止めるまで、今のあいつに近づいちゃダメ。」


「でも、このままじゃ時間の問題ですよ!!

僕にはもう帰るあても行くあてもないんですよ!?」



「だから、私が来たのよ。」



「え…?」



「公安《彼ら》が末木潤を保護するというのなら、私は木通圭一君。君を保護するわ。」


「嗣永さんが……、僕を?」


「ええ。さっき決めたんだけどね。これからは私の家で過ごしてもらうわ。もちろん外出はしばらく禁じるけど。」


「でも…、そんなことバレたら免職どころじゃすまないって……。」


「これは賭けよ。私と、その真犯人のね。」


そう言うと嗣永さんは、車にエンジンをかけた。


「ということで、今日からよろしくね。圭一君。」


「あ……、はい。」


僕に選択肢はないと察し、反面助かったという安堵が体を包み込み、三十分程の嗣永さんとのドライブはほとんど寝てしまっていた。



|||||||||||||||||||||||||||||||



「おーい、圭一君。起きて!着いたよ!」


体を揺すぶられ、半覚醒状態の僕の目の前に映り込んだのは、首を九十度くらい曲げないとてっぺんが見えないくらいの高層ビルだった。


「あの…、すいません嗣永さん。ここは?」


「ん?私の家よ?」


「え!?家!!?」


バッと車から降り、もう一度その高層ビルを見上げた。


なんだここ……。嗣永さんの家?

この高級ホテルみたいなとこが?


「公安って、儲かるんですか……?」


「んふ。ひみつ。」


車のドアをロックし、そのビルの玄関へ向かう嗣永さんのあとを追った。


「圭一君。頭下げときなさい。ここ防犯カメラがいっぱい作動してあるし、もしもの為よ。」


「はい。」


僕は俯き、嗣永さんの足元を見ながらそのあとを追う。

深紅のハイヒールに包まれたその足は、セクシーというか綺麗というかなんというか……、エロい……。

さっきは暗かったし、派手なファッションに目が行きがちだったけど、もしかしてこの人実は物凄く美人なんじゃないか?

それにこんな富豪なんて、運が良いのか悪いのかもうわからないな……。


そんなことを思いながら嗣永さんの足を見ていると急にその足が歩を止め、僕は止まれず背中にドンと当たってしまった。


「あ、すいません!」


「うん。いいよ。」


僕の方へ振り向き、少し上目遣いで笑顔を見せてきた嗣永さんの顔は、とても美しかった。


苦あれば楽あり。今まさにそんな感じだった。



嗣永さんについていき、エレベーターで二十五階まで上がり、高級そうなカーペットが敷かれた廊下をカツカツと歩いていく。


そして二五〇八号室の前で嗣永さんは止まった。


「さ、ここが私の部屋。そして圭一君の新しい家よ。」


「あの、不束者ですがよろしくお願いします。」


「なんでそんな固いのよ!今日から家族になるんだしそういう固い関係は無し!」


家族……。

あれ、そういえば僕、人は常に疑ってかかるはずなのに、どうしてこの人にはここまで信頼を持ててるんだろ…。


「それに私は嗣永さんじゃなくて、薫さん。でいいわ。」


「薫さん…?」


「そう。私の名前は嗣永薫。だから薫さんでいいし、薫姉さんでもいいわよ?私姉という立場に憧れててね…。」


「薫さん。よろしくお願いします。」


「失礼な上に可愛気ないわねあなた……。」


こうして僕の人生史上最大の災難であり、人生史上最大の転機は始まった。

この時僕は彼女に救われ、正直ここで人生終わりというわけではないと安心しきってしまっていた。


でも僕は油断してしまっていたんだ。

獣の牙は想像以上に近い場所にいて、嚙みつこうと思えばいつでも噛み付ける距離にいた。


そして嗣永さんとの優しい生活も、そう長くはなかった……。

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