17話「参高峠へ」
その参高峠は駅から歩いて30分くらいのところにある。行く途中には古びた民家が現代から忘れ去られたように並んでいた。曲がり角の売店のばあさんは死んだように無表情で宙を眺めていた。
「静かなところでいいよね……」
「いや……静かと言うより閑散としてないか?」
「えっ……嘘」
見え方も人それぞれだ。
「あ、そういえば進くんのお母さんに会ったよ」
「えっ?」
ドキリとする。小学生が0点のテストをベッドの下に隠しているのに母親が掃除機をかけようとしている――そんな感じだ。
「なんか重い荷物から解き放たれたような顔してた」
「重い……荷物」
父親か。ぱっとそれが思い浮かんだ。解き放たれたってことはやっと逃げれたのだろうか。もう何日も実家に帰っていない。そろそろ顔でも出すか。
「だけど……――行きなんて」
「ん?」
「ううん、なんでもない!」
彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべると先に駆けていってしまった。
そしてやっと参高峠のふもとにたどり着いた。森の入り口には『熊・イノシシ・その他 注意!』と手作りの木の札が立っていた。まぁ、冬だから冬眠中だろう。
道はアスファルトで舗装されている。しかし狭い。すれ違うとなるとどちらかが道を譲らなければならない。空き地があればいいのだが、すぐ隣は森である。
どこか既視感を覚えながら登っていく。前を行く彼女はご機嫌なのか『フィガロの結婚』を歌っていた。
「フィガロの結婚……結婚かぁ」
「進くん、結婚したいの?」
「えっ」
彼女が振り返ってこっちを見つめてくる。その目に光は無かった。すっと自分の奥を見つめていて、心を読まれているようだ。
「い……や」
言葉にならない。
七里は死んでいる。
……あれ? 死んでいる?
行方不明じゃなかったのか?
おかしい、何かがおかしい。
おかしいはずなのに身体の中の歯車が噛み合うように一つずつ、動いていっている。
「ごめんね、結婚はできないや」
その言葉の意味はなんなのか。
彼女の表情は儚げで、砂浜に書いた文字が目を離した隙に波にさらわれるように、ふとした瞬間にかき消されてしまいそうだった。




