何も言えない上田
「上田」
その日の帰りのホームルームが終わると、小谷が上田を呼んだ。クラスのみんなは帰り支度をしながら、小谷が何を言うのか、聞き耳を立てている。
余計な事を言うんやないやろうなぁ。
そんな気持ちで、聞き耳を立てている者。
こんな事、早く終わらせて!
本心はそう思って、聞き耳を立てている者。
「どうだ。少しは慣れたか?」
「えっと。そうですね」
上田はそこで、言葉を止めた。明らかに迷っているとしか思えない。
言え。今、言うんだ。
そう心の中で、上田を応援する者は帰り支度の手を止め、拳に力を込めている。
「仲ようしてんでぇ。
なぁ」
小山がそう言うと、うん、うんと小山の発言を肯定する声が、教室のあちこちで上がる。
「そうか。それは何よりや」
小谷はそう言って、満足そうに頷きながら、上田に一度視線を合わせると、教室のドアに向かって歩きはじめた。上田は小谷に今日あった事を言おうかどうしようかと迷っていたが、意を決したかのように力強く頷くと、小谷の後を追おうとした。
その間に入ったのは山本であった。身長180cmを超えるスポーツマンは、身長170cm程度で運動が不得意な上田から見ると、それは大きな壁であった。
上田が少し顔を上に向けて、前に立ちふさがった山本の顔に視線を向ける。
余計な事言うんじゃねぇと言わんばかりの形相で睨み付けている山本を前に、上田は自分の机に戻って行った。