これは悪い夢でありますように
上田が今住んでいる祖父の自宅は学校から、徒歩と電車で40分ほど離れたところにあって、その場所はごく一般的な住宅地域である。電車を降りると、多くの高校生たちが駅を出て、それぞれの家を目指して歩き始める。
上田が歩いている方角にも、多くの高校生たちが歩いているが、角を過ぎるたび、一人、また一人と減っていく。
上田の祖父の家が近づく頃には、周りには誰もいなくなっていた。
一人しかいない。
誰にも見られていない。
そう思うと、何か涙が出そうになっている自分に上田は気づいた。
これは悪い夢でありますように。
そう願わずにはいられない。
夢でなければ、明日もまた同じような事の繰り返しである。
これがずっと?
少なくとも学年が上がり、クラス替えがあるまでは続くかも知れない。
そんな思いのまま、上田が祖父の家のドアの鍵を開けて、中に入って行く。
「卓ちゃん、お帰り」
家の中から、祖母の声が聞こえてきた。
「ただいま」
上田はそう言って、靴を脱ぎながら、落ち込んでいる気分を隠そうと勢いよく返事をした。
「どうやった?新しい学校は」
「うん。別にいいんじゃないかな」
助けて!と言いたい気持ちがまったくなかった訳ではなかったが、祖父母に余計な心配をかける訳にはいかない。その気持ちの方が強く、笑顔で祖母の声がしたリビングに向かって行った。
その日は夜遅くに、上田のところに母から電話があった。新しい学校と言う事で、母も心配していた。
上田にとって、祖父母以上に要らぬ心配をかけたくない母に本当のことなど言えず、明るく振舞い、自分の空想で作り上げた楽しい教室の話を母に語って聞かせた。