上田の失敗
「よっしゃあ」とばかりのポーズを決めている小山の横の空いている机に向かって、上田が教室の中を進む。上田が歩いていく左右の机に座っている女子はちらりちらりと近づく上田の容姿を観察している。
上田の席の左横は小山、右横は柏木と言う長い髪にすらりとした体型、アニメのキャラクタほどではないにしても、魅力的なぱっちりとした大きな黒い瞳を持った女生徒である。そんな二人の間に置かれた机に上田が座る。
小谷の話は転校生 上田の紹介だけみたいなもので、あっさりと終わり、小谷が教室を後にして出て行くと、すぐに一時限目の授業の近藤先生が入ってきた。
転校生の上田はまだ教科書を持っていない。誰かに見せてもらう必要がある。近藤もそんな事は分かっていて、上田に言う。
「上田は隣の席の子に教科書を見せてもらえ」
上田は当然、このクラスの力関係なんて、知る訳もない。左右どちらの女生徒から見せてもらうか。その判断材料は二人の女生徒に対する好感度である。
一人は彼女はいるのかと言う意味不明の質問をする決してかわいいとは言えない小山。そのさっきの質問は上田にとって、小山と言う女生徒の好感度をその容姿から湧き上がってくるレベルより、さらにぐっとマイナス方向に下げさせていた。
一方の柏木は容姿から言って、好感度は完全にプラスである。上田はその感情のまま、柏木に机を近づけながら、にこりとして言った。
「すみません。
教科書見せてください」
「えっ!
でも」
小山の手前、素直にはいと言うわけにいかない柏木が少し戸惑った表情で、そんな声を上げた。
「柏木。見せてやれ」
近藤は柏木の気持ちを知る訳もなく、そう言って柏木に指示を出す。
先生に言われた事を拒否するほどの根性を持たない柏木が、仕方なさそうに机の左端に教科書を寄せながら、小山の顔色を見る。
完全に不機嫌そうな小山を見て、柏木が委縮気味にうつむく。そして、もう一度ちらりと横目で小山を見た。
不機嫌そうな小山が睨み付けるような視線を送っている先は自分ではなく、上田のようである。それに気付いた柏木が少しだけ安堵する。
どうか自分が仲間外れにされませんように。
柏木の心の中は、そのことだけである。