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ニ.鳴り止まない警鐘

走る足音。

自分の息遣い。

止まない心拍音。

軋む体中の骨の音。

真夜中の都会の喧騒。

パトカーのサイレン音。


あの後、自分があの住宅街の観衆をどう切り抜けてきたのか覚えていない。

動けなかったはずの体が、今はただがむしゃらに街灯に照らされた街を走っていた。

空はすっかり日も暮れて、濃紺色に染まっていた。


今も自分の体にあの違和感が残る。

あの時覚えた、まるで自分の体じゃないような感覚。

何故かちょっと力を入れるだけでかなり速く走ることができる。

僕は運動音痴なはずなのにこんな速度で走れるなんてありえない。

やっぱり、この体は……、


「クッソォォォォ!!!」


ネオンまばゆい都会の中心で僕は行く当てもなくただひたすらに走った。


当然喉から出たこの叫び声も、僕の声ではなく未だ聞き慣れないあの彼の声だった。


||||||||||||||||||||||||||||||||


いつの間にか僕は、見知らぬ駅の前に立っていた。

ふと目線を下へやると、右腕には付けていなかったはずの腕時計が付いていた。

それが誰の物なのか、何故付けていなかったはずなのに付いてるのかは、もう大体見当はついてたから特に驚いたりはしなかった。


腕時計を見ると、午後九時を過ぎていた。

どうやら三、四時間程走っていたようだ。

今までずっと耳にこびりついていた人の騒ぎ声やパトカーのサイレン音は止み、辺りでは涼しい虫の鳴き声が響いていた。


なんでだろう。真夏のはずなのに、寒い。

腹も減った。くたびれた。

どうしてこんな目に遭っているんだろう。

僕は普通にいつも通り、始業式を終えて帰っている途中だったはずなのに、何故か真夜中に見知らぬ駅の前に腰を下ろしている。


バカみたいだ。

夜逃げでもしてきたみたいに必死に逃げてきて……、恥ずかしい。


「……ミケル。助けてくれよ…。」


わけがわからなすぎて涙が出てきた。


本当に、わけがわからん。


体育座りをしながら頭を引っ込め、泣くのを必死で堪えるが、その感情とは裏腹に、涙が溢れ出てしまう。


自分の両手を開いて確かめる。

指が長く細く伸びていて、大きい。

両足も、全然僕より長い。

服のファッションも全く違う。


やっぱり僕の体じゃないんだな…。


今まで必死に警察から逃げてきたからよく見ていなかったが、改めて自分の体を見ると上から下まで僕と真反対な体をしていた。


僕は、化かされたんだ。


殺人鬼に。


体を入れ替えられて、殺人の罪を僕に擦り付けたんだ。

今頃僕の体にはこの殺人鬼が宿っていて、僕の家へ帰って家族には平然を装っていて、また誰かを殺す計画でも考えているんだ…。

いや、もしかしたら僕の家族を殺す場合だってあるんだ。


なんてぶっ飛んだ話なんだ…。

異常すぎて笑うこともできない。


「プルルルルルルルッ!」


突然、携帯の着信音が鳴った。

音が鳴っているのは、僕のズボンのポケットからだった。


ポケットを探ってみると、携帯があった。

着信音の正体も、やはりこの携帯からだった。


この携帯って、この体のものだよな…。

あの殺人鬼の携帯か...。


携帯を開いてみると、着信画面に「シオリ」という名前が書いていた。

どうやらシオリさんという人物からの電話らしい。


いいのか?電話に出てしまっても…。

あの殺人鬼の携帯だ。電話をかけてくる奴なんかきっとその類の仲間に違いない。


しばらくすると、シオリさんからの着信は切れた。


とにかく、何にも触れず首を突っ込まない方が吉だ。

それよりももっと遠くへ逃げる手段を考えないと……、


プルルルルルルルッ!!


…っは!?


着信が切れて五秒も経たない内にまた電話が鳴った。


相手はもちろん、シオリさんからだった。

この電話に出て、事情を話せば助けてくれるかな...?

全部ぶちまけてしまえば、楽になれるかも...。


......、拒否だ。

出ちゃダメだ。騙されるな。これが救いだと思うな!


僕は人を常に疑って見るタイプのはずだろ!!


自分に喝を入れ、震える手で拒否ボタンを押した。


今は誰も信じちゃいけない。

僕は今、殺人鬼の立場にいるんだ。自分の身を守れるのは僕一人だけだ。


プルルルルルルルッ!!!


「なっ!!」


まただ!!誰なんだよシオリって!!

妹か?姉か?クラスメイトか?恋人か?殺人グループの仲間か?親戚か?従姉妹か?


「クソッ!」


また僕は拒否ボタンを強く押した。


瞬間、


プルルルルルルルッ!!


こいつ...、僕が出るまでかけてくるつもりか?

やっぱりこの携帯はもう壊した方がいい。

もしかしたらこの携帯に居場所がわかる探知センサーでもつけられているかもしれない。

それが本当ならたまったもんじゃない。


危険性を減らす為に、一秒でも早く壊すべきだ。

そう思って僕は、携帯を思いっきり足で踏みつけ、破壊しようとした。


足を上げ、踏み込む瞬間、脳裏にあの名前がよぎった。


「…ミケル。」


これでミケルと連絡が取れれば、なんとかなるかもしれない。

ミケルはとにかく頭がキレるやつだ。この事件ももしかしたら解決してくれるかもしれない。

すぐに僕はシオリさんからの着信を拒否しながらミケルの電話番号を打ち込んだ。


「…て、いつの間にかミケルに戻ってるな…名前。」


まだ、癖が抜けてないのか時々ミケルと呼ぶことがある。

これが三柴にバレたらまたちょっかいかけられそうだ…。


なんて、そんなことを思うのは後にしよう。


僕は鳴り止まないシオリさんからの着信を無視し、打ち込まれた三柴の電話番号に着信をかけようとした、その時だった。


じゅん…?」


後ろから突然誰かに肩を掴まれ、上げた足を咄嗟に空中で止めた。


「だ、誰!?」


警察かと思い、バッと後ろへ振り返った。

そこには、白い服を着たショートカットの髪の女の子が息を切らしながら立っていた。


彼女の手には、携帯が握られていた。


「ま、まさか…君が!?」


彼女はそのまま僕に近づき、鼻と鼻がぶつかるギリギリな距離まで迫ってきた。

そして僕の耳元に口を近づけ、小さく僕に聞こえる声で呟いた。


「嘘つき。」


「え…?」


そう聞こえた瞬間、僕の口が何かによって塞がれた。


「…っ!!?」


彼女の唇が、僕の唇に触れていた。


深く、艶やかに、優しく。


十秒程経って、やっと彼女から離れてくれた。

何が起こったのか僕は整理できず、彼女の吸い込まれそうな濃紺の瞳を見つめるだけしかできなかった。


「潤、大丈夫?」


「え、…いや。」


「何があったの?教えて。」


鋭く尖った彼女の眼差しが僕を突き刺した。


「いや、その…。」


途中で言葉を遮るように、彼女は僕を抱きしめてきた。


強く、激しく、狂おしく。


「はぅあっ」


変な声が出た気がする…。恥ずかしい。


女性から抱きしめられるのも、キスをされたのも初めてで、今日は初めてだらけだ…。


「大丈夫よ、安心して。私が守ってあげる。」


優しく透き通った甘い声が僕の耳元をかすめた。


きっと彼女はこの殺人鬼の恋人か、家族か誰かなんだろう。

そしてさっきから彼女が言っている「潤」ってのがこの殺人鬼の名前なのだろう。


何者なのかわからない彼女の抱擁感に身を委ねながら、ゆっくり目を瞑って考えた。


体が入れ替わったことを彼女に打ち明かしてしまうか、秘密にしておくべきか。


こんな摩訶不思議な現象をどう伝えたらいいんだろう…?

というより、まずこんなことを言って信用してもらえるものか…?


「潤、どうしたの?大丈夫?」


「あのさ…、僕…。」


「…待ってて。」


彼女は何故か突然僕から離れ、駅前の自販機に向かって走っていった。


言うタイミングを逃してしまった…。


一息つく為に、とりあえず駅前にあったボロいベンチに腰掛けた。

ベンチはキシキシと音を立て、今も潰れるんじゃないかというくらいの不安を掻き立てるものだった。

後ろのプラットホームを見ても、列車一両通っているところを見ない。

しかも周りに人はおらず、暗い瓦屋根の家がポツンポツンとあるくらいで光を放っているのはこの駅くらいだ。

全く場所も知らない、随分な田舎まで来てしまったことを痛感される。

さっきまで汗でびしょびしょになるくらい暑かったのに、ここは夏とは思えないくらいに涼しい。


踏切が向こうでカンカンと鳴り始めた。

その音と共にあの彼女が一本の缶を両手で掴み、トコトコと足音を立てて戻ってきた。


「はい、ミルクココア。」


「えっ?」


この人、僕の為に飲み物買ってきてくれてたのか…。

いや、この潤っていう殺人鬼に対してか…。


「あ…、ありがとう。」


喉もカラカラだったし、ありがたく頂くことにした。

ミルクココアを渡され、缶を両手で掴んだ。


「熱っ!!」


思わず缶を捨てて飛び上がった。

冗談じゃなく熱い!!なんだよこれホットじゃないか!!


「あ、熱すぎた?」


「普通に熱いよ!真夏なのになんでホットなの!?」


「え…、だって潤、一年中ホットココア飲んでるし、好きなんでしょ?」


「一年中ホットココアを!?」


「うん…?」


いや、好物だとしたらありえるよな…。

アイス好きが冬でもアイス食べるのと同じようなもんなんだし…。


「いや、なんでもない。好きだよミルクココア。」


僕は喉が渇いていたからか、ホットココアを勢いよく喉に流し込んだ。


何故かいつもより美味しく感じる。


彼女も僕の隣のベンチに座り、自分の分に買ったサイダーをごくごくと飲み始めた。


「あの、栞さん。」


「…栞さん??」


あ…、そういえば潤ってやつは一体この人をどういう呼び方で呼んでたんだ?

もしかして苗字…?だとしたら知らないぞ…。


「どうしたの?潤が私のこと名前で呼んでくれるなんて珍しいね。しかも、さん付けなんて。」


「いや…、実は僕…。」


本当に打ち明かしてしまっていいんだろうか…。

もし恋人や家族だと思ってた人が全くの別人と入れ替わってたらどう思うんだろう。

こんな恐怖現象はない。

それで僕がこの人に怪しまれ、警察まで連れていかれ、殺人鬼として連行もされかねない。

やっぱり隠しておいた方が良さそうだ。


「あぁ…、名前で呼びたいなぁ。なんて今はそういう気分というかなんというか…。」


そういう気分てなんだよ…。

理由がくさすぎる…。


「で、何?」


栞さんは小さく笑みを浮かべて僕の顔を見つめた。


「えと…、ここはどこなんだろうね…。」


「え?わかってないの?ここ、私たちの実家の近くだよ?」


「あぁ!実家!そうだよ!ははは忘れてた忘れてた。暗くてよくわからなかったんだよ!

そうかぁ。こんなとこまで来ちゃったかぁ。いや参ったなぁ。」


「驚いたよ。潤が突然大事な用が出来たって言って飛び出したから…。」


大事な用!?


「その大事な用って、なんだったんだ!?」


「なんだったって…、そう言って飛び出したのは潤なんだから、潤が一番よく知ってるんじゃないの?」


「え、あぁそれもそうか…。」


間違いない。その大事な用っていうのが、殺人を決行したことなんだ。

それを突き止めれば少しはこの潤のことも、体が入れ替わった謎もあの殺人事件の真相もわかるかもしれない。


「やっぱり今日の潤、なんか変。早く家に帰って寝た方がいいよ。」


「う、うん…。そうだね。」


そうして僕は言われるまま、流されるままに栞さんと駅で別れた。

当然僕は栞さんに「僕の家はどこですか?」なんて聞けなく、また駅前のベンチに腰掛け、途方に暮れていた。


じっと星を見つめていると、ふいにあの言葉を思い出した。


栞さんが僕に向かって最初に言った言葉。


『嘘つき。』


あれってどういうことだったんだろう…?


パッと視線を腕時計に逸らして見ると、時刻はもう午後十時を回り、一日が終わろうとしていた。

自分の親指の爪を噛みながら、今後のことを考えた。


とりあえず体が入れ替わったことはみんなには秘密にしておこう。

今の僕は殺人鬼なんだ。下手をすれば警察に連れられて刑務所に送られかねない。

体が入れ替わったなんて話、警察に話しても信じてくれそうにないし、普通信じれる話じゃない。

なんとかして僕の体を乗っ取った潤本人を探し出して体を返してもらわないと、それ以外に僕に助かる手段がない。


潤は今どこにいるんだ…?

僕の家か?それともまた誰かを殺そうと僕の体で外を彷徨っているのか?

だったら奴が誰かを殺す前に手を打たないと、僕の体に戻っても殺人鬼扱いされてしまうぞ…。


そう思った途端、僕の頭にある疑問が浮かんだ。


もし、今この潤の携帯で僕の電話番号を打ち込んで発信したら、潤が電話に出てくるのか?


あの時着てたスーツに携帯は入れてたはず。手段は元々ないんだ。かけてみるしかない…。


僕はすぐにポケットから潤の携帯を取り出し、自分の電話番号を打ち込んだ。


不思議な気分だ。

自分の電話番号に電話をかけるなんて自分でやってて笑えてくる…。


息を全力で吸い、ゆっくりと吐いた。


「よし。」


深呼吸を済ませ、僕はそのまま勢いよく自分の電話番号に発信した。


プルルルル、プルルルル。


コール音が一回、二回、三回と鳴り始める。

心臓の鼓動と自分の息遣いがコール音のリズムに合わせて唸る。

四回、五回と続けて鳴り、もう出ないかと思ったその時だった。


「木通圭一に電話しても無駄よ。」


携帯からでなく、近くから女性の声が聞こえた。


「誰っ!?」


僕は立ち上がり、周りを見回した。

駅の横にそびえ立つ一本杉の下に僕より少し低い中学生くらいの身長の人影が見えた。


黒髪に紫のメッシュ、服はカラフルで、目には透き通るマリンブルーのカラコンを付けた、なんとも奇抜なファッションの女の人が目つきを悪くしてこっちを見ていた。


「だって彼、今頃は公安警察の元で保護されているもの。」


「公安警察だって!!?」


なんでそこで公安が出てくるんだ…!?

それに僕の名前知ってるなんて、何者なんだこの女!!


「ねぇ、その体あなたのじゃないでしょ?」


その時は、真夏だというのに、背筋どころか全身が凍るような衝撃を受けた。


月夜に照らされたその彼女は、僕の反応を見て不気味に笑った。

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